164話目 あなたは鬼ですの⁉

 登校して1分も経たない内に、愛は僕の方に向かって倒れてくる。


 気持ちよさそうに寝息を立てているけど、念のために額に手を当てて熱を測る。


 熱くないから大丈夫。


 愛をおんぶして登校を再開。


 朝から愛の重みの温もりを感じられて幸せだな。


 学校近くで角刈り男子の背中に手を伸ばそうとしている鳳凰院がいた。


 もう少しで触れそうな所で、角刈り男子の体が前に引き寄せられる。


「おはようございます。強先輩。今日もいい天気ですね」

「おはよう。柿木」


 鳳凰院は早足で近くの電柱に隠れる。


「また、名字でわたしのことを呼びましたね。名前で呼んでください」

「……桃子」

「先輩に名前を呼んでもらえて嬉しいです」


 柔道部のマネージャーは笑みを浮かべて、握っている角刈り男子の手を揺らす。


「桃子はなんで俺の手を握っているんだ?」

「握りたかったからです。駄目ですか?」

「恥ずかしいから離してくれ」

「離したくないですけど、強先輩が言うなら離します」


 物悲しそうな表情をしてゆっくりと柔道部のマネージャは角刈り男子の手を離す。


「先輩苦手な食べものはありますか?」

「何でも食べる」

「よかったらわたしが作った弁当食べてもらっていいですか?」


 青色のランチ袋を角刈り男子の前に差し出す柔道部のマネージャー。


「……ありがとう」


 後輩から弁当をもらってはにかむ角刈り男子が気持ち悪。


 そんな角刈り男子を苦痛な表情で鳳凰院は見ている。


「強先輩さえよければ毎日作ってきますよ」

「さすがにそれは桃子の手間になるだろ」

「全然ならないです! むしろ、強先輩のことを考えて弁当を作るのは楽しいです!」

「じゃあ、頼むわ。してもらうだけでは悪いから、何かしてほしいことはないか?」

「何でもいいんですか⁉」


 柔道部のマネージャーが爪先立ちをして、角刈り男子に顔を近づける。


「……おう。俺にできることだったら、何でもやってやる」

「腕に抱き着いていいですか?」


 角刈り男子は柔道部のマネージャーの胸を見て喉を鳴らしてキモ、本当に気持ち悪い……気持ち悪過ぎて、吐き気がしてきた。


「……別にいいけど」

「ありがとうございます」


 2人が密着しようとしている時に、純が2人の間を通っていく。


 純を追って校門を抜けようとしていると、角刈り男子に肩を摑まれる。


「いつから矢追たんはここにいた?」

「気持ち悪いから、手を離して」

「俺の質問に答えるまで、絶対に離さない」

「柿木さんに挨拶されてお前がニヤニヤしている所からいたよ」

「違うんだ! 俺は矢追たんさえいればいいんだ!」


 角刈り男子は柔道部のマネージャーに弁当を返して、叫びながら学校の方に走って行く。


「鳳凰院を助けてほしい」


 靴箱で棒立ちして校門の方を見ている純にそう言われた。


「まかせて」


 力強く返事して、純に愛を渡してから鳳凰院の所に向かう。


「鳳凰院さん」

「……」

「鳳凰院さん!」


 大声を出すと、呆然としていた鳳凰院が体をビクッと震わせる。


「ど、ど、どしましたの?」


 目を丸くしながら鳳凰院は聞いてくる。


「柿木に先を越される前に告白した方がいいよ」

「好きじゃないですわ‼ だから、告白もしませんわ‼」


 顔を真っ赤にして叫ばれても説得力がない。


「鳳凰院が角刈り男子のことを好きなら、2人が恋人になれるように協力するけどどうする?」

「…………お願いしますわ」


 長い沈黙の後に鳳凰院は頭を下げながらそう言った。


 それから、角刈り男子との距離の詰め方を鳳凰院と話し合った。



★★★



 昼休み、弁当を持って教室を出ると、鳳凰院が近づいてくる。


「百合中さん、一緒にお昼を食べませんの?」

「いいよ! 麗華も一緒に屋上に行こう!」

「百合中さんと2人で食べたいですわ」

「みんなで食べた方が楽しいよ!」

「……」


 愛に無邪気な笑顔を向けられて黙る鳳凰院。


 純は鳳凰院の方を一瞥してから愛に言う。


「らぶちゃん、2人で食べない?」

「みんなで食べたいよ!」

「どうしてもらぶちゃんと2人で食べたい」

「じゅんちゃんがそこまで言うならいいよ!」


 愛と純を見送った後、鳳凰院について行く。


 3階の空き教室に入るように言われたので従う。


 後から入ってきた鳳凰院は鍵をかけて、近くにある椅子に座ったから隣に座る。


 数分経っても黙ったままだから話しかける。


「角刈り男子と一緒に弁当を食べないの?」

「……岩波さんの教室に行って誘おうとしましたが、緊張して無理でしたわ。どうやったら誘えますの?」

「普通に誘えばいいと思うよ」

「その普通が分からないですわ‼ ……怒ってごめんなさいの」

「弁当を作って渡して、その流れで一緒に食べたら」

「お菓子作りは嗜む程度にはできますけど、料理はほとんど作ったことがないので自信がないですわ」

「僕が料理教えようか?」

「弁当を作れるようになっても、渡せる自信がないですわ。昨日から岩波さんが……好きって分かってから、顔を見るだけ……胸が痛くなって立っているのも困難ですの」


 鳳凰院は胸に両手を当てて、頬を朱色にする。


「鳳凰院は角刈り男子と付き合いたいんだよね?」

「…………はい」

「なら、気持ちを伝えた方がいいよ」

「…………そうですわね」

「今から告白しに行こう」

「無理ですわ⁉」


 立ち上がった鳳凰院は耳を劈くような声で叫ぶからうるさい。


「……今すぐは無理ですの……少しずつ段階を踏んでいきたいですわ」


 ゆっくりと椅子に座り直す鳳凰院。


「段階を踏むって具体的には何をするの?」

「この動悸がなくなるまで遠くから岩波さんを見て、慣れてきたら挨拶をするようにするのはどうですの?」

「時間がかかり過ぎるから、今日の放課後角刈り男子を遊びに誘って」

「無理ですわ‼」


 そう言って、逃げようとする鳳凰院の手を摑む。


「言わなかったら、角刈り男子のクラスで鳳凰院が角刈り男子のことが好きだと叫ぶよ」

「あなたは鬼ですの⁉ ……でも、それぐらいしないと、わたくしの気持ちを伝えることはできないですの。背中を押してくれてありがとうございます」

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