6章 他人の恋愛なんて本当はどうでもいい

154話目 プロローグ バレンタイン

 登校中、周りの人達から熱い視線を向けられる。


 僕にではなく、両隣にいる幼馴染達に。


 右隣にいる愛は小学低学年ぐらいの身長、ぱっちりとした瞳、誰にでも分け隔てなく話しかけて人懐っこい。


 左隣にいる純は高校生の男子平均以上の身長、ツリ目、言葉数少なめだけど困っている人がいたらさりげなく助ける。


 愛は男子生徒に、純は女子生徒に注目されている。


 幼馴染達はモテるから、普段と変わらないように見える。


 でも、いつも以上に幼馴染達に向ける生徒の視線が、ギラギラしているような気がする。


 周りの生徒をよく観察。


 男子は愛の鞄を見ていて、女子は鞄に手を入れて純を見ていた。


 2つとも鞄に関係している。


 何か意味があるのか?


 考えても分からないから、考えるのをやめる。


 幼馴染達と雑談をしていると、いつの間にか学校に着く。


 靴箱で靴を履き替えていると、純の方からものが落ちる音がした。


 そっちを見ると、可愛くラッピングされた大量の箱が純の靴箱の中と床に落ちていた。


 純は床に落ちている箱を摑んで、匂ってから目を輝かせる。


 反応で箱の中に甘いものが入っていることが分かった。


 涎が出てきているから、純の口をハンカチで拭く。


 何で、純の靴箱に甘いものが入っている?


 そう言えば、1年前の高1のこの日にも、純の靴箱の中に大量のチョコが入っていた。


 2月14日って何かあるのか?


「……こうちゃん、らぶ、先に、教室、行くよ」


 覇気のない声を出した愛は今にも吐きそう。


 廊下に甘ったるい匂いが充満している。


 甘いものが苦手な愛には苦痛でしかない。


「教室まで1人で行ける?」

「……お姉さん、だから、1人で、行けるよ」


 階段をとぼとぼと歩く愛が心配だから、一緒についていく。


 愛が教室に入ってから、靴箱に戻る。


 純が箱を両手で持とうとするけど、量が多過ぎて落ちている。


 純のクラスまで半分運ぶのを手伝った。


 僕のクラスに戻る前に、愛のクラスを覗く。


 机の上に頭をのせて、ぐったりとしている愛。


「らぶちゃん大丈夫?」

「…………だいじょう、ぶだ、よ」


 愛はぷるぷると震えながら青ざめた顔で言った。


 全然大丈夫そうに見えない。


 この教室でも、チョコの受け渡しをしているから甘い匂いが充満している。


 甘い匂いがしない所に愛を避難させよう。


 愛を抱えて保健室に向かった。



★★★



「……少しお時間もらっていいですの?」


 保健室からの僕のクラスに向かっている途中、ツインテールで目力の強い女子こと鳳凰院が話しかけてきた。


「思い詰めたような顔をしてどうしたの?」

「わたくしそんな顔をしていますの?」

「うん。してるよ」

「……わたくしは今凄く悩んでいることがありますわ。……聞いてくれますの?」


 鳳凰院は純と友達だから蔑ろにはできないな。


「いいよ。何?」

「……今日はバレンタインですわね」


 だから純の靴箱の中にチョコが入っていたんだな。


「それがどうかした?」

「…………チョコの作り方を教えてほしいですの」

「僕より友達や家政婦に教えてもらった方がいいよ。料理は毎日してるけど、お菓子はたまにしか作らないから自信ないよ」

「好きな男子ができたのかと茶化されるから頼みたくないですわ!」

「何て言ったの?」

「好きな男子ができたのかと茶化されるから頼みたくないと言いましたわ!」


 さっきと変わらず早口。


 注意して聞いたから、鳳凰院が何て言ったか分かった。


「放課後に僕の家でチョコを作るのでいい?」

「それでは渡すのが間に合わなくなりますわ。もう少し早く作れないですの?」

「じゅんちゃんは僕の家にいるから、作ったらすぐに渡せるよ」

「……えっと」


 鳳凰院は僕から視線を逸らす。


「じゅんちゃんにチョコを作るんじゃないの?」

「作りますわ! 王子様にも作りますわ! でも、あれですわ! あれですの! …………。学校で王子様に渡したいので急いで作りたいですわ!」

「場所は調理実習室を借りることはできると思うから、材料があれば作れるよ」

「材料は揃えているので心配ありませんわ」

「それなら昼休みに調理実習室に集合でいい?」

「はい。大丈夫です。急なお願いなのにありがとうございます」


 深々とお辞儀をする鳳凰院。


 放課後。


 調理実習室に冷蔵庫で冷やして固めているチョコを取りに行く。


 冷蔵庫を開けると、鳳凰院の分はなくなっていた。


 鳳凰院は純にチョコを渡しに行ったな。


 僕が先に渡したい!


 走って純を探すけど、学校にいなかった。


 家に帰ると、ソファに座ってイヤホンで音楽を聴いている純がいた。


「昼休みに生チョコ作ったからあげるよ」

「ありがとう! こうちゃん!」


 勢いよく立ち上がった純は僕に抱き着く。


 いつもなら恥ずかしがって、純から抱きついてくれることはない。


 バレンタイン最高だな!


「こうちゃんのチョコ食べていい?」

「いいよ。鳳凰院さんと同じチョコになっているのはごめん。作り終えてから、違う味にすればよかったと気づいたよ」

「鳳凰院さんからチョコもらってない」


 鳳凰院は純にチョコを作ると言っていた。


 純に渡していないということは、鳳凰院が僕に嘘を吐いた?

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