149話目 カッ、カッ、カッ
スバルとの電話を切ってすぐ、剣に電話をかけても出ない。
愛が勉強にくるまでまだ1時間はある。
剣が住んでいるアパートに向かう。
扉の前で座っている剣がいた。
「……明日、家に、帰り、ます」
スマホを手にボロボロと泣きながら電話をしている。
僕がいることに気づいた剣は電話をタップしてスカートにしまい、立ち上がってドアの鍵を開けようとする。
慌てている所為で、鍵が刺さっていない。
「スバルから電話があって、『姉さんがアイドルになるのを止めてほしい』と言われたよ。剣はどうしたい?」
「…………わたしは服飾の学校に行って、もっと可愛い服を作れるようになって、その服を昴に着てほしいです」
「そうすればいいよ」
「……父と母が絶対に許してくれないです」
「それでも可愛い服を作りたいなら、そのことを言うべきだよ」
剣は小さく首を左右に振る。
「……わたしは百合中君みたいに強くないから無理です」
「僕は強くないよ。らぶちゃんとじゅんちゃんの幸せを常に考えて行動しているだけだよ」
「わたしだってスバルのことや可愛い服を作ることだけ考えて生きていきたい! でも、それだけじゃ生活することはできない! 父と母に歯向かうことなんてできない!」
叫び終わった剣は息を乱しながら項垂れる。
「剣がスバルに初めて作ったシュシュのこと覚えている?」
「……はい」
顔をあげてから頷く剣。
「リビングのゴミ箱に捨てられていて、本当に悲しかったです。でも、仕方がないことだとも思いました。事務所に入ってからほとんど会話らしい会話をしてなかったので、いきなりプレゼントされて困りますよね」
剣は苦笑した。
「困るというか、怖いと言ってたよ」
「昴に1度も怒ったことないのに、どうして怖がられたのか分からないです」
「剣が何でもできていつも笑顔を浮かべていたから、化けものに見えたと言ってたよ」
「……子どもの頃は両親に、周りの大人たちに逆らうのが怖くてただ従っていただけです。……今も子どもの頃と全然変わることができないわたしは逃げ続けています。わたしは……本当に駄目で……本当に嫌いです」
また泣き出しそうな剣の頭を撫でる。
「シュシュのことがあったから、スバルは剣のことを好きって言っていたよ」
「……どういうことですか?」
「剣の泣いている姿を見て、剣が身近に感じるようになって、剣が大好きになって、剣の作ってくれる服を着ることが楽しみになったって」
「……昴がわたしの作った服を喜んで着てくれるまでは、楽しいことは何1つなかったです。仕事が上手くいっても、周りの大人が褒めてくれても全く嬉しくなかったです」
剣はスカートからスマホを取り出す。
「たくさん可愛い服を作って、昴を1日中着せ替え人形にしたいです!」
剣が大きな声を出すと、隣の部屋からうるさいと壁を叩かれる。
剣は壁に向かって謝った後、震えた手で電話をかける。
『剣、どうした?』
ワンコールして、男性の声が聞こえてくる。
「…………アイドルをしたくないです」
『は⁉ 今さら何を言っているんだ‼ 誰がここまで育ててやったと思っているんだ‼』
「わたしは」
『お前の意見なんて聞いてない‼ 黙ってアイドルになればいいんだ‼ 甘えるな‼』
「わたしは」
『口答えするな‼』
スマホから不条理な怒鳴り声が聞こえてきて苛立って、剣からスマホを奪う。
「協力するよ」
そう言うと、剣は「カッ、カッ、カッ」と久しぶりに笑った。
「剣はスバルのために可愛い服を作りたい。そのために服飾の学校に行くから、アイドルにはならない」
怒りをぶつけないように、冷静さを心掛けながらゆっくりと喋った。
『何でそこに男がいる‼ 今すぐ剣から離れろ‼ これから剣はアイドルになるんだから余計なスキャンダルになるだろ‼』
「剣はアイドルにならないからそんなこと気にしなくていい!」
我慢できずに大声を出した。
『お前とは話が通じない‼ チッ!』
舌打ちが聞こえて、電話が切れる。
剣は僕の手をぎゅっと強く握る。
「誰に何を言われても、わたしは昴の可愛い服をたくさん作ります」
真直ぐと僕の目を見て話す剣は少しだけ頼もしいな。
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