150話目 男が女に手をあげるな!

 幼馴染成分が足りていない。


 昨日、自宅に帰ろうとしていると、剣が抱き着いてきた。


 剣が頼もしいと思えたのは一瞬だけだったな。


 愛からランイがきた。



『こうちゃんは今どこにいるの?』

「剣の家にいるから、すぐに家に帰るよ」

『じゅんちゃんが勉強教えてもらうから、こうちゃんは剣の家で泊まっていいよ! 今度はらぶも剣の家に泊まりに行きたいよ!』



 家に帰って愛と純に会いたい。


 でも、愛に泊まっていいよと言われたら泊るしかない。


 そのことを伝えると、剣は僕から急いで離れた。


「……わたしの布団使ってください」

「床でも寝られるから剣が使って」


 その会話を最後に僕達は眠りについた。


 朝目が覚めると家に帰るほどの余裕がない時間。


 だから、愛と純にしばらくの間会えてない。


 手と足が震える禁断症状が出ている。


 2人にすぐに会えるように校門で待っていると、愛と純の姿が見えた。


 愛が走ってきて僕に抱き着いた。


 小走りで近づいてきた純が挨拶をしてきたから、頭を撫でながら挨拶を返す。


「昨日はどうして、グ~~」


 純が喋っている途中でお腹が鳴る。


「らぶちゃん、朝食食べてない?」

「たくさん食べたよ! お腹いっぱいだよ!」


 だったら、誰のお腹が鳴った?


 純の耳が真っ赤になっていることに気づく。


「じゅんちゃん、朝食食べた?」

「……食べてない」


 真っ赤な耳を両手で押さえながら答える純。


 お腹いっぱいに食べさせたい!


 ということで、職員室で鍵を借りて調理実習室に向かった。


 調理実習室に入って、昨日冷蔵庫にしまっていた肉を取り出そうとしてやめる。


「じゅんちゃんは朝から肉は重くない?」

「こうちゃんが作ってくれるなら何でもいい」

「分かった。らぶちゃんもお肉食べる?」

「食べる! 食べるよ!」

「すぐに作るから2人とも座って待ってて」


 引き出しの奥に米があったから、フライパンでご飯を炊く。


 20分ぐらいで炊ける。


 その間に肉を焼こう。


 完成した料理を2人の前に置く。


「食べていいよ」


 そう言ってから、愛と純の対面に立つ。


 幸せそうに食べる2人を見て、幼馴染成分を充電する。


 愛と純が食べ終わって、教室に向かうと2人は僕のクラスまでついてきた。


「昨日は剣の家に泊まって楽しかった?」


 教室に入ってすぐに愛が聞いてきた。


「すぐに寝たから楽しくはなかったよ」

「今度こうちゃんが剣の家に泊まりに行ったら、らぶもいっしょに行って楽しくするよ!」

「それは楽しみだね」

「うん! 楽しみだよ!」


 愛の笑顔に対して、純がどうしてか不機嫌そうな顔をしている。


「じゅんちゃんどうかしたの?」

「何でもない」


 僕が話しかけると、更に不機嫌そうになる。


 純がそうなる理由を考えるけど分からない。


「百合中君は、昨日剣さんの家に泊まったのって本当?」


 真剣な顔をした恋が聞いてきた。


「本当だよ」

「剣さんって3年生で百合中君と同じ部活だったかな?」

「そうだよ。それがどうかした?」

「どうもしないけど、まだ質問していい?」

「いいよ」


 深呼吸をした恋はゆっくりと話し出す。


「剣さんの家は実家暮らしかな?」

「違うよ。剣はアパートで1人暮らしをしているよ」

「……もしかして、百合中君は剣さんと付き合っているのかな?」

「付き合ってないよ」

「……でも、付き合ってなかったら1人暮らしをしている女子の家に泊まりに行かないと思うよ」

「僕達の部活が昨日で最後だったから剣の家で送別会をしたんだけど、いつの間にか遅い時間になったから泊っただけだよ」


 剣の家庭の事情を話さない方がいいと思って、適当に誤魔化す。


 恋は納得してなさそうな顔をして、分かったと言い席に戻る。


 今日は弁当を作ってないから、昼休みに愛、純と食堂に向かう。


 職員室の前で人だかりができていた。


「いいからすぐに家に帰るぞ‼」

「わたしは、この学校をやめたくないです!」


 剣の声がしてきた。


 人だかりを掻き分けると、剣と中年の男性が向き合っていた。


 昨日電話の時に聞いた声だから、剣の目の前にいるのは剣の父親だと分かった。


 怯えながらも剣は剣の父親の目を真っ直ぐ見ている。


「我儘を言うな‼ 向こうの学校に入れるのにどれだけ苦労していると思っているんだ‼」

「頼んでないです!」

「2人とも落ち着いてください」


 先生が剣と剣の父親の間に入って仲裁しようとする。


 剣の父親はそれを無視して、剣を叩こうとした。


 剣の前に出る。


 剣の父親の手は止まらず僕の顔に当たって、「パチン」と凄い音がした。


 痛みはあまりない。


 ないけど、僕は苛立っているから、その気持ちを声に出す。


「男が女に手をあげるな!」


 剣の父親は怯むことなく、僕を睨んでくる。


「いきなり出てきて意味の分からないことを言うな‼ 今は家族で話し合っているから部外者が話に入ってくるな‼」


 強く言い返しそうになって、愛と純の方を見る。


 愛は眉間に皺を寄せながら剣の父親を凝視して、純は消火器を持って今にも剣の父親に襲いかかりそう。


 僕が殴られたことで怒っている2人を見て、不謹慎だけど少し嬉しくなる。


 ゆっくりと深呼吸をしてから、剣の父親に話しかける。


「今の状況を落ち着いて見た方がいいよ。親だとしても、子どもに暴力を振るおうとしていた所を先生と生徒に見られているから問題になるよ」

「それは教育のためだからしょうがないことだろ‼」

「教育で親が子どもを殴るなんて、今の時代は通用しない。それに、あなたは僕を殴った。どんな言い訳をしても、ここにいる全員が見ている。出る所へ出れば、あなたは困ると思うよ」

「……分かった。落ち着く」

「剣のしたいことを邪魔しないで見守ってほしい」

「だま……」


 叫ぼうとした剣の父親は、その言葉を飲みこむ。


「剣にアイドル以外の才能はない。だから、服を作るなんて無駄なことに時間を使っている暇はない」

「剣に才能はあるよ」

「ない。そんなの誰でも作れる」

「才能があるとあなたが認めたら、剣がしたいようにさせてくれる?」

「……分かった。できるもんならしてみろ」

「すぐに戻ってくるから待っていて」


 走って調理実習室に行き、机の上に置き忘れている黒のゴスロリを手にして戻り周りに見せながら大声を出す。


「この服は僕の後ろにいる剣が作った! 上手いと思う人は全員拍手をして!」


 剣の父親以外の人が拍手をして、パチパチパチと廊下に響き渡る。


「こんなもののどこがいいんだ‼ 認めない‼」


 剣の父親はポケットからボールペンを取り出す。


 それを僕に突き刺そうとしたけど、純が手を摑んで止めてくれた。


 剣の父親は、「こんな所でおられるか‼」と愚痴りながら去って行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る