179話目 こんなに悔しい気持ちになるのは初めて

 家に帰ると、両端の髪をぐちゃぐちゃに結んでいる愛が抱き着いてきた。


 手伝いの疲れが吹っ飛ぶ。


「こうちゃん! おかえり! 見て見て! らぶが結んだんだけどかわいい?」

「うん。めちゃくちゃ可愛いよ」

「やったー!」


 愛が両手を勢いよく上げるとゴムが落ちていつも髪型に戻る。


「うわー! また落ちたよ! 何回やってもすぐに落ちるからこうちゃん髪結んで!」


 2人でリビングに入ると、ソファに座ってテレビを見ている純がいた。


「らぶちゃんの髪を結んでから、すぐに晩飯の作るからね」

「……おう」


 耳を赤くして何か言いたそうな視線を送ってくる純。


「どうしたの?」

「……なんでもない」


 純はイヤホンを耳にさして、音楽を聴き始めた。


 悩み事があるのか気になる。


 しつこく聞いて嫌われたくないから、様子を見ることにした。


「こうちゃん、これにして!」


 雑誌を見せてくる愛。


 そこには、ツインテール姿の昴がハートのクッションを持って上目遣いの写真が載っていた。


「昴! 可愛いでしょ!」

「らぶちゃんの方が可愛いよ!」

「らぶは可愛いじゃなくて、お姉さんだから綺麗だよ!」

「そうだね。らぶちゃんは可愛くて綺麗で大人っぽいよ」

「やったー! じゃなくて、らぶも昴みたいになりたいからツインエールにして!」


 雑誌にツインテールのやり方が書いていた。


 椅子に座った愛の後ろに立つ。


 机に置いた雑誌を見ながら、それ通りにやってみる。


 愛の髪が短くて結びにくい。


「こうちゃんできそう?」

「もう少しでできるから、待ってね」

「いくらでも、待つよ! 昴と一緒の髪になるのが楽しみだよ!」


 中途半端な髪型にできないな。


 結んで解くを何度か繰り返して、やっとツインテールが完成。


 恋にした時よりも上手くできたと思うけど、檸檬さんと比べたらまだまだ。


 檸檬さんの1つ1つの動きは覚えていて、それを取り入れた。


 でも、檸檬さんのように言葉にできないほど、愛を可愛くすることができていない。


 愛が立ち上がる。


 腰に胸を当てた愛は純に向かってドヤ顔をする。


「じゅんちゃん見て見て! 昴といっしょ!」

「可愛いよ。こうちゃん結ぶの上手い」

「そうだよ! こうちゃん天才だよ! じゅんちゃん褒めてくれてありがとう!」


 愛はぴょんぴょんその場で跳ねる。


「ママにも見せてくる!」


 部屋から出て行く愛。


 幼馴染達に褒められて嬉しい……何か、もやもやする。


 純の隣に座って、この気持ちについて考える。


 膝の上に少しの重みを感じる。


 純が僕の膝の上に頭を乗せていた。


「……私も、らぶちゃんみたいにしてほしい」


 髪を結んでほしいけど口にできなかったから、純は僕の方を見ていたんだな。


 いいよと答えると、足早に椅子に座る純。


 純の髪は愛より少し長いから、結びやすい。


 完成……まだまだ上手く結べる気がして解く。


 普段の晩飯の時間を過ぎていることに気づく。


 急いで結んで、キッチンに向かう。


 純と晩飯を食べ、制服姿でツインテールの愛と一緒に勉強をしても、心のもやもやが残っている。


 幼馴染と過ごして充分に癒されたはずなのにどうしてだろう?


 22時を過ぎると、寝ていた愛が立ち上がって僕に聞いてくる。


「こうちゃん悩んでいることあるの? そんな顔しているよ」


 愛が顔を近づけてくる。


「心配してくれてありがとう。悩んでいるっていうか、もやもやしている」

「もやもや?」

「うん。らぶちゃんやじゅんちゃんの髪を結んで、檸檬さんだったらもっと2人を可愛くできると思ったらもやもやする」

「こうちゃんは檸檬に負けて悔しいんだね! こうちゃんの気持ち分かるよ! らぶも負けたらすっごく悔しいからね!」

「……」


 なるほど。


 僕は大好きな幼馴染を自分より可愛くできる檸檬さんに嫉妬をしていた。


「こうちゃんが悔しがるは珍しい」


 ソファに座っていた純が僕達の近くに腰を下ろして言った。


 純の言う通りで、こんなに悔しい気持ちになるのは初めてかも。


「美容師になって誰よりも、らぶちゃんとじゅんちゃんを可愛くできるようになるよ」


 自然とそんな言葉が出た。


「らぶは可愛いより綺麗な大人の女性にしてほしいよ!」

「楽しみに待っている」


 本気で美容師を目指すことを心に誓った。


「らぶ帰って風呂に入って寝るよ!」


 そう言って部屋を出て行く愛を呼び止める。


「眠たくない?」

「全然大丈夫だよ!」


 この時間に愛が風呂に入ることは滅多にない。


 寝てしまうか心配。


 純に小声で愛と一緒に風呂に入ってほしいと言う。


 頷いた純は愛の所に行く。


「らぶちゃん、私と一緒に風呂に入ろう」

「いいよ! こうちゃんも一緒に入ろう?」


 愛がそう言うと、純は耳を赤くして控えめに頭を左右に振る。


「こうちゃんでも、男女が一緒に風呂に入るのは駄目!」

「らぶもじゅんちゃんみたいに髪を洗ってほしいよ! じゅんちゃんだけ洗ってもらったなんて不公平だからね!」

「……でも」

「じゅんちゃん! こうちゃんに髪を洗ってもらって気持ちよかった?」

「……おう」

「らぶも気持ちよくなりたいよ! 3人で風呂に入ろう!」

「…………おう」


 純は僕を一瞥してからおずおずと頷いた。


 夜遅くて水着を取りに行くことができない。


 タオルを巻いて入浴することにした。


 幼馴染達が半裸で並ぶ……天国か⁉


 2人で乳繰り合ってほしい!


「こうちゃん!」

「…………」

「おーい! こうちゃん! おーい!」


 目の前に小さな掌が見えて正気に戻る。


 同時に愛の巻いていたタオルがとれた。


 純がすぐに愛に抱き着く。


 顔を真っ赤にさせて、頭から湯気を出して固まっている愛。


 純に愛のことを任せたと言って、風呂場から出た。


 純の背中で見なかったけど、素肌の愛の胸にタオルを巻いた純の胸があったんだよな。


 ……興奮で今日寝られるか心配になった。

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