153話目 エピローグ 垂れ目女子の卒業式

 朝の土曜日なのに、坂上高校にはたくさんの人がいた。


 制服を着ている生徒のほとんどが泣いていて、スーツを着ている大人たちはそれを優しい表情で見ている。


 来年には僕達が目の前にいる生徒みたいに、この学校を卒業する。


 もう少ししたら進路を決めないといけない。


 ……将来何をしたいか分からない。


 いや、愛と純の一緒にいられるのなら、大学でも就職でもどっちでもいい。


「らぶちゃんとじゅんちゃんは卒業したらどうするの?」


 愛は目を輝かせながら僕に抱き着く。


「らぶはね! らぶは! たくさんあるよ! 子どもと遊ぶのが大好きだから保育士になりたいでしょう! あとね、焼き肉屋になって毎日おいしいお肉を食べたい! あとね、あとね、漫画家にもなりたい! それとね! それと!」


 愛は僕と純の顔を交互に見てから満面な笑みを浮かべる。


「こうちゃんとじゅんちゃんとずっと一緒にいたい!」


 僕達と一緒にいるために愛が自分のしたいことを諦めるかもしれない。


 そう思ったから、嬉しいはずなのに、少しだけ不安になる。


「こうちゃんとらぶちゃんが近くにいてくれたら何でもいい」


 純の言葉に安心する。


 愛には協力できることがあったら手伝うよと、純にはいつまでもそばにいるよと言った。


「百合中君、矢追さん、小泉さん、卒業式にきてくれてありがとう」


 小走りで僕達の前まで剣がやってきた。


「剣卒業おめでとう! めでたいよ! うりうり!」


 僕から剣の所に飛び移った愛は剣のお腹に頭を擦りつける。


「矢追さん擽ったいですよ!」

「君は」

「百合中君今から少しいいですか?」


 純の言葉を剣が遮る。


 万死に値する行為だけど、剣のお腹にうりうりしている愛の顔が可愛いので許す。


「すぐに話は終わるのでこっちにきてください」


 愛をゆっくりと地面に下ろした剣は僕の手を握って歩き始めた。


 純が僕の手を触ろうとしていると、愛が純に抱き着く。


「じゅんちゃんはらぶと一緒に待っていようね!」

「……おう」


 校舎裏まで引っ張られた。


「百合中君のことが好きです。付き合ってください」

「スバルはなんで剣の振りをしているの?」

「……」


 僕と向き合っている剣ではなく、スバルは少し呆然とした顔をしてから顔を左右に振る。


「わたしは剣ですよ」

「剣は僕を校舎裏にまで連れてきて告白するなんて大胆なことはしないよ。それに、2年間も同じ部活をしてきたから、顔が一緒でも、喋り方を真似ても、雰囲気でなんとなく目の前にいるのが剣じゃないって分かるよ」

「ボク達のことを見分けられるってすごいですね。さすが、社長の息子です」

「らぶちゃんとじゅんちゃんの所に戻るね」

「待って」


 スバルに腕を掴まれる。


「幸ちゃんにすごく興味を持ったから、もう少しだけ話したい」

「らぶちゃんとじゅんちゃんが待っているからまた今度にして」

「幸ちゃんと結婚すれば、社長が義母になって今以上に甘えることが……ぐへへ」


 ゲスな笑みを浮かべたスバルは、僕の腕に胸を押しつけてくる。


「ボクと結婚を前提に付き合ってください」

「嫌だよ。僕は誰とも付き合う気がない」

「そこをなんとかお願い。幸ちゃんと結婚をすれば、社長のことをママって呼べるから!」

「そんなこと知らないから、僕から離れて」

「無理矢理キスをして既成事実を作るよ!」


 逃げようとしたけど、腕を強く握り締められているからできない。


 スバルの顔が近づいてきて、吐息が顔に当たり、あと少しで僕の唇にスバルの唇が。


「いたっー! いきなり何をする」


 悲鳴を上げながらスバルが後ろを振り返る。


 賞状筒を持った剣がいた。


「姉さんの前で、幸ちゃんにキスをするのも燃えるからするね」

「昴、やめなさい」


 剣は賞状筒でスバルを軽く叩いた。


「冗談だよ。ボクはこれから仕事があるから帰るね。後は姉さんに任せたよ」


 含みのある笑みを剣に向けたスバルは去って行く。


 剣は僕に視線を合わせようとして逸らす。


 顔を左右に大きく振ってからスーハーと深呼吸する剣。


「……今から調理実習室に一緒に行ってくれますか?」

「いいよ。行こうか」


 愛と純の所に今すぐ行きたい気持ちはある。


 でも、剣とは当分会えないから頷く。


 久しぶりに調理実習室に入り、僕達は自然といつもの席に座る。


「百合中君のおかげで、わたしは本当にしたことができます。感謝をしてもしきれないです」

「ほとんどは僕の母さんのおかげだけどね」

「そんなことないです。百合中君が行動してくれなかったら、百合中君のお母さんも動いてくれなかったです」


 2人で窓の外のまだ咲いていない桜の木を見る。


「どうして剣は高1の春に初対面の僕に話しかけたの?」


 ふと、疑問に思ったことを口にする。


「……」


 無言で目を逸らす剣に嗜虐心を刺激された。


 少し意地悪をしよう。


「感謝のお礼に、剣がどうして僕に話しかけてか聞きたいな」

「……矢追さんと小泉さんに見せる笑顔が誰よりも優しくて安心したからです」

「凄く嬉しい! らぶちゃんとじゅんちゃん以外に褒められて、心から嬉しいと思ったのは初めてだよ! ありがとう、剣!」


 テンションが上がり過ぎて、思わず剣の手を摑む。


「……好きだったのに、もっと百合中君のことを好きになります」

「何て言ったの?」

「何でもない……ことないです」


 僕が握っている剣の手が震える。


「わたしが自信を持てるようになったら、百合中君に聞いてほしいことがあります! いつになるか分からないですけど、その時がきたら聞いてくれますか?」

「いいよ。剣が話してくれるのを待っているよ」


 自然と言葉が出た。


 剣は泣きながら笑う。


 その表情が綺麗で見惚れてしまった。


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