168話目 眼鏡女子とデート?

 檸檬さんとの勝負に負けて、恋とデートをすることになった。


 デートと言われても、何をしたらいいか分からない。


 恋と話し合って映画を見ることにした。


 美容院を出て、隣町のモールの中の映画館に向かった。


 映画館に着いてチケットを買おうとしていると、恋に上着の裾を摑まれる。


「お姉ちゃんから前売り券もらったからこれを見よう」


 服から手を離した恋は財布から映画のチケットを取り出して見せてくる。


 海外のヒーローもので、タイトルの最後に6と書かれている。


 このシリーズを1つも見たことがないけどまあいいだろう。


「いいよ。映画代払うよ」

「払わなくて大丈夫だよ。お姉ちゃんが知り合いの人からもらったものだから」

「分かった。飲みものとポップコーンを買う?」

「うん。買う。ポップコーンは1番小さいサイズをお姉ちゃんといつも分け合ってる」

「飲みものは何がいい?」

「紅茶で」

「分かった。すぐに買ってくるからここで待っていて」


 映画館の売店で紅茶2つとポップコーンのSサイズを買って恋の所に戻る。


 恋が何か持ちたいと言ったから、ポップコーンを渡して映画館の中に入る。


 チケット見ながら席を探していると真中の最後尾に辿り着いた。


 椅子ではなくて、靴を脱いで座るマットに背もたれがある席だった。


 両端についているドリンクホルダー紅茶を置いて座る。


 恋はおずおずと僕の隣に座る。


 1人で座るなら広いけど、2人だと少しだけ狭いから身じろぎをすると恋と肩がぶつかる。


 恋はその度に体を震わせていて、持っていたポップコーンをばら撒きそうだから僕が受け取った。


 映画が終わっても、顔を真っ赤にした恋は立とうとしない。


 激しいキスやベッドシーンがあったから、恥ずかしがっているのだろう。


 変に話しかけて刺激しない方がいいな。


 数分待つと、恋は立ち上がり歩き出した。


 僕達は1言も喋らずに駅に着き、ベンチに座る。


「……映画面白かった?」


 視線を前に向けたまま恋が聞いてきた。


「主人公と最後の敵との戦いのシーン格好よかった」

「……格好よかったね。えっと……主人公の男の子がビームで敵を倒しているのが迫力あったよ」

「そんなシーンなかったよ」

「そうだよね。違うよね。刀で倒したんだよね」

「それもなかったよ」

「ごめんね。きちんと見てる所もあるから少し待って。……えっと、あれだよね。濃厚なキスシーンが凄かった」


 恋は慌てるように立ち上がる。


「違うよ! キスシーンやベッドシーンのことが頭に残って、他の映画の内容が頭に入ってないなんてことないよ!」


 大声を出したから、周りにいた全員が僕達の方を見る。


「あそこのカップルすごい初々しいね。私達も初めて付き合った時はあんな感じだったね」

「そうだな。懐かしいな」


 近くにいた腕を組んでいるカップルの声が聞こえてきた。


「あたし飲みものを買ってくるね」


 恋は逃げるように自動販売機の所に向かって走って行く。


 数分後、飲みものを手に持ってない恋は僕の前に立って真顔で見てくる。


「百合中君は卒業してからの進路とか決めているかな? さっき見た映画で主人公が進路で悩んでいるのを見て気にふと気になって」

「特に決めてないよ。恋さんは何かしたいことあるの?」

「美容師になりたいかな。お姉ちゃんに助けられることが多いから、美容師になって店を手伝いたい恩を返したい」

「恋さんは凄いね」

「そう言ってくれると嬉しいな」


 はにかむように恋は笑った。


「百合中君は美容師にならないの?」

「檸檬さんの所で新しいことを教えてもらうのは凄く楽しいけど、美容師になりたいとは思わないな」

「……そっか」


 残念そうな表情を浮かべる恋を見ながら、僕が何をしたいか考える。


 幼馴染達とずっと一緒にいれたら、仕事なんて何でもいいな。


 それ以外、浮かんでこない。


 ……檸檬さんが愛をツインテールにして可愛くしている所を思い出す。


 あの時、僕だったら、愛、純にどんな髪型をするかを考え、実際にしてみたいと思った。


 今の僕では知識がないからできない。


「……やっぱり美容師になりたいかも」


 自然と口からその言葉が出ていた。


「いいと思うよ! すごくいいと思う! 一緒に頑張ろう!」


 恋は快活な笑顔を浮かべながら言った後、真顔になる。


「……美容師を目指す第1歩としてあたしの髪を結ぶのはどうですか?」

 ポケットからゴムを出しておずおずと差し出してくる。

「いいよ」


 ゴムを受け取る。


 愛は僕に背を向けた。


「髪型は何にする?」

「……ツインテールでお願いします」


 髪を触ると、「あっ」と甲高い声を出した恋は自分の口を塞ぐ。


 檸檬さんがしていたのを思い出しながらやってみる。


 上手く髪がまとまらずぼさぼさの束になった。


「もう1回やっていい?」

「……このままでいいです」

「次はもっと恋を可愛くできるから、もう1度やらせてほしい」

「…………嬉しいですけど、心臓が持たないので……ごめんなさい」


 消え入る声で恋はそう呟いた。


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