177話目 目力の強い女子の寝不足②
昼休みになってすぐに、恋が教室に入ってきた。
「れんちゃんだよ! 今日いっしょに食べる約束してたっけ?」
「たまにはらぶちゃん、百合中君、矢追さんの4人で食事をしたいと思ったんだけど駄目かな?」
「いいよ! 屋上行こう!」
「うん。百合中君少し聞きたいことがあるだけいいかな?」
いいよと答えようとしていると、角刈り男子が僕の所に走ってくる。
「鳳凰院が変だぞ! そうなった理由をお前知っているだろ?」
角刈り男子は汗をかいていて臭い。
一歩後ろに下がる。
「知らないよ。朝会った時からテンション高かったから」
「そんなわけな」
愛を一瞥してから僕の耳元に口を近づけようとするから避ける。
「避けんなよ!」
「臭いから近づくな」
「バカにする……ここで喧嘩しても意味がない。ちょっとこっちにこい」
部屋を出て行く角刈り男子について行く。
角刈り男子は左右に顔を動かしながら、男子トイレに入る。
「ここなら鳳凰院がくることはないな。鳳凰院が休み時間になる度に、俺のクラスにきて抱き着いてくるんだよ」
「女子に抱き着かれるなら別にいいよね」
「いいわけないだろ。周りに見られるは恥ずかしいし……付き合ってもないのに抱き合うのは順序がおかしいだろ」
「いかつい顔をして乙女みたいなことを言って気持ち悪い。僕を吐かしたいの?」
角刈り男子は僕を殴ろうとして、動きを止める。
「らぶちゃんの真面目な父親が完徹で仕事をした時に今の鳳凰院みたいになっている。だから、鳳凰院も寝不足だと思うよ」
「矢追たんの家族を例に出されたら説得力あるな。寝不足だとしたら眠らせばいいのか?」
「放置していてもいいと思うよ。何もしなくてもその内力尽きて寝るよ」
「ふざんけ! これ以上鳳凰院に抱き着かれたら俺の心臓が持つか!」
野太い声がトイレに響く。
「男子トイレから強君の雄々しい声が聞こえてきた気がしますわ」
鳳凰院の声が聞こえてきて、角刈り男子が震え始める。
「俺はしばらくここでいるから、百合中が出て行ってここに俺がいないって言ってくれ」
トイレから出る。
2つの弁当箱を持っている鳳凰院がいた。
「角刈り男子はトイレにいるよ」
「ふざけんな! 裏切者が!」
汚い叫び声が聞こえてくる。
「聞き間違えじゃなかったですわね。少し考えればわたくしが強君の声を聞き間違えるはずないですわ。失礼しますの」
「鳳凰院を変態にするわけにはいかん」
鳳凰院が躊躇いもなく男子トイレに入ろうとしていると、角刈り男子が出てきた。
「強君が何を言っているか分からないですけど、格好いいですの」
いつの間にか角刈り男子に抱き着いて頬擦りする鳳凰院。
「お腹空いてないですの?」
「空いているから、食堂に行って柔道部の奴達と食べてくるから放せ」
「駄目ですの。強君は屋上でわたくしと一緒に食べるんですの」
「一緒に食べるって、俺弁当持ってきてないぞ」
「大丈夫ですわ。えへへ」
鳳凰院は角刈り男子の手を握って引き摺りながら去って行く。
今の積極的な鳳凰院なら放置していても大丈夫だろう。
教室に戻る。
純に鳳凰院のことが心配だから、2人の所に行ってほしいと言われて頷く。
愛と純の弁当を食べている姿に後ろ髪を引かれながら、教室を出て屋上に向かった。
屋上の真ん中で鳳凰院と角刈り男子は座っている。
虚ろな瞳で笑顔を浮かべる鳳凰院が角刈り男子に卵焼きを食べさせていた。
「助けてくれ! 鳳凰院が笑顔で弁当を食べさせ続けてくる!」
鳳凰院の隣に座って弁当を見る。
卵焼き、たこさんウィンナー、ミニトマト、ブロッコリーが入っている。
どれも地味なおかずだからこそ、ご飯の上にハートの形でのっている桜でんぶのが目立つ。
分かりやすい愛情表現に角刈り男子もは頬を赤くして、そのハートを何度も一瞥している。
空になった弁当を床に置いた鳳凰院は角刈り男子の頬についたご飯粒を取って、角刈り男子の口に入れる。
「初めて弁当を手作りしましたわ。美味しかったですの?」
「……ああ、うまかったぞ」
「お粗末様です。強君よかったらここでお昼寝しますの?」
鳳凰院は弁当を片付けながら、自分の正座した太ももを見ながら言った。
「そんな恥ずかしいことできるわけないだろ!」
「わたくしは恥ずかしくないですわ」
「俺は恥ずかしいんだよ! それに、寝た方がいいのは鳳凰院の方だろ!」
「どうしてわたくしが寝た方がいいですの?」
「寝てないからいつもの鳳凰院と違うんだろ」
「いいえ、わたくしはいつも通りですわ。そんなことよりわたくしは強君に膝枕をしたいですわ」
角刈り男子の頭を摑み、無理矢理自分の太ももに乗せる。
「おい、彼女でもないのに膝枕するなよ!」
「それならわたくしを強君の彼女に……」
少しずつ目を閉じた鳳凰院は寝息を立て始めた。
★★★
愛が部活に行くのを見送ってから純と保健室に入る。
鳳凰院が寝ているベッドの隣で、椅子に座っている角刈り男子がいた。
「授業に出るように言ったのに、ずっとここにいるのよ」
保健室の先生は呆れた眼差しを角刈り男子に向けながら、言葉を吐き出す。
ここに角刈り男子がいるのは、鳳凰院から昼休みの続きを聞くためだろう。
屋上で寝た鳳凰院は昼休みが終わっても起きなかったから。
目を覚ました鳳凰院が朝から昼にかけての記憶があるとしても恥ずかしくて本当のことを言わない。
今までの鳳凰院を見ていたら分かる。
「鳳凰院は君のことをす」
「言わなくていい。鳳凰院から聞くから」
「2人に任せていたら、平行線のままで終わりそうだから言うよ」
「聞かねえ! 絶対に聞かねえ!」
角刈り男子は自分の耳を塞いで叫ぶ。
「……おはようございます。どうしてわたくしは保健室で寝ているんですの?」
体を起こした鳳凰院は周りを見渡してから、僕達を見て小首を傾げる。
「覚えてないのか?」
ベッドに手をつけた角刈り男子は鳳凰院に顔を近づける。
「……なんのことをおしゃっているのか…………分かり」
突然、顔を真っ赤にした鳳凰院は立ち上がる。
「わたくしは用事があるので帰りますわ!」
逃げようとする鳳凰院の前に角刈り男子は立ち塞がる。
「本当に覚えてないのか?」
「……本当ですわ」
「分かった。また明日な」
「鳳凰院さんは君から目を逸らして震えているから確実に嘘を吐いているよ」
鳳凰院に威圧感のある目で睨みつけられる。
「嘘って、本当か?」
「…………はい」
涙目で力無く呟いた後、鳳凰院は土下座をした。
「岩波さんにたくさんに迷惑をかけてごめんなさい! 抱き着いて頬擦りをしたり、弁当を食べさせたり、膝枕をするなんてわたくしは痴女ですわ!」
「やめてくれ。俺は気にしてないから」
床に頭を擦りつけている鳳凰院の体を、角刈り男子は持ち上げて立たせる。
「迷惑をかけたお詫びにわたくしにできることはありますの?」
「気にしなくていいって言っただろ」
「それではわたくしの気が済みませんわ」
「なら、鳳凰院が寝る前に何を言おうとしたのか教えてくれ」
「……わかりましたわ。…………わたくしを、岩波さんのか、か、か、か、か…………やっぱり言えないですわ」
鳳凰院の態度に腹が立ってきた。
純が協力しているのに、逃げ腰だから。
「先生外に出てもらっていいですか?」
「何でかしら?」
「今から鳳凰院さんが岩波? 君に大事な話をするので」
「青春をするのね。分かったわ」
先生は鳳凰院の耳元で女は度胸よと口にして、部屋を出て行く。
純の手を繋いで廊下に出て、教室に向かって叫ぶ。
「鳳凰院が自分の気持ちを話すまで、この部屋からは出さないから!」
念のためにドアを押さえておく。
「……」
「……」
先生が「全て終わったら職員室にきてね」と言って去ってから、数10分経つ。
中から声が聞こえてこない。
「鳳凰院が言えるようになったら聞かせてくれ。俺はいつまでも待っているから」
長丁場になるなと思っていると、角刈り男子の声が聞こえてきた。
「……いいんですの?」
「よくはわない。本当は凄く気になってしょうがないけど、鳳凰院を困らせたくない気持ちの方が強いから仕方がないだろ」
「岩波さんは優しいですわ」
「優しくなんてない。俺はお前に嫌われたくないだけだ」
「……ありがとうございます」
鳳凰院、今告白すれば両想いになれるよ。
ドアを開けてそう伝えようとすると、純が僕の手を握って首を左右に振る。
「鳳凰院さんのペースでさせてあげてほしい」
歯がゆい気持ちになりながらも、頷くことしかできなかった。
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