174話目 部活見学者

 廊下に出ると、鳳凰院と角刈り男子が向き合っていた。


「この後…………お時間ありますの?」

「今から部活があるから、また今度遊ぼう」

「……はい……わがりまじた……の……」


 膝をついて泣き出す鳳凰院。


「そんなにおれと遊びたかったのかって、そんなわけないか」


 苦笑しながらそう言った角刈り男子に鳳凰院は小さく頷く。


「部活見学にくるやつが帰ったら暇だ。遊ぶか?」

「……はい」


 角刈り男子は僕の方に視線を向ける。


「お前も一緒にこい」


 鳳凰院が途中で逃げる可能性があるから、ついて行った方がいいな。


 角刈り男子に頷いて、2人の後についていく。


 体育館に着くと、見学者はきてない。


 壁際に腰を下ろすと、鳳凰院は僕の隣に座った。


 昨日の体育館はむさ苦しい男子しかいなかった。


 今日は女子2人が卓球をしている。


 子気味のいい音のラリーを見ていると、鳳凰院に肩を優しく叩かれる。


「どうしたの?」

「見学者がきたみたいですの」


 鳳凰院の視線の先を見る。


 角刈り男子の横に男子が立っていた。


「練習は準備運動や走り込みをしてから、自分達のやりたいことを自由にしている。 お前がやりたいことがあったらやるから気軽に言ってくれ」

「僕の名前って覚えていますか?」

「覚えないな。あったことあったか?」

「いえ、自分が一方的に知っているだけなので、気にしないでください。今から試合がしたいです」

「素人相手には試合できないな」

「素人じゃないですよ」


 男子は角刈り男子の胸倉を摑み、自分の方に引き付けて睨みつける。


「いきなり何するんだ?」

「よく見てください。本当に覚えてないですか?」

「覚えてないから放せ」


 舌打ちをした男子は角刈り男子から手を放した。


「自分はあなたの同じ中学の柔道部に入っていました。何度も試合を挑み、ぼこぼこにされました」

「そういや、そんな奴もいた気がする」

「どうして、こんな弱い高校にきたんですか? あなたならもっと柔道の強い高校に入れたのに!」

「強さなんて興味ねえよ。俺は柔道をただ楽しみたいだけだ」


 格好つけたように笑う角刈り男子に吐き気がする。


 隣にいる鳳凰院は違うようで、恋する乙女のような顔で角刈り男子を見ている。


「そんなの才能の持ち腐れですよ。僕は納得できない」

「お前に納得してもら」


 喋っている途中の角刈り男子の体が浮き、地面に叩きつけられる。


 背負い投げをした男子は冷めた目で角刈り男子を見下ろす。


「昔のあなたなら自分の技なんて簡単に避けられました」

「岩波さん大丈夫ですの⁉」

「大丈夫だ。鳳凰院はそこにいろ」


 駆け寄ろうとする鳳凰院に掌を向けて制止させる角刈り男子。


「自分はあなたを倒すためにこの高校に、いえ、あなたを倒すことが僕の生きる意味です。なのに、どうしてそんなに弱くなったんですか?」

「俺が弱くなったんじゃなくて、お前が強くなっただけじゃないのか?」

「そんなわけないです。誰も勝てなかった自分が手も足もでなかったんです。そうか。こんな所にいるからあなたは弱くなったんですね。絶対にそうです」


 歪んだ笑みを浮かべる男子。


「昔の最強だったあなたに自分が戻してあげます」

「余計なことをするな。おれは楽しく柔道ができればいい」

「認めません!」


 男子は角刈り男子の後ろに回って、腕で首を絞める。


「これから厳しい練習をして、僕より強いあなたに戻ってくれると約束してくれるまで緩めません」

「……おれは、楽しく、柔道が、できれば、それだけでいい」


 苦悶の表情を浮かべている角刈り男子は、男子を引き剥がそうとするけどびくともしない。


「強くないあなたなんて、柔道をする価値がないです。このまま、痛みつけて柔道ができない体にします」

「あなたの我儘を岩波さんに押しつけないでほしいですわ!」


 鳳凰院は男子の肩を摑み、勢いよく引き剥がす。


「楽しそうに柔道をしている岩波さんがわたくしは大好きですわ! それを、邪魔しようとするなら2度と岩波さんの前に現れないように鳳凰院家の全てを使ってあなたを消しますわ!」

「うるせぇ! 自分の邪魔をするなぁ!」


 鳳凰院の手首を叫びながら摑んだ男子は一回転する。


 仰向けに倒れた男子の頭の横に足を下ろして凄む鳳凰院。


「これ以上戦うと言うなら、本気で相手をしますわ」

「ごめんなさい~」


 男子は弱々しい声を出して、足を引きずりながら逃げる。


「岩波さん大丈夫ですの? 怪我してないですの?」


 鳳凰院は胡坐を組んで座っている角刈り男子の所に行き、正座をして話しかける。


「……大丈夫だ」


 頬を赤くして顔を逸らす角刈り男子。


 それをしてはいいのは女子だけ。


 空気を読み心の中でツッコむ。


「見えない所を怪我しているかもしれないので見せてほしいですわ」


 心配する気持ちが勝っているのか、緊張せずに鳳凰院は角刈り男子との距離を縮めようとすると、


「すまん。今日用事があったことを思い出した! 遊ぶのはまた今度にしてくれ!」


 顔を真っ赤にした角刈り男子は早足で体育館を出て行く。


 これは、鳳凰院が告白すれば両想いになるな。

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