182話目 角刈り男子のお面

 深夜の1時。


 従妹の音色と電話で百合談義をしていたら、いつの間にかこの時間になっていた。


 電話を切って、あくびをしながら毛布をかける。


 電気を消そうとしていると、着信音が鳴る。


 スマホの画面を見る。


 鳳凰院からのランイ電話に出る。


「遅くにすいません。今いいですの?」

「いいよ」

「明日、岩波さんとデートをしますわ」

「頑張って」

「はい。頑張りますわ」


 電話を切って寝ようすると、再び着信音が鳴る。


「明日のことを考えると、明日デートが失敗するかもしれないと思ったら眠れないですわ。今から百合中さんの家に行っていいですの?」

「いいよ」

「今すぐに行きますわ」


 鳳凰院が電話を切って、1時間経ってもこない。


 横になっていたら寝そう。


 ベッドから起き上がり、勉強机の椅子に座る。


 鳳凰院の家から僕の家まで、5分かかるかどうかの距離。


 もしかして、事故や事件に巻き込まれたのかもしれない。


 部屋から出ようとしてると、鳳凰院から電話がきたから出る。


「ごべんだざい」


 鳳凰院が泣きながら謝ってきた。


 落ち着くまで待つ。


 数分して、親に見つかって家から出してくれないと鳳凰院が言った。


「僕が鳳凰院の家に行こうか?」

「……面倒ではないですかの」

「面倒だけどいいよ」

「……お願いしますの」


 適当な外着に着がえて、あくびをしながら鳳凰院の家に向かった。


 鳳凰院の玄関前まで行くと、ドアが開いた。


 中に入るとパジャマ姿の鳳凰院がいた。


「ありがとうございます。わたくしの部屋でいいですの?」


 頷くと、鳳凰院は歩き始めたから後を追う。


 鳳凰院の部屋に入る……角刈り男子の顔のお面がベッドの真ん中に置かれていて気持ち悪い。


「気持ち悪いお面があるけどどうしたの?」

「気持ち悪くないですわ! 格好いいですわ!」


 鳳凰院はお面を手にして僕の顔に近づけてくる。


「分かったから、そのお面を僕から離して」

「もっとよく見てほしいですわ」

「早く離さないと家に帰るよ」

「ごめんなさい。もうしないので、帰らないでほしいですの」


 1歩下がった鳳凰院は深く頭を下げてきた。


「それで僕は何をしたらいいの?」

「このお面をつけて岩波さんになりきってほしいですわ。帰らないでほしいですの」

「……」

「……怖い、です、の」


 思わず睨んでしまうと、鳳凰院は涙目になって怯える。


 絶対につけたくない。


 でも、純から鳳凰院を助けてほしいと言われているから仕方ない……やっぱり無理。


 あんな気持ち悪いお面をつけたら、一生後悔する。


「これをつけた百合中君と会話の練習をすれば、明日のデートが成功する気がしますわ」

「絶対に無理」

「もししてくれたら、執事服を着た王子様がこの家のメイド服姿の家政婦さんをお姫様抱っこしている画像をあげますわ」


 もので釣られるほど単純ではないって、いつの間にか視界が狭まっていて吐き気がする。


「ありがとうございます。さっそく雑談をしますわよ」


 壁に向かって喋る鳳凰院。


「僕の方を見て喋らないと練習にならないよ」

「……そうなんですけど、岩波さんにパジャマを見られていると思うと……恥ずかしいですの。ヒャッ⁉」


 鳳凰院の隣に行き、肩を摑んで僕の方に向かせると悲鳴を上げられた。


「な、な、な、にを」

「僕……俺の方を見ろ」


 鳳凰院のペースに任せていたら時間がいくらあっても足りない。


 嫌々、角刈り男子になり切って行動することにした。


「俺に言いたいことがあるんだろ。話聞いてやる」

「…………やっぱり無理ですの」


 急に視界が開ける。


 鳳凰院が力を込め過ぎた所為で、ぐちゃぐちゃになった角刈り男子のお面を持っている姿が映る。


「目の前に格好よ過ぎる岩波さんがいたら、頭の中が空っぽになって何も喋れないですわ」

「鳳凰院が角刈り男子に対して気になっていることを質問すればいいよ」

「緊張している状態でそんな高度なことはできないですの」

「慣れるまでは最低限の挨拶だけしたらいいと思うよ」

「岩波さんに不愛想な人だと思われないですの?」

「絶対に思われない! 大丈夫! じゅんちゃんが信じる僕を信じて!」

「分かりましたわ」


 力強く言うと、鳳凰院は大きく頷いた。


 これで家に帰れる。


 立ち上がる僕に鳳凰院が皺1つも入っていない、角刈り男子のお面を渡してくる。


 あれ?


 さっき、鳳凰院が潰したはずなのに。


「まだ岩波さんのお面は10個以上ありますけど、壊れると可愛そうなので大事に扱いますわ」


 全て破りたい衝動に駆られる。


「挨拶の練習をしたいので、面を被ってほしいですわ」


 心を殺して角刈り男子のお面を被る。


「…………お…………」

「トイレ借りるよ」


 返事を待つことなく立ち上がった僕はトイレに行き、晩飯に食べたものを全て吐く。


「大丈夫ですの?」


 部屋に戻ると、心配そうに話しかけてくる鳳凰院。


「これ以上角刈り男子のお面をつけるのは無理。見ただけで……」

「無理させてすいません」


 鳳凰院は素早く角刈り男子のお面を引き出しにしまった。


「明日映画は何を見るのか決まっているの? 決まっていないらキスやベッドシーンがある作品は避けた方がいいよ」


 吐き気が落ち着いて、今日というか昨日恋とした会話を思い出して口にする。


「分かりましたわ。気をつけますの。今日はわたくしの我儘に付き合っていただいてありがとうございます」


 部屋を出ると、家政婦が立っていた。


「お嬢様がご迷惑をかけて申し訳ございません。家まで送ります」


 短い距離だけど、眠さの限界がきていたからお願いした。

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