166話目 幼馴染達と美容院の手伝い①

 土曜日。


 ……檸檬さんが経営している美容院で手伝い。


 幼馴染達と過ごしたいけど、約束をしたから行くしかないな。


 重い足取りで玄関に向かい靴を履く。


 ドアが開く。


「こうちゃん! 遊ぼう!」


 愛が抱き着いてきた。


「こうちゃん、どこかに出かけるの?」


 何して遊ぶ? と反射的に答えようとしていると、愛はそう聞いてくる。


「らぶも行く! れんちゃんのお姉さんの美容院に行く!」


 事情を話すと、愛は満面の笑顔で言った。


 そのことを恋にランイをする。


 すぐ愛も連れて行っていいと返事がきた。


「恋さんがらぶちゃんもきていいって」

「やったー! そうだ! じゅんちゃんも一緒がいいよ!」

「じゅんちゃんが起きていたら誘おうか?」

「やったー! 今すぐじゅんちゃんの家に行こう!」


 純の部屋に行くと、愛は勢いよく純の背中に飛び込み、純は目を開けた。


「じゅんちゃん! 美容院行くよ!」


 愛は純の手を摑み引っ張る。


 いきなりのことに混乱している純に説明する。


「私も行く」

「らぶちゃんと下で待っているね」

「おう」


 純の準備が整い、3人で外に出た。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 早く早く!」

「らぶちゃん、前向いて歩かないとこけるよ」


 大きな瞳を更に開いて、後ろにいる僕達に手を振りながら歩いている愛を注意する。


 愛は「分かった!」と言って、顔を前に向けた。


 ツリ目が閉じかけている純はふらふらと歩いているので手を握る。


 朝は少し寒い。


 純の温もりがいつも以上に心地よく感じる。


 目的地の檸檬さんが経営している美容院に到着した。


「こうちゃん! 入っていい?」

「いいよ」


 愛はドアを勢いよく開けて、掃除をしていた恋に抱き着く。


「れんちゃん! おはよう!」

「らぶちゃん、くすぐったいよ」


 恋の胸に愛が頬擦りをしている姿を見ながら、眠たそうにしている純を椅子の所まで連れていく。


 椅子に座った純は腕を組んで眠り始めた。


 再び愛と恋に視線を向ける。


 恋の髪を弄っている檸檬さんがいた。


 檸檬さんは数秒で恋と愛の髪型をツインテールにした。


「姉妹みたいでカワエエ!」


 緩みきった顔で檸檬さんは2人をスマホで撮影し始めた。


 愛のツインテール姿を見るのは初めてで新鮮さを感じるな。


 僕だったら、愛、純にどんな髪型をするか頭の中で考える。


 ……浮かばずに、歯がゆさを感じる。


「そんな難しそうな顔をして、どうしたの?」


 スマホをこちらに向けながら檸檬さんが聞いてきた。


 考えていることを話す。


「その気持ち分かるよ。私も子どもの頃に恋の髪型を弄りたかったけど、どうしたらいいか分からずにむずむずしていたから」


 何度も頷きながら檸檬さん。


「ここで手伝いしていたら、知識と技術が身についてその歯がゆさも薄れていくと思うよ」


 美容師としての檸檬さんの凄さを知っているから説得力がある。


「ありがとうございます。後、急に幼馴染を連れてきてごめんなさい」

「恋から聞いているから、気にしなくていいよ。それに、私も愛ちゃん、純ちゃんに会ってみたかったから」


 愛が僕達の所にきて、檸檬さんのスカートを軽く引っ張る。


「らぶも美容師みたいに、鋏使いたい!」

「ここまで純粋な瞳を見たことがない。いいよ」


 檸檬さんが机の上にのせていたシザーケースを触ろうとして、恋が先にとる。


「仕事道具を気軽に渡したら駄目だよ」

「恋の言う通りだね。昔練習用で使っていた鋏があるからとってくるね」


 檸檬さんは部屋から出て行く。


 少しして、中年の女性が店に入ってきた。


 愛はその女性の前まで行く。


「いらっしゃいませ! 今日はどうしますか?」


 女性は僕と恋を交互に見てにやにやする。


「いつの間に恋ちゃんに旦那と子どもができたの。おばさん聞いてないわよ」


 愛の頭を撫でながら更ににやける女性。


「できていません! らぶちゃんも百合中君もあたしの友達です!」


 恋は眼鏡が飛ぶ勢いで頭を左右に振っている。


「らぶはお姉さんだから頭を撫でたら駄目だよ!」

「ごめんなさいね。席に案内してもらっていいかしら?」

「いいよ! こっちにきて!」


 愛は客の手を摑み席に案内して、2人は楽しそうに雑談を始めた。


 雑誌を客の前に置き、飲み物の注文を聞いた。


 ホットの紅茶を作って客に持って行った。


 客は紅茶を1口飲んでから、恋の方に向かって手招きをする。


「どうかしました?」

「恋ちゃん、いい彼氏ができてよかったわね」

「……」


 恋は黙って僕の方を一瞥。


 僕が何かを言うのを待っているような気がして、否定せずに苦笑いをしてお茶を濁した。

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