180話目 デートって何をしたらいい?

 昼休みになると、窓に向かって走る愛。


 愛と同じ方向を見る。


 桜の木が雨に濡れて、残り少ない花が散っていた。


「こうちゃん! 雨だよ! 雨がふっているよ!」

「そうだね、降っているね」

「雨の中でご飯を食べたら楽しいから屋上で弁当食べようよ!」

「濡れたら風邪引くから教室で食べようか?」

「傘をさして食べたら大丈夫だよ!」

「傘をさしながら食べるのは難しいよ」


 愛は教室を出て行き、傘を持って戻ってくる。


 自分の席に座った愛は傘を差して、弁当を食べようとして箸を落とす。


 隣の席に座っていた純がそれを摑みとった。


「じゅんちゃん、ありがとう! こうちゃんが言った通り、傘をさして食べるのは難しいよ! そうだ! カッパを着て食べたらいいよ!」

「カッパは家にあるよ」

「ほんとだ! どうやったら屋上で弁当が食べられるか考えてみるよ!」

「窓の近くで外を見ながら食べるのはどうかな!」

「そうするよ!」


 窓側の端の空いている席に愛が座り、純は愛の後ろに座る。


「百合中さん! 映画に誘われて嬉しいですわ! 嬉し過ぎてわたくしどうしたらいいか分からないですわ!」


 幼馴染達の所に行こうとしていると、鳳凰院がやってきて笑みを浮かべながら大声を出した。


「映画に誘われただけであそこまで喜ぶなんて、鳳凰院は百合中のことが好きなのか?」

「でも、鳳凰院さんって矢追さんのことが好きだったよね?」

「憧れと現実の恋は違うんじゃないの」


 クラスメイトは僕達に視線を向けながら、見当違いなことを言った。


 このことが角刈り男子の耳に入ればややこしいことになるから誤解を解こう。


「岩波に映画に誘われて嬉しいんだよね?」

「はい! そうですわ! 今日朝岩波さんが映画に誘ってくれましたわ!」


 クラスメイトは目を丸くする。


「百合中とだったらまだ分かるけど、野蛮な岩波と鳳凰院さんが一緒に映画行くなんてありえない」


 近くにいた男子がそう言った瞬間、鳳凰院はその男子を睨みつける。


「今何て言いましたの?」

「…………」


 鳳凰院の迫力に男子は俯く。


「次に岩波さんの悪口を言ったら許しません」


 純が心配そうに鳳凰院の去る姿を見ていた。


 鳳凰院の後を追う。


 空き教室の隅っこで正座をしていた。


 鳳凰院の近くの席に座る。


「岩波さんのことを馬鹿にしたことは駄目ですけど、怒る必要はなかったですの」


 壁にもたれながら力無く呟く鳳凰院。


「好きな人を馬鹿にされたんだから怒って当然だよ。僕だってらぶちゃんとじゅんちゃんが馬鹿にされたらブチ切れるよ!」

「……そうですわね。でも、今度は怒らずに注意することを心掛けてみますわ」

「それで、鳳凰院さんは角刈り男子に返事したの?」

「行くって答えましたわ! デートって何をしたらいいんですの? そもそもこれってデートですの? 考えれば考えるほど訳が分からなくなりますわ!」


 再び鳳凰院はテンション高くなる。


 意識し過ぎたら、約束した当日鳳凰院は逃げそう。


「友達と映画を観にいくぐらい考えればいいんじゃないかな」

「無理ですわ! 男女で映画行くなんてどう考えてもデートですわ! どうすれば、デートを成功させられますの?」

「1度もデートしたことないから分からない」

「去年卒業した家庭科にいた先輩や漫研部に入っている矢追さんの友達とはデートしたことないんですの?」

「剣と恋さんとデートしたことないよ」

「2人の百合中さんを見る目がこ、わたくしが言うことではないですわね。なんでもないですの」


 鳳凰院が何を言おうとしたのか気になるけど、今は鳳凰院の悩みを聞く方が優先。


「鳳凰院さんの友達で彼氏がいる人いないの?」

「いないですわ。矢追さんや王子様にはいそう、怖いので睨まないでほしいですの」

「らぶちゃんとじゅんちゃんが男子と付き合ったら、殺意を我慢する自信ないな」

「わたくしが悪かったので、その顔でわたくしを見ないでほしいですわ! 怖いですわ!」

「らぶちゃんはじゅんちゃんと付き合うから。らぶちゃんが攻めだから」

「そうですわね。その通りですわ」


 鳳凰院は目を逸らした。


「2人で何しているんだ?」


 愛×純のことに語ろうとしていると、角刈り男子が教室に入ってきて聞いてきた。


 正直に言ったら鳳凰院が緊張するから、適当に誤魔化そう。


「じゅんちゃんのことで語っていたんだよ。そうだよね?」

「……はい。そうですの」


 俯いて震えながら呟いた鳳凰院は部屋から出て行く。


 僕と角刈り男子が取り残された。


 角刈り男子は何も言わずに一瞥してくる。


「どうしたの?」

「……百合中と鳳凰院は付き合っているのか?」

「付き合ってないよ。君と映画行くのに緊張するから、その相談に乗っていただけだよ」

「そうか! それならよかった」


 強張った顔を笑顔にして、僕の背中を叩いてこようとしたので避けた。



★★★



 英語の先生に職員室まで運ぶように頼まれてノートを持って廊下に出る。


 恋が窓の外を見ながら立っていた。


 声をかけると、目を丸くしてから尻餅をついてその勢いで眼鏡が外れた。


 少し遠くまで飛んでいった眼鏡を拾って渡す。


「こここここここここ、こいって読むじゃなくてれんだよ」


 震えた手で眼鏡をかけながら喋る恋。


「知っているよ」

「……百合中君って今暇かな?」

「もう少ししたら6時間目始まるから、放課後だったら暇だよ」

「どうしても今聞いてほしいことがあるから、漫研部の部室にきてもらっていい?」

「授業が始まって僕がいなかったららぶちゃんとじゅんちゃんが心配するから教室に戻るよ」

「来てくれたら愛×純の少しエッチなイラストを描くよ」

「……」


 気がつくと漫研部にいた。


「先にこれを見てほしい」


 手渡してきたスケッチブックを受け取り開いて流し見をする。


 王道なラブコメ漫画が描かれていた。


「感想を聞かせてもらっていいかな?」

「僕は男女の恋愛のよさが分からないから、他の人に意見聞いた方がいいよ」

「あたしは百合中君の感想が聞きたいから、教えてもらっていいかな?」


 もう1度漫画を読み返す。


 互いに好きな男女の高校生が放課後一緒に帰り、想いを伝えようとするけど空回りする話。


「好きなら早く告白した方がいいって思ったよ。それをしたらすぐに話が終わるから、できないってことは分かるけど」

「百合中君が誰かを好きになったらすぐに告白するってこと?」

「今の所好きな人はいないから予定はないけど、好きな人が万が一にでもできたら告白するよ」

「……鳳凰院さんに告白しないの?」

「もしかして、昼休みの僕のクラスで起きたこと噂になっている?」


 小さく俯く恋に、事実を教えると深く息を吐きだす。


「よかったー。本当によかったー」

「恋さんに聞きたいことがあるんだけどいい?」

「うん。あたしに答えられることなら何でも答えるよ」

「鳳凰院さんがデートに行く自信がないから、デートの心得知っていたら教えてほしい」

「1度もデートしたことないから分からないよ」

「僕もデートをしたことがないから分から」


 前に恋と2人で映画を見に行ったことを思い出す。


 2人で遊びに行くのがデートなら、僕と恋はデートをしたことになるのか?


 そのことを口に出して恋に聞くと顔を真っ赤にして固まる。


「……あたしとの……デート楽しかったですか?」

「楽しかった」

「……あたしも楽しくて……ドキドキした……よ」


 映画にディープなキスやベットシーンがあったから、そのことを言っているのだろう。


「僕とデートした時に困ったことはあった?」

「全然ないです……あえて言うなら、大人過ぎる映画は避けた方がいいと思うかな」


 角刈り男子を意識し過ぎている鳳凰院が見たら、その場から逃げ出すな。


「……また一緒にあたしと映画見に行ってくれますか?」

「いいよ」

「ありがとう」

「今度はらぶちゃん、じゅんちゃんも一緒に4人で行こう」

「……ありがとう」


 恋は項垂れながら「そうなるよね」と唸った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る