161話目 双子参上

 目を覚ますと部屋が明るい。


 最近、日が昇る前に起きていたから珍しいな。


 枕元にあるスマホで時間を見る。


 9時を過ぎていた。


 毛布を捲ると、隣で今を時めくアイドルのスバルが寝ていた。


 東京にいるはずのスバルがどうしてここにいる?


「おはようございます。百合中君」


 スバルが起き上がりながらそう言った。


「スバルはどうして僕の家にいるの?」

「わたしは昴じゃなくて剣です。よく見てください」


 スバルの顔をよく見る。


 小顔、垂れ目、大きな瞳、髪型はセミロング、前髪はセンター分け。


 剣とスバルは双子で見た目がそっくり。


 でも、雰囲気で目の前にいるのがスバルだと分かる。


「スバルだよね?」

「違いますよ! わたしは剣です!」


 スバルとのやりとりが面倒になってきたから、話を合わせよう。


「分かった。僕の目の前にいるのは剣だね」

「分かってくれて嬉しいです。でも、疑われて傷ついたので、『剣好きだよ』って言ってほしいです」


 断っても、スバルはしつこくお願いしてくるだろう。


 言った方が早いな。


「剣が」

「百合中君に迷惑をかけたら駄目ですよ」


 好きと口にしようとしていると、本物の剣が部屋の中に入ってきた。


 並んで座る剣とスバルを見て、やっぱり2人の雰囲気は違うなと思う。


「分かったよ、姉さん。後は若い2人で楽しんでね」


 何がしたかったのか分からないスバルは部屋から出て行った。


「昴が迷惑をかけてごめんなさい。百合中君、久しぶりです」

「そうだね。最後に会ったのって、剣の卒業式以来だよね」

「そうですね……早く百合中君の家にきたかったんですけど、仕事というかバイトが忙しかったので中々帰ってくることができませんでした。百合中君の方はどうですか?」

「ほとんど変わらないよ。家庭科部をやめたから、放課後が暇になったぐらいだよ」

「少し前なのに、家庭科部したことが凄く昔のように感じます」

「そうだね。でも、剣と楽しく料理や買いものをしたことは覚えているよ」

「……ありがとうございます」


 お礼を言った剣はすぐに俯く。


 愛はスバルのことをアイドルとして好き。


 スバルのアイドル活動のことを聞く。


 剣は勢いよく顔を上げる。


「今までは既製品の中から衣装を選んでいたんですけど、来週の歌番組に初めてわたしが作った衣装を着て出ます。試着した昴の姿が可愛くてもニヤニヤが止まりませんでした」


 早口で話し始めた。


 剣が満足するまで聞いた。


 廊下に出ると、母の部屋のドアが開いていた。


 部屋の中を覗く。


 ベッドの上に仰向けて転がって、はぁはぁ言いながら枕を嗅いでいるスバルがいた。


「昴、他人の家の枕を嗅いだら駄目です」

「なら早く幸ちゃんと結婚してよ。そうすれば社長が親戚になるから、他人じゃなくなって堂々と社長の枕を嗅げる」


 剣はスバルの所に行き無言で枕を奪って、その枕で昴を叩き始めた。




「ただいま、こうちゃん。元気にしていた?」

「おかえり」


 リビングに入ると、母がそう言いながら抱き着いてこようとした。


 挨拶をしながら頭を摑んで阻止する。


 ソファの前の机には空になっているビールや酎ハイの缶がある。


 母は酔っぱらっているな。


「久しぶりに会ったんだからハグさせてよ」

「僕は子どもじゃないんだから断るよ」

「母親のわたしからしたら、こうちゃんはいつまでも子どもよ」

「そういうのはいいから」

「こうちゃんが冷たい。いいもんいいもん。こうちゃんが抱き着かせてくれないなら、剣さんに抱き着くから!」


 母は剣に抱き着いてから言った。


「……恥ずかしいです」


 剣が顔を赤くする。


 母はニヤニヤと笑顔を浮かべる。


「この照れ顔何度見てもいいわね! お義母さんって呼んでみてよ、剣さん!」

「…………お義母さん」

「顔を真っ赤にして本当に可愛いわ! 剣さん、わたしの家に養子にこない。こうちゃんと結婚するでもいいけど」

「け、け、け、け、け、け、け」


 項垂れながら小刻みに震える剣に頬擦りをする母。


 母のことは嫌いではないけど、悪酔いをした時の母は本当に面倒で嫌い。


「……ボクが社長の娘になるのは駄目ですか?」


 やってきたスバルはもじもじしながら上目遣いで、母のことを見る。


「昴さんは生意気な所が多いから、剣さんの方がいいわ」

「……生意気じゃなくて、素直になったら……ボクのことを社長の娘にしてくれますか?」


 母の手にそっと触れるスバル。


「素直な昴さんなんて気持ち悪いから、いつも通りの生意気な昴さんでいいわよ」

「……だったら、どうやればボクは社長と家族になれますか?」


 母はニヤニヤした顔のままスバルに抱き着く。


「意地悪言ってごめんね。わたしはとっくに昴さんのことを家族だと思っているわよ」

「……本当ですか?」

「ええ、本当よ。誰よりも仕事量があるのに、練習量は人の2倍以上はしている。そんな、昴さんのことをいつも自慢の娘だと思っているわ」

「……嬉しいです」


 スバルは恋する乙女のようにキラキラとした瞳で母のことを見る。


「今日の昴すっごく可愛いわ。思わず、キスをしてしまいたいほどに」

「…………」

「恥ずかしくて固まっているの? 可愛いわね」

「……社長、買ったお酒がもうないみたいですね。ボクが急いで買ってきますね」


 昴は早口でそう言って、逃げるに部屋を出ていく。


 未成年にお酒が買えないから母に追いかけるように言うと、ゆっくりと昴の後を追っていく。


「昴が迷惑をかけてごめんなさい」


 母が出ていってすぐに頭を下げる剣。


 檸檬さんのために頭を下げる恋のことを思い出した。


 どこの姉妹も一緒だな。


「……久しぶりに、百合中君と一緒に料理を作りたいです」

「いいよ。何か作りたいものはある?」

「可愛いものがいいです!」


 剣の即答に懐かしさを感じて笑ってしまう。


「家にあるもので作るとしたらホットケーキかな」

「ホットケーキ作りたいです!」

「いいよ。可愛くするためにうさぎの形にしようか?」

「はい! それがいいです!」


 剣とキッチンに行き、一緒にホットケーキを作る。


 数分でホットケーキが完成。


 僕は食べ始めるけど、隣に座っている剣はホットケーキを凝視したまま動かない。


「可愛いから食べられない?」

「よく分かりましたね」

「分かるよ。部活の時に可愛く料理を作ると、今と同じようになるから」

「そうですね。高校に通っていた頃が懐かしいです」


 遠い目をして窓の外見る剣。


「剣は前より料理の腕が上がっているね」

「そう言ってくれると嬉しいです。毎日、料理を作っているおかげだと思います」

「学校と仕事を両立しながら料理を作るなんて剣は凄いね」


 なんとなく頭を撫でると、剣は顔を赤くして俯く。


「……ありがとうございます。……百合中君に褒められるとやる気がでます」


 剣は顔を少し上げて、はにかみながら少し笑った。


 意地悪したい気持ちになる。


 その気持ちに従い、母と昴が帰ってくるまで剣の頭を撫で続けた。

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