175話目 小さな幼馴染みたいになりたい

 角刈り男子に振られたと泣き叫ぶ鳳凰院を家に送る。


 自宅に帰ると、玄関で正座をしている鳳凰院がいた。


 鳳凰院の家から僕の家まで一本道。


 追い抜かされない限り、僕より先に僕の家に着くことはない。


 不思議ではあるけどまあいいか。


 鳳凰院は伏せていた顔を上げる。


 腫らした目からまた涙を流している。


「…………岩波さんに嫌われましたわ」

「嫌われていないよ。それ所か角刈り男子は鳳凰院のことを好きになっているよ」

「そんなこと絶対にないですわ。わたくしは、暴力を振るったんですわよ。こんなわたくしが好かれるはずないですの」

「角刈り男子を助けただけだよ」

「それは詭弁ですの。わたくしが暴力を振るったのにはかわりがないですわ」


 ハンカチを渡すと、鳳凰院は両目にあてる。


「これからわたくしはどうやって角刈り男子に話しかけたらいいか分からないですの」


 鳳凰院が角刈り男子に告白すれば、2人は確実に恋人になる。


 でも、当分鳳凰院から告白することは無理だろうな。


 今のようにマイナス思考じゃなくても、恥ずかしくて告白できない。


 角刈り男子の方も鳳凰院を意識して逃げている。


 面倒なことになった。


「こうちゃんお帰り……鳳凰院さんこんばんは」


 鳳凰院を見て不思議そうな顔をする純。


 純は鳳凰院の所に行き、同じように正座する。


「大丈夫?」

「……大丈夫……じゃないですの……」

「おう」

「……わたくし、人を投げて……傷つけて……しまいましたの」

「おう」

「……それを岩波さんに……見られて…………きらわれ……ましたの……」


 嗚咽を漏らし話す鳳凰院の頭に、純はそっと手を置く。


「鳳凰院さんは優しい」

「……やさしく……ない……ですの」

「人を傷つけてこんなに苦しんでいるから優しい」


 純が鳳凰院の頭を撫でる姿が、親が子どもを慰めているように見えてほのぼのとする。


「……岩波さんに嫌われてないですの?」

「大丈夫。こうちゃんの家に入る?」

「……はい」


 リビングに入った2人について行く。


 ソファに腰を下ろした純が床に座ろうとした鳳凰院の手を引っ張って、自分の隣に座らせた。


 暖かくなってきているけど夜は冷える。


 ホットココアを入れて2人に渡す。


 誰も喋らない時間が数分続いてから、鳳凰院が口を開く。


「……嫌いになったのではないなら、どうして岩波さんはわたくしから逃げるようにいなくなったんですの?」

「角刈り男子が鳳凰院さんに惚れているからだよ」

「そんなはずないですわ!」


 間髪を入れずに否定される。


「角刈り男子は鳳凰院に真っ赤な顔を見られたくないから逃げたんだよ」

「……信じたいけど、それを信じる勇気がないですの」

「私はこうちゃんの言っていることは正しいと思う。だから、鳳凰院さんも信じて」

「はい。信じますわ」


 即答する鳳凰院。


 純の凄さを改めて感じる。


「わたくし、岩波さんの好みの女性になれるように頑張りますわ! まず何から始めたらいいですの?」


 鳳凰院が聞いてくる。


「角刈り男子が好きな人の模倣でもしてみたら」

「やってみますわ。岩波さんの好きな人は矢追さんなので……矢追さんに勝てる気が全くしないですの」

「らぶちゃんは角刈り男子のことを男として見てないから大丈夫だよ」

「その言い方は腹が立ちますけど、たくさん助けてもらっているので我慢しますの」


 鳳凰院は頬を膨らませて睨んできた。


 愛が21時に勉強しにくることを伝える。


 鳳凰院はそれまで待つと言った。


 3人で晩飯を食べた後、ソファに座って寛いでいる。


 部屋に入ってきた愛は、ソファの真ん中に座っている鳳凰院の前に立つ。


 鳳凰院の両隣にいる僕と純の顔を交互に見ながら口を開く。


「こうちゃん! じゅんちゃん! きたよ! 何で! 何で、麗華がいるの?」

「鳳凰院さんが角刈り男子のことを、いたっ!」


 横腹に痛みを感じた。


 隣を見ると、鳳凰院が抓っていた。


 鳳凰院は角刈り男子を好きなことを、周りの人に隠したいんだな。


「こうちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。らぶちゃんのような大人の女性に鳳凰院さんもなりたいんだって」


 心配そうに顔を覗いてくる愛にそう言うと、嬉しそうに飛び跳ねる。


「いいよ! らぶが麗華にお姉さんのなり方を教えてあげるよ!」

「お願いしますの」


 愛に向かって、鳳凰院は恭しく頭を下げた。


「どうすれば矢追さんみたいに積極的に何ごとも楽しみながらできますの?」

「簡単だよ! お姉さんっぽくすれば、らぶのようになれるよ!」

「具体的にお姉さんっぽくするにはどうしたらいいですの?」

「らぶのようにすればいいよ!」


 鳳凰院は首を傾げてから、僕に耳打ちしてくる。


「百合中さんは矢追さんの言っていることは分かりますの?」

「説明が下手ならぶちゃんも可愛いよ」

「妹を思いやる兄の目で矢追さんのことを見てないで、教えてほしいですわ」

「らぶちゃんのことを言葉で説明するなら、1カ月喋り続けるけどいい?」

「それ以外の方法ないですの?」

「らぶちゃんの行動を観察したらいいよ」

「分かりましたわ。そうしますの。わたくしも矢追さんと一緒に勉強してもいいですの?」

「やったー! みんなでした方が楽しく勉強できるよ!」


 机の前に座った愛と鳳凰院が勉強を始めた。


 15分後、机に頭をのせて眠る愛。


 いつも以上に集中力が持ったな。


 愛に毛布をかける。


「……勉強はもう終わったんですの?」


 呆然と愛を見ていた鳳凰院が聞いてくる。


「そうだよ」

「矢追さんの勉強時間がこんなに短くて大丈夫ですの?」

「赤点は回避しているから大丈夫だよ。らぶちゃんは何事にも全力投球で力配分をしないから、疲れて寝ることが多い。鳳凰院さんが愛のようになりたいなら、こういう所を見習うといいよ」

「……矢追さんのようになるのは難しいですの。本気で岩波さんのことが……好きなのに頑張ろうとしていないわたくしには……」

「麗華は、強のことが、好きなんだね」


 机に頭をのせたまま目を開いた愛が眠たそうな声を出した。


「麗華は、強、と何を、したい?」

「一緒にゲームをしたり、ご飯を食べたり、外に遊びに行ったりしたいですわ」

「頑張れない時に、したいことを考えればがんばれるよ…………」


 再び目を瞑った愛は寝息を立て始めた。

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