171話目 モテてねえよ!

 愛、純と弁当を食べたい気持ちをぐっと我慢して、教室から出る。


 廊下で待っていた鳳凰院と一緒に、角刈り男子のクラスに向かった。


 椅子に座って友達と話している角刈り男子は僕達に気づいて、嫌そうな顔をしてこっちにきた。


「またきたんだな。何のようだ?」


 朝から休み時間になる度に、鳳凰院と一緒に角刈り男子の所にきている。


 遊ぼうと1言で言えばいいのに、鳳凰院は涙目になって俯いている。


 後ろに隠れようとする鳳凰院の背中を押して、角刈り男子の前に連れていく。


「岩波は最近モテていいよな!」

「ほんと、それな! リア充爆発白しろ!」


 教室から出てきた男子達が角刈り男子に、不満そうな顔をしながら言った。


「モテてねえよ!」

「はいはい。モテてる奴はみんなそう言うんだよ。非モテは食堂に行って、男子だけでご飯食べますか?」

「そうだな。そうするしかないな……辛い」


 男子達は去って行く。


「話がないなら俺も食堂に行くぞ」

「待ってほしいですわ」

「いいけど、早くしてくれ。飯を食う時間がなくなる」

「…………」

「鳳凰院は角刈り男子と一緒に食事がしたいって言っているよ」


 鳳凰院の気持ちを代弁する。


「違いますわ!」


 大声を出して逃げようとする鳳凰院の手を摑む。


 鳳凰院にスマホで純の執事姿の画像を見せる。


 少しだけ安心したような顔をする。


「どっちなんだ?」

「角刈り男子と一緒に食事したいよね?」


 鳳凰院は小さく頷く。


「柔道部で集まって食べる約束しているから、明日は駄目か?」

「今日じゃないと駄目だよ」

「大丈夫ですの」


 僕と鳳凰院が同時に言った。


「この前、角刈り男子の家でゲームをして鳳凰院がゲームに嵌って、今しているゲームで分からない所があるから教えてほしいつて」

「すげー分かる。ゲームで分からない所があったら何も手がつかなくなるよな。凄く分かる。今すぐ教えてやる」

「ありがとう。君の友達は食堂に向かったから、別の所で食べた方がいいよ」

「そうだな。女子と2人で食べていたら確実に茶化されるからな」

「人がほとんどこない空き教室を知っているから、そこで食べよう。弁当を教室に忘れたから先に行っていて」


 教室に向かって歩き、後ろを一瞥する。


 鳳凰院が捨てられた犬のような目をして僕の方を見ていた。




 2人が仲よさそうにしていたら教室に戻ろう。


 空き教室を覗く。


 横に並んで座った鳳凰院と角刈り男子は黙ったまま何もしていない。


 気まずい空気が流れている気がするから、部屋に入る。


「遅い。俺はお腹が空いているんだ」


 角刈り男子はそう言いながら、弁当を開けて食べ始めた。


 鳳凰院の近くに座る。


 何度も角刈り男子を一瞥して、視線が合うと俯く鳳凰院。


 この状態の鳳凰院に角刈り男子を遊びに誘うように耳打ちしても、絶対に言えないな。


 柔道部のマネージャーはまだ角刈り男子のことを諦めていないから、のんびりしていられない。


「鳳凰院が角刈り男子と2人で」


 鳳凰院が口を塞いでこようとしたので避ける。


「遊び、痛っ⁉」


 手の甲に痛みを感じて叫んでしまう。


「百合中さん、どうしたんですの? お腹が痛いんですわね。保健室に薬があるので、一緒にとりに行きますわよ」


 捲し立てた鳳凰院は僕の服の裾を引っ張って、教室を出る。


 少しして、鳳凰院が立ち止まる。


「ごめんなさい。でも、心の準備ができていないので、もう少し待ってほしいですの」

「待つのはいいけど、早くしないとマネージャーに角刈り男子をとられるよ」

「……そうですけど、2人で岩波さんと遊ぶと思ったら心臓が破裂しそうで……。……岩波さんが誰かと付き合うのは絶対に嫌ですわ。……わたくし頑張りますわ。岩波さんを遊びにわたくしから誘いますわ」


 亀が歩く速度で空き教室に戻る鳳凰院。


「どうやって誘えばいいですの?」

「話を切り出しやすいようにしようか?」

「任せてもいいですの?」

「いいよ。ゆっくりしていたら昼休みが終わるから急ごう」


 頷いた鳳凰院は歩く速度を変えなかった。


 手を引っ張って空き教室まで連れて行く。


「お腹の方は大丈夫か?」


 僕達は座っていた席に腰を下ろす。


「大丈夫だよ。君の家でやった格闘ゲームに鳳凰院さんは嵌っているけどCPにほとんど勝てないんだって」

「あのゲームのCPってそんなに強くないだろ。俺なんか1度も負けたことない。それが、鳳凰院のゲームで分からない所か?」

「そうだよ。鳳凰院に教えてあげてもらっていい?」

「いいよ。いつにするか?」

「…………きょ…………う…………で………いい…………ですの?」

「声が小さいし、途切れ途切れだったから何て言ったのか聞こえなかった。鳳凰院、もう1回言ってもらっていいか?」


 鳳凰院はスカートの裾を握りしめる。


「今日でいいですの?」


 声が多少震えていたけど、声量は出ていた。


「いいよ。どっちの家で遊ぶか? 俺の家か? 百合中の家か? 鳳凰院の家か?」

「僕は用事があるから遊べないよ」

「百合中つきあい悪いな。まあいいや。そうなったら、俺の家か、鳳凰院の家だな。友達の家にほとんど行ったことないから、鳳凰院の家に行っていいか?」

「……はい」

「学校が終わったら、鳳凰院の家に直接行っていいか?」

「……はい」

「それじゃあ、放課後に鳳凰院の教室に行くな。すまん。今日は桃子が部活にくる日だから、鳳凰院と遊べない」

「それってマネジャーにいい所を見せたいから休めないってこと?」

「そんなわけないだろ。桃子がくるからいつも気分でくる男子が全員集まるから、部長として俺が休むことができないだけだ」


 隣から安心したような深い溜息が聞こえてくる。


「遊ぶのはまた今度にしてもらっていいか?」

「鳳凰院の家は誰もいなくて、鳳凰院は1人で留守しないといけないけど怖いんだって。友達を誘ってもみんな用事があるって言われて、鳳凰院が頼れるのは角刈り男子しかいない。どうにか部活休むことできない?」


 鳳凰院が「分かりました」と言う前に、先手を打った。


 凄く鳳凰院が睨んできているけど無視。


「見た目は大人っぽいのに子どもみたいな可愛い所があるんだな」

「……岩波さんに……可愛いって……言われました」


 鳳凰院は両手で自分の顔を隠しながら、早足で部屋から出て行った。

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