157話目 汚い手で触らないで

 登校して校門が見えてくると、「柔道部に入らないか?」と暑苦しい男子の声が聞こえてきた。


 校門の近くで体格のいい男子5人が、周りにいる男子に話しかけている。


 勧誘された男子は入らないと答えたり、首を横に振ったりしている。


 関わりたくない。


 通り過ぎようとすると、髪型が角刈りの男子が僕の肩を摑む。


「お前、柔道部に入らないか?」

「……」


 手を払う。


 再び肩を摑まれそうになったから避ける。


「無視するな! 避けるな!」

「汗臭い手で僕に触らないで」

「汗臭くない! きちんと制汗スプレーしてる!」


 怒鳴りながら睨みつけてきた。


「おはよう! なにしているの?」


 僕の後ろにいる愛は無邪気な笑顔を角刈り男子に向ける。


「今いる柔道部全員が3年だから、今年誰も入らなかったら来年には柔道部が誰もいなくなる。それは寂しいから、部活勧誘をしているんだ」


 表情を緩める角刈り男子。


「らぶも手伝うよ! たくさんの人に柔道部入るようにお願いするよ!」

「矢尾たんが手伝ってくれるなら心強いぞ。なあ、みんな」

「「「「矢追たん、マジ天使!」」」」


 角刈り男子の言葉に、柔道部達は大きく声で返事した。


 愛は近くにいた男子の所に走って行く。


「柔道部に入ろう!」

「矢追さんが一緒に遊んでくれたらいいよ」

「いいよ! 何して遊ぶ!」

「ちょっとこっちにきて」


 愛の手を男子が握ろうとした。


 急いで愛の所に向かう。


 僕より先に角刈り男子達が男子の所に行き囲む。


「俺達の矢追たんに気安く触ろうとするな!」

「「「「そうだ、そうだ!」」」」

「ごめんなさい」


 角刈り男子達に威圧された男子は転びそうになりながら逃げる。


 その光景を見ていた周りの生徒達は角刈り男子達に顔を背けて、学校に早足で向かっている。


 愛が手伝うなら嫌々だけど、柔道部の勧誘を手伝うことにした。


 周りに生徒がいない。


「お前が入るのはどうしても駄目か?」

「絶対に嫌」


 生徒が通るのを待っていると、角刈り男子がまた勧誘してきたからすぐに断る。


「勝負して俺が勝ったら入部しろ」

「そんな一方的な勝負受けるわけ」

「いいよ! 何の勝負する!」


 愛が僕と角刈り男子の顔を交互に見て言った。


「矢追たんも勝負するのか?」

「するよ!」

「矢追たんが参加するなら、危なくないのがいいな! ……腕立て勝負をするのはどうだ? 20回先にした方が勝ちってことで」

「いいよ! らぶはぜったいに負けないよ!」


 愛は地面に両手をつけて足を伸ばす。


「早く! 早く!」


 愛の隣で愛と同じ格好をする。


「じゅんちゃん! よーいどんって言って!」


 角刈り男子は急いで地面に手を付けて足を伸ばす。


「よーい、どん」


 純の声を合図に、僕達は腕立てを始める。


 20回ぐらいなら余裕でできるけど、普段体を鍛えている角刈り男子に勝てる気がしない。


 愛の前で勝負を受けたから、角刈り男子との約束を反故にすることができない。


 絶対にこの勝負に負けられない。


 必死に腕を動かす。


 どうにか20回腕立てを終え立ち上がって、角刈り男子の方を見る。


 角刈り男子は腕を伸ばした姿勢で、愛の方を見ていた。


 愛は顔を真っ赤にして頬を膨らませながら、プルプルと震えている。


 必死に倒れそうになるのを耐える愛が可愛過ぎる。


 愛に見惚れていると、僕が勝負に勝ったことを純が教えてくれた。


 勝負に勝ったけど、愛の可愛い所を見続けることができた角刈り男子が羨ましくて、負けた気になってしまう。


「勝負に負けたから百合中を柔道部に入れるのは諦める。代わりに昼休みも勧誘するから手伝ってくれ」


 角刈り男子は偉そうに言った。


 断りたい。


「いいよ! 手伝うよ!」


 愛がそう言うなら僕も手伝うしかない。



★★★



 昼休みに1年の教室に僕、純、愛、角刈り男子の4人できている。


 体格のいい柔道部全員でくると1年生が警戒するから、柔道部代表として角刈り男子が勧誘することになった。


 1年の男子は愛の所に、1年の女子は純の所に集まる。


 男子が愛に手を出さないか心配。


 純が愛の手を握って睨むと、男子達は2人から1歩後退る。


 愛のことは純に任せて、柔道部の勧誘をしよう。


 1年の男子に話しかけても、愛に夢中で無視される。


 男子の気持ちは理解できるから、苛立つことはないな。


 話を聞いてくれそうな人を探す。


 教室の中で椅子に座って本を読んでいる女子がいた。


 声をかけようとしてやめる。


 男子を勧誘しないといけないから。


 その女子は僕の方に向かって歩いてきて通り過ぎ、角刈り男子に話しかける。


「先輩は何をしているんですか?」

「柔道部に入ってくれるやつを探しているんだ」

「わたしが入るのは駄目ですか?」

「そう言ってくれるのはありがたいが、男子部員を探しているんだ」

「それなら、マネージャーはどうですか? 何でもしますからマネージャーをさせてください」


 迫る勢いで女子は角刈り男子に近づく。


「マネージャーは特に募集してないから」

「お願いします! マネージャーさせてください!」

「……分かった」


 角刈り男子は女子の熱意に負けて頷いた。


「ありがとうございます。わたしの名前は柿木桃子って言います。桃子って呼んでください」

「柿木ちゃん、よろしくな!」

「桃子って呼び捨てにしてください!」

「……分かった。桃子よろしく。俺の名前は岩波強だ」

「よろしくお願いします強先輩」

「……下の名前で呼ぶのも恥ずかしいけど、呼ばれるのも恥ずかしいな」


 照れている角刈り男子が気持ち悪い。


 ここから離れて勧誘できる男子を探した。


「筋肉しか能のない柔道部になんて絶対に入らないよ」


 しばらくして、僕の隣で柔道部のマネージャーが勧誘している男子が馬鹿にするように言った。


「筋肉のことを強先輩のことを馬鹿にしないで‼」


 廊下に柔道部のマネージャーの怒鳴り声が響いた。


 周りにいた全員が柔道部のマネージャーに注目する。


 角刈り男子がこっちに走ってきた。


 柔道部のマネージャーに事情を聞いてから、柔道部を馬鹿にした男子を睨みつけた。


 男子は角刈り男子から目を逸らして、近くの教室に入る。


「強先輩に迷惑がかかることをしてごめんなさい」

「気にしなくていい。俺のために怒ってくれてありがとう」


 深々と頭を下げる柔道部のマネージャーの頭を撫でる角刈り男子。


「俺と一緒に勧誘するか?」

「はい。強先輩と一緒にしたいです」


 2人は甘い空気を出しながら、近くにいる男子に話しかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る