152話目 大事な妹が嫌がることをしないでください!

 10時過ぎ、玄関のドアが開く。


 母と聞き覚えのある男性の声と聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。


 2階の階段近くに隠れて、下の様子を窺っている。


 隣で中腰になっている剣は体を震わせ始めた。


 それで、別人ように陽気に笑いながら母に話しかけている男性の声が、剣の父親だと分かった。


 そうなると、母じゃない女性の声は剣の母親の声だろう。


 少しだけ下を覗く。


 男性と女性の後姿と……赤のゴスロリに身を包み頭にはピンクのリボンをした……母。


 うわぁ……今回の作戦に必要なことだとしても、母のあんな姿見たくなかった。


「社長はいつも本当にお洒落をしていますけど、今日はいつも以上にお洒落ですね」

「私もそう思いますわ。こんないいものどこで買ったんですか?」

「今着ている服は売りものではなくて、知り合いのデザイナーに頼んで手作りをしてもらったの! 可愛いでしょう?」


 褒めちぎった剣の両親の前で、くるりと母親が回って丈の短いスカートの中身が……⁉


 ……気持ち悪い。


「百合中君、顔が真っ青ですよ。大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃないかもしれない」

「それは大変です。私にできることは何かありますか?」

「社長お久しぶりです。元気にしていましたか?」


 剣に少し経てば大丈夫と答えようとしていると、スバルの声が聞こえてきた。


「昨日あったでしょう?」

「そうでしたか? 気持ち的に久しぶりなので抱きしめていいですか?」

「久しぶりじゃないから駄目よ」

「社長のゴスロリ姿が可愛いので、抱きしめていいですか?」

「いいわよ! たくさん抱きしめて!」


 スバルが母を抱きしめる。


「本当にこの服可愛いですね! ボクも仕事やプライベートで着たいです! 父と母、この服欲しいです」

「俺もその服気に入っているから、いくらでも買ってやる」

「そうね。昴はアイドルだから、センスのいい服を着ないとね。その服を作ったデザイナーを紹介してもらうことはできますか?」

「いいわよ。話が終わったから教えるわ」


 ドアが閉まる音がした。


 僕と剣は足音がしないようにリビングのドアの前に行き、壁に耳を当てる。


「新人のマネージャーが2人いるから紹介するわ。矢追愛と小泉純。この2人にもわたしの好きなデザイナーの服を着てもらっているわ」


 愛と純の水色の淡いゴスロリを着ている姿を思い出してにやける。


 剣両親は2人の服装のこともべた褒めした。


「スバルのファンクラブのサイトに載せている写真を新しくするわ。衣装はわたしやマネージャーが今着ている服を作ったデザイナーに頼んでいいかしら?」

「はい。文句のつけ所がないです。これでもっとファンが増えてくれますよ」


 母の言葉に剣の父親はそう答えた。


 しばらくの間、母と剣両親が雑談をしていると、剣の母親が口にする。


「電話で言っていた、凄く重要なことを教えてもらっていいですか?」

「その前にわたし達の服を作ってくれたデザイナーに、会ってもらっていいかしら?」

「分かりました」

「デザイナーに連絡するから少し待ってね」


 母がそう言った瞬間、剣のスマホが2回震える。


 合図があった。


 剣はドアを握り震えたまま動こうとしない。


「……わたし、やっぱり、怖くて、父、母、に、本当の気持ち、を言えない、です……わたしは、どうすれば……いいですか?」


 小声で喋りながら懇願した目で剣は見てくる。


 剣の気持ちを剣両親にぶつければいいと言っても、怖気づいている剣には難しいというかできないだろう。


 いくら考えても、剣を勇気づける言葉が出てこない。


 ……言葉ではないものが頭に浮かぶ。


 いや、でも、やりたくないけど……愛、純が協力してくれているから絶対に剣両親を説得させることは失敗できない。


 剣にここで待っているように言って、部屋に行き家庭科部の顧問から預かっている剣の私物を……嫌々着て剣の所に戻る。


「かわ」


 僕を見た剣は目を見開いて大声を出そうとしたから、急いで口を塞ぐ。


 剣の耳に顔を近づけて呟く。


「中性的な顔でもない僕でも剣の服を着れば可愛くなるよ。だから、剣は自信をもって両親に自分の気持ちを言えばいい! 怖くなったら横を見て、ゴスロリ服を着ている僕に癒されるといい!」


 やけくそな感じになった。


 でも、効果はあったみたいだな。


 震えがなくなった剣は真直ぐと前を向く。



「ありがとうございます。頑張ります!」

 剣はドアに手をかけてゆっくりと開いて部屋に入り、剣両親の前に行く。


「わたしは服飾の学校に行って、今よりも可愛い服を作れるようになって、昴に可愛い服をたくさん着てもらいたい! だから、アイドルにはならない!」


 剣両親は何も言わずに、剣を睨んでいる。


「ここにいる、音倉剣がわたし達の服を作ってくれたデザイナーというかデザイナーの卵よ」


 母が明るい声音で言うと、剣両親は苦笑を浮かべる。


「デザイナーの卵って、どういうことですか?」

「言葉通りの意味よ。剣はこれから服飾の勉強をしてもらって、将来はスバル専門のデザイナー兼スタイリストになってもらうわ」

「勝手なことをされても困ります。剣は昴と一緒にユニットを組んで活動する予定ですよね?」

「そうよ。その予定だったわ。でも、それは昴と剣が望んでいたらよ。2人は納得しているのかしら?」

「……。今更そんなことを言われても困ります。そっちがそう出るなら、あなたの事務所から昴をやめさせてもいいですよ」

「ユリナカを敵にしてこの業界で生きていけると思うならご自由にどうぞ」


 剣の父親は立ち上がって、何かを言おうとしてやめて座り直す。


 剣の母親が謝ってきた。


「わたしに謝らなくていいわ。それより、きちんと娘達と話してほしいわ」


 剣両親の隣に座っていたスバルはその言葉を聞いて、剣の隣に移動する。


「ここで着てくれているゴスロリの服は全部わたしが作りました。それを父は褒めてくれました。前に、父はわたしに服飾の才能があるって認めたら、わたしの好きなようにしていいと言いました。だから、服飾の道に進ませてください!」

「確かに褒めたが、それで飯を食っていけるかは別の話だ。アイドルをしながらでも服を作ることはできるだろ」

「わたしは服を作ることに集中したいから、アイドルはしたくないです!」

「……どうしてもアイドルをしないって言うなら、親の縁を切る」

「それでもいいです。わたしは大好きな妹の昴のことだけを考えて服を作っていきたいです!」


 剣の父親は苦虫を噛み潰したような顔になって、立ち上がりスバルの手を握る。


「また今度落ち着いて話をさせてください」


 剣の父親は母の方を見てそう言った。


 部屋を出て行こうとする剣の父親の手をスバルは払う。


「ボクは父と母より姉さんの方が大好きで大切だよ。父達が姉さんと縁をきるんだったらボクは姉さんの方についていく」

「誰のおかげで今までアイドルをできていると思っているんだ! 受けた恩を忘れるな!」

「ボクは1度もアイドルになりたいなんて思ったことないよ! ボクは姉さんみたいになりたかった! どんな役でも誰もが思わず見てしまうほどの演技をする姉さんになりたかった!」

「そんなこと知るか! 家に帰るぞ!」


 剣の父親の手が再びスバルに伸びる。


 剣はスバルの庇うように前に出る。


「大事な妹が嫌がることをしないでください!」


 剣の叫び声で剣の父親は怯むように1歩後退る。


 剣の父親が強がるように大きく口を開いて何かを言おうとしていると、


「パンパン! 今から2人が気になっている重要な話をします」


 母親が手を叩いた。


 全員が注目すると、母親は悪戯が成功した子どものような笑顔を浮かべる。


「今それ所じゃない! ふざけるな!」

「わたしの事務所に月9の主役の依頼がきているのよ。それを、スバルにお願いしようと思っていたけど、それ所じゃないなら仕方ないわね。他の子に頼むわ」

「今までの非礼すいませんでした。是非、その仕事受けさせてください」


 剣の父親がそう言って頭を下げると、剣の母親も頭を下げた。


「いいわよ。ただし、条件として剣にはスバルの専属のデザイナー兼スタイリストになってもらいます」

「それはちょっと」

「そう言えば、原作が大人気の恋愛小説が映画になる予定で、そのヒロインの依頼もきていたわね。誰にしようかしら?」

「分かりました。今後、剣には何も言いません」

「それでは、具体的な話をするわ。幸ちゃん達は幸ちゃんの部屋に行っていて。今から大人同士の話をするから」


 僕達は部屋の外に出る。


「よかったよ~! ねえ、さんが好きなこと、できるように、なってよかったよ~」


 ドアを閉めた瞬間、スバルは尻餅をついて泣き始めた。


 剣はスバルの頭を撫でながら、「あはは、はははは」と笑った。


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