151話目 幼馴染達を怒らした罪は重い

 剣の父親が怒って帰ってから、調理実習室にきている。


 昼休みが終わっても、教室に戻ることなく椅子に座っていた。


 隣に座っている純は眉間に皺を寄せて、対面に座っている愛は小刻みに揺れている。


 2人とも心が不安定な状態。


 もう少し落ち着くまでここにいよう。


 愛の隣に座っている剣に視線を向ける。


 俯いたまま何度も、「ごめんなさい」と呟いている。


「謝らなくていいよ。剣の父親の話を途中から聞いたけど、剣は転校するの?」

「……昼休みに父が教室に入ってきて、今から教師に転校することを伝えに行くと言われて、職員室まで連れて行かれました。……わたしは、転校したくないです」

「しなくていいよ。剣の両親を説得できるように一緒に考えよう」

「ありがとうございます。頑張ります」


 少しだけ表情を緩める剣。


 意見はたくさんあった方がいい。


 立って剣の所に行き、耳元で秘密を話していいかと聞くと剣は頷く。


 愛と純に剣がスバルの姉で、来年に2人がユニットデビューする予定であることを話す。


 愛は剣の前まで行き、大きく何度も跳ぶ。


「すごい! 剣はアイドルだったんだね! サインほしいよ! らぶって名前をいれてね!」

「……アイドルになるつもりはないからサインできないです。ごめんなさい」


 テンションが高い愛に申し訳なさそうに剣が答える。


「スバルは子どもの頃から大人っぽいの?」

「子どもの頃は泣き虫でしたよ。今は会ってないので分からないですけど」

「スバルと電話したりはするの?」

「はい。たまにしていますよ。たくさん百合中君の話しばかりし……何でもないです」

「剣はスバルと仲良し?」

「わたしは昴のことが大好きですし、昴も私のことを好きだと思います」


 愛の質問攻めに剣は嫌がることなく答える。


「……スバルと音倉さんが一緒に歌った曲を聴きたい」


 キラキラと目を輝かせて剣を見る純が呟いた。


 剣に聞こえてないようだから伝えよう。


「問題が解決したら、剣とスバルに歌ってもらうことはできる?」

「……百合中君が聴きたいなら……歌います」

「お願いするよ。聴きたいのは、僕じゃなくてじゅんちゃんだけど」

「……そうですか」


 項垂れる剣。


 それから、僕達は剣の父親を説得させる方法を話し合った結果、愛のとにかくお願いするに決まった。



★★★



 放課後、愛の提案で公園にやってきた。


 たまに一緒に遊ぶ小学生達が剣に向かって走ってきた。


「なんでここにスバルがいるの⁉」

「アイドルは生で見たら可愛くないって聞いたけど、スバルは本当に可愛い!」

「ぼくのお嫁さんになってほしい!」


 子ども達は剣を囲んで、一斉に喋り出した。


 剣は唖然としている。


「そこにいるのはスバルじゃなくて、スバルのお姉さんの剣だよ!」


 胸を張った愛が言った。


「スバルに姉ちゃんがいるって聞いたことないけど、愛は嘘を吐かないから本当にスバルの姉ちゃんはいたんだ! すげー!」

「スバルの姉ちゃん、サインくれ!」

「わたしもわたしも!」


 剣はもみくちゃにされているけど、嫌がっていないようだから助けなくていいな。


「今日は剣も一緒に鬼ごっこをするよ! らぶが鬼をするからみんな逃げて!」


 愛は両手の人差し指を立てて自分の頭の上に持って行くと、子ども達は一斉に逃げる。


 僕と純も鬼になって、数分もかからず剣以外は捕まえることができた。


 でも、剣を捕まえられる気がしないな。


 僕と純が5分続けて全力疾走するけど、剣は息を乱すことなく走り続けている。


 体力の限界がきて、ベンチで疲れて倒れている愛の隣に座る。


 日が暮れ始めると、子ども達は親が迎えにきて帰って行く。


 純と剣は僕達の所にくる。


 剣はどこかすっきりしている顔をしている。


 僕達が公園から出ようとした時にとスマホが鳴る。


 おずおずと電話に出る剣。



『今すぐアパートに帰ってこなかったら、お前の大切なものを捨てる!』

「…………」



 少し離れている所にいる僕達にも聞こえるぐらい、剣の父親の声は大声でうるさい。


「こうちゃんもじゅんちゃんも剣の家に行くよ!」


 愛は震えている剣の手を摑み走り出す。


 僕達は愛の後を追う。


 目的地に着くと、ドアの前に2、3個の段ボールと切り刻まれた服があった。


「…………わ、たし、のふ、く……………」


 絶望した顔をして、泣き崩れる剣。


「誰が可愛い服をボロボロにしたの⁉ した人をみつけて怒らないといけないよ!」


 愛は頬を膨らませて怒った。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 今からこんな酷いことをした人を見つけに行くよ!」

「らぶちゃん、少し待って」

「早く! 早く! 早くしないとこれをした人が逃げちゃうよ!」

「ドアに紙が挟まっているよ」

「そんなことより、早く行くよ!」


 ドアに挟まっている紙を拾おうとしていると、愛が僕の手を引っ張る。


 髪を拾った純は眉間に皺を寄せてから、壁に向かって拳を振り下ろす。


 純の手が少し赤くなっている。


「じゅんちゃん、らぶにも見せて!」

「……おう」


 愛は純から紙を受け取り、さっきより更に頬をパンパンに膨らませる。


「パパが自分の子どもにこんなことするなんて、絶対に駄目だよ! 今すぐにお説教しないといけないよ!」


 そう言った愛は一瞬だけ走って、すぐに倒れそうになったから受け止める。


 鬼ごっこをした疲れがとれていないのか、愛は僕の腕の中で寝息を立て始めた。


 愛の握っている紙を見る。



『アパートの契約は今日で切ったから今すぐに家に帰ってこい!』



 愛を抱えたまま今にも壊れそうな剣に近づいて、ゆっくりと頭に手をのせる。


 泣き腫れた顔を僕の方に向けて、すぐに俯く剣。


「剣はスバルのために可愛い服を作りたいんだよね?」

「…………はい」

「スバルのためにもっと可愛い服を作れるように、服飾の学校に行きたいんだよね?」

「……はい」

「ならどんな手を使っても、剣の父親を説得させるよ!」

「はい!」


 力強く返事した剣の頭を荒々しく撫でる。


 僕の家で作戦会議をすることにした。


 帰宅中、どうすれば剣の父親が剣の意見を聞いてくれるか考える。


 今までの剣の父親と関わって、自己中心的なことが分かった。


 剣がアイドルになる以上に、剣の父親が得をすることがあれば、剣をアイドルにさせるのを諦めるだろう。


 大きなことは学生の僕にはできない。


 ……僕にはできないけど、ある程度社会的に力のある大人ならどうにかできる。


 その人に心当たりがある。


 スマホを取り出して電話をかける。


 愛と純を怒らした罪は重い。


 どんな手を使っても、剣の父親の思い通りにさせない。

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