165話目 汚部屋

 授業が終わってすぐに教室を出る。


 角刈り男子のクラスの前で、鳳凰院が胸に手を当てて立っていた。


 僕がいなくてもどうにかなりそうだな。


 帰ろうとしていると、鳳凰院が立ち塞がる。


「近くでいてほしいですの」

「百合中と鳳凰院が2人だけいるのは珍しいな」


 教室から出てきた角刈り男子が話しかけてきた。


「……」

「たまたま会っただけだよ。鳳凰院が君に用事があるんだって。僕は帰るね」


 去ろうとする僕の上着を摑む鳳凰院。


「何か俺に用事か?」

「……」

「ないなら、俺は行くぞ」

「……この後暇ですの?」

「すまん。声が小さ過ぎて聞こえなかった。今何て言ったんだ?」

「…………」

「鳳凰院はこの後暇かと聞いたんだよ。鳳凰院さんは君と遊びたいんだって」


 今にも泣きそうな鳳凰院の気持ちを代弁する。


「他の部員は用事があって、1人で自主練をするつもりだったから行ってやってもいいよ。ここにいる3人で遊ぶのか?」

「僕は帰るよ。僕の服から手を離してもらっていい?」


 未だに僕の上着を摑んでいる鳳凰院にそう言うと、握っている力を強める。


「……3人で遊びたいですの」

「俺はそれでもいいよ」


 そこは2人で遊びたいって言えよ!


 空気を読め、角刈り男子!



★★★



 角刈り男子の部屋に入ってすぐに、「汚い」と自然と言葉が漏れた。


 飲み終わったペットボトルや脱ぎ捨てられた服が乱雑に置かれている。


 うわぁ~、テレビの上に黒ずんだ靴下がのっていてドン引き。


 遊ぶ場所が浮かばなかったから、角刈り男子の提案でここにきたけど早くも後悔している。


「どうやったらここまで部屋を汚くできるの?」

「男子の部屋はみんなこんなもんだろ」

「お前と一緒にするな! 僕の部屋はもっと綺麗だよ! ……気持ち悪くなってきて、僕帰るわ」


 男特有の汗の臭いが部屋中からしてきて吐きそう。


 撤退しようとしたけど、鳳凰院がドアの前で立ち塞がる。


「どこにいくんですの?」

「帰る! これ以上、汚部屋にいられない!」

「絶対に通さないですわ」


 限界が近づいてきて、気を抜いたら吐きそう。


「早く! どいて!」

「帰らないって約束してくれるならそうしますわ」

「分かったから! もう、やばい!」


 強い口調で言うと、鳳凰院は横にずれる。


 走ってトイレに向かった。


 トイレから出ると鳳凰院がいて、再び汚部屋に連行される。


「部屋を掃除するよ」


 角刈り男子の部屋に入ってすぐに角刈り男子に言った。


 このままここにいるのは拷問だから掃除するしかない。


「面倒くさいからしなくていい」

「僕の命に関わることだからしてもらうよ」

「怖いからそんな目で俺を見るな!」

「するよね?」

「分かった。するから、その目をやめてくれ!」


 円滑に掃除が終わるように指示を出す。


 鳳凰院にはペットボトルをゴミ袋に集めるように、角刈り男子には衣服を集めて洗濯機に持って行くように言った。


 その間僕は掃除をかけてから、部屋中に消臭スプレーをぶっかけた。


 数分で見違えるほど綺麗になった。


「俺の部屋ってこんなに広かったんだな。掃除手伝ってくれてありがとう」

「そんな感想とお礼入れないから何して遊ぶ」

「言い方が腹立つけど、百合中のおかげで綺麗になったから今日は許してやる。ゲームでもどうだ?」


 角刈り男子はテレビ台の収納スペースからゲームのカセットを2つ取り出して、僕達に見せてくる。


「鳳凰院さんはどっちがしたい?」

「こっちがいいですわ」


 格闘ゲームの方を指差すと、テンションを上げた角刈り男子が鳳凰院の目前に行く。


「鳳凰院はゲームするのか?」


 鳳凰院は小さく首を左右に振る。


「教えてやるから、一緒にやろう」


 テレビから少し離れた所に座った角刈り男子はコントローラーを鳳凰院の方に差し出す。


 おずおずと角刈り男子の隣に座った鳳凰院は震えた手で受け取った。


 入口付近で座って、2人のことを観察する。


 どうすれば、鳳凰院の恋が実るのだろうか?


「攻撃だけじゃなくて防御もしたほうがいい」

「……」

「ここを押せ」


 角刈り男子は自分のコントローラーを鳳凰院の方に向けてボタンを押す。


「俺が攻撃するから、そのボタンを押したままでいろ」

「……」

「上手くできてる。次はもっとすごいことを教えてやる。俺のコントローラーをよく見ていろよ」

「……」

「違う、この順番に早く押す」

「……」

「しょうがねえな」


 角刈り男子がコントローラーを床に置いて立ち上がる。


「こうやってするんだ」


 鳳凰院の後ろで中腰になって、鳳凰院が持っているコントローラーに手を伸ばす角刈り男子。


「俺の手の動きを見ろよ。こうやって、こうやれば初心者でも少し練習すればできるコンボができるんだ」

「……」

「見ているか?」


 コクコクと何度も頷く鳳凰院に角刈り男子は手取り足取り教えている。


 鳳凰院の頭から湯気が出ているけど、どこか幸せそうな顔をしているから大丈夫だろう。


「よし、これで俺と少しはいい勝負ができる」


 立ち上がろうした角刈り男子が後ろに倒れていく。


 鳳凰院は手を伸ばして角刈り男子肩を摑む。


 支えることはできずに一緒にベッドの上に。


 勢いよく倒れたから、薄い毛布が捲れる。


「大丈夫か?」


 角刈り男子のそう話しかけると、鳳凰院は頷いてベッドに手をつけた所に男子のパンツがあった。


「キャ――――――――――⁉」


 叫び声を上げながら鳳凰院は部屋を出て行った。


 追いかけると、角刈り男子の家を少し出た所で蹲っている。


「……いきなり奇声を上げるなんて、絶対に変な人だと思われましたわ」

「あれは角刈り男子が悪いから気にしなくていいよ」

「そんなことないですわ。わたくしが悪いですわ。絶対に岩波さんに嫌われましたわ。岩波さんに嫌われたら生きて……いけない……ですの……」


 膝をついて号泣する鳳凰院。


「今から角刈り男子に鳳凰院のことをどう思っているか聞いてくるから、僕が戻ってくるまでここにいて」

「……分かりました」


 涙を拭いながら鳳凰院は返事した。


 部屋に入ると、自分の下着を凝視しながら唸っている角刈り男子がいて今すぐここから去りたい。


「鳳凰院はどうして悲鳴を上げて部屋を出て行ったんだ? 俺の下着を見て叫んでいた気がしたけど、それが関係しているのか?」


 苛ついて喧嘩を売りたくなる……何も解決しないから我慢。


 角刈り男子でも分かる説明を考えて口に出す。


「お前が鳳凰院さんの家に遊びに行って、ベッドの上に鳳凰院さんパンツが落ちていたらどうする?」

「……どうするって、どうしたらいいのか分からん」

「どうしたらいいのか分からないのは恥ずかしいからだよね?」

「……そうだな」

「鳳凰院もそれと一緒だよ。角刈り男子の下着を見て恥ずかしくなったから、叫んで出て行ったんだよ」


 角刈り男子は手にしていた下着を近くの引き出しに入れて、早足で部屋を出ていく。


 窓から外の様子を見る。


 角刈り男子は深々と頭を下げて、鳳凰院が何度も頷いていた。


 仲直りできたみたいだな。

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