172話目 逃げたらどうなるか分かるよね?

 逃げようとする鳳凰院を引っ張って、体育館に向かう。


 体育館の中に入ると、準備運動をしている角刈り男子達がいた。


 鳳凰院が「……格好いい」と声を漏らす。


 角刈り男子の所に行き鳳凰院の手を離す。


「昼にくるって言ってたけど、本当にきたんだな」

「鳳凰院さんが手伝うことはある?」

「特にないから、桃子の隣で見学していろ」


 指を差された方を見ると、立って角刈り男子を凝視している柔道部のマネージャーがいた。


 僕達はそこに移動して、角刈り男子の練習を見ながら考える。


 どうすれば鳳凰院が角刈り男子に告白をできるかを。


 いや、違うな。


 鳳凰院が告白したら角刈り男子は受け入れるか?


 たぶんと言うか、柔道部のマネージャーのように愛が好きだからと断れるだろう。


 鳳凰院は1度振られたら立ち直ることはできずに角刈り男子のことを諦めそう。


 今することは鳳凰院が角刈り男子に慣れることと、2人が一緒にいる時間を増やすこと。


 部活が終わったら、角刈り男子に鳳凰院と遊ぶ日にちを決めさせよう。


 曖昧にしていたら、鳳凰院が逃げるかもしれないから。


「今から外走ってくるわ。適当にくつろいでいてくれ」


 角刈り男子はそう言って、男子達と体育館を出て行った。


「鳳凰院先輩は強先輩のことが好きですか?」

「……」


 堂々と柔道部のマネージャーに聞かれて、顔を引きつる鳳凰院。


「その反応でなんとなく分かりました。わたしと鳳凰院先輩はライバルですね。一緒に頑張りましょう」


 柔道部のマネージャーは敵意のない笑みを浮かべてそう言ってから、スマホを触り始めた。


「鳳凰院さん、部活をしている強先輩の格好いい所をたくさん撮ったのを見てください」


 柔道部のマネージャーはスマホを鳳凰院に見せる。


 画面には…………角刈り男子の露わになった…………胸元や手や足がドアップで表示されていた。


 目が、脳が、腐る⁉


 鳳凰院は横目で一瞥する。


「……わたくしはそんなエッチな画像を見ないですの」

「エッチじゃなくて、芸術ですよ。見てくださいこの大胸筋。思わず触りたくならないですか?」

「…………ならないですの」


 唇を噛みしめ苦渋な表情を浮かる鳳凰院。


「鳳凰院さんがほしいならあげますよ」

「…………ほしいですの」


 2人はランイ交換をする。


 角刈り男子の裸が欲しい気持ちが全く理解できない。


 柔道部のマネージャーが筋肉のことを熱く語り始めた。


 気持ち悪くなり、2人から距離を置くために出入口の方に移動する。


 10分ほどして、角刈り男子達が息を乱しながら帰ってきた。


 汗臭くて気持ち悪い。


 鳳凰院の所に走って戻る。


 柔道部のマネージャーは角刈り男子の所に行き、タオルを差し出す。


「強先輩、これを使ってください」

「ありがとう。助かる」


 角刈り男子は受け取ったタオルで顔面を拭く。


「やっぱりおれ達のタオルはないよな。部活の時に可愛いマネージャーからタオルをもらうのは男の夢だよなー。いいなー」

「早く柿木ちゃんと付き合えばいいのに」

「俺は矢追たん一筋だから、絶対に付き合わない」


 男子達にそう言い切った後、柔道部のマネージャーの方に視線を向ける角刈り男子。


「桃子の嫌いなわけではないからな」


柔道部のマネージャーは角刈り男子の胴着の裾を摑み、上目遣いをする。


「嫌われてないだけでも嬉しいです」


 角刈り男子の顔が赤くなる。


「顔が赤いですよ。熱があるんですか?」


 柔道部のマネージャーが背伸びをして角刈り男子の額を触ろうとする。


 角刈り男子は顔を背けて、照れている顔をこっち向ける。


 純ちゃん、ごめん。


 鳳凰院の恋を実らすのは無理かもしれない。


「大丈夫だから、気にするな。練習始める」


 背負い投げの練習が始まった。


 鳳凰院と柔道部のマネージャーは集中して、角刈り男子を見ている。


 暇なので終わるまでスマホで百合漫画を見ることにした。


「今日はここまで、ありがとうございました」


 角刈り男子の声が聞こえて顔を上げる。


 僕達の方に角刈り男子が向かってきた。


「体育館の掃除をするけど、お前達は先に帰るか?」

「最後までいるよ。掃除手伝うよ」

「助かる。お腹空いたらから早くすませよう」


 全員で手早く掃除を終わらせて、体育館を出ると外が暗くなっていた。


「強先輩、一緒に帰りませんか?」

「桃子の家は俺の家と反対だから、校門までだな」

「女子1人だと不安なので、家の近くまで送ってくれると嬉しいです」

「おれがこっちの方向だから途中まで送っていくよ」


 角刈り男子の後ろにいた男子がそう言った。


 目に見えてテンションを落とした柔道部のマネージャーは愛想笑いを浮かべる。


 3人になってから、角刈り男子に言う。


「忘れものをしたから、鳳凰院さんを家に送ってもらっていい?」

「待ってやるから早くとってこい」

「先生にも用事があるから先に帰っていて」


 鳳凰院に「逃げたらどうなるか分かるよね?」と耳打ちをして学校に戻る。


「帰るか」

「……はい」


 2人の姿が見えなくなって帰宅した。

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