148話目 国民的アイドルと電話

 校門で剣と別れてスマホを見る。


 19時30分。


 これなら、愛と勉強する時間に間に合う。


 歩き出そうとすると、鞄に入れていたスマホが鳴る。


 取り出してスマホの画面を見ると、知らない番号だった。


 無視しても、何度もかかってくるから電話に出る。



『姉さんがアイドルになるのを止めてほしい』



 焦ったような早口で聞き取りにくい。


「もう少しゆっくり喋ってもらっていい?」


 スーハーと深呼吸する音がした。



『ボクは音倉剣の双子の妹の音倉昴だよ。姉さんから聞いているから知っているよね?』

「うん。知ってるよ。どうしてスバルが僕のスマホの番号知っているの?」

『社長から聞いて連絡をしたよ。社長って言っても分からないよね。幸ちゃんの母親から教えてもらったよ』



 母はアイドル事務所の経営をしている。


 その繋がりでスバルは母から連絡先を聞いたんだな。



『大分前に社長に途中で電話を代わってもらって、自己紹介したけど覚えてない?』

「全然覚えてない」

『社長に聞いた通り幼馴染以外は全く興味がないだね。これは姉さんが苦労するよ』



 電話の向こうから溜息が聞こえてくる。



「それでスバルはどうして僕に電話をしてきたの?」

『そうだったよ。ゆっくり話している時間はないから手短に言うね。姉さんがアイドルになるのを止めてほしい』

「剣はアイドルになるために努力してきたのに、どうして止めるの?」

『それは姉さんがアイドルになりたくて努力したんじゃなくて、ボクのために努力しているからだよ』

「どんな理由でも剣が頑張ろうとしているならそれでいいと思うよ」

『駄目だよ! 絶対に駄目!』



 スバルの叫び声がうるさくて、スマホを顔から少し遠ざける。



『姉さんは可愛いものが好きで、可愛い服を作るのが大好きなんだよ! だから、服飾の仕事をするべきだよ! ボクのために自分のしたいことを我慢するなんて間違っているよ!』

「スバルが剣を止めることはできないの?」

『それはできない。姉さんは確かにボクのためにアイドルになろうとしている。でも、それだけじゃない』

「他に何があるの?」

『剣がアイドル以外になることをボク達両親が認めないから』

「スバルが両親を説得することはできないの?」

『何度も両親に抗議したけど、聞く耳をもってくれなかった。生放送の番組で姉さんがデビューしてしまったら後戻りできない。だから、姉さんのことを助けてほしい』



 僕は愛と純のことを何よりも優先する。


 だから、できるだけ大好きな幼馴染以外のことで時間を使いたくない。


 これからも、その考えは変わらない。


 でも、ここで剣を見捨てて本当にいいのかと疑問にも思う。


 恩人だから助けたい気持ちがあるけど、それだけじゃない気がする。


 うまく表現できないけど……努力している不器用な子どもを応援したい親の気持ちみたいなものが僕の中にある。


 だから、今回は重たい腰を上げよう。



「剣のことはほっとけないから助けるよ」

『ありがとう! 本当にありがとう!」



 疑問に思っていたことを質問する。



「剣はどうして田舎の坂上高校に入学したの? 両親が剣をアイドルにするつもりだったら東京の芸能人が集まる学校に入れるんじゃないの?」

『姉さんが坂上高校に、幸ちゃんがいる町に引っ越しした理由を話すと長くなるけどいい?』



 いいよと答えると、スバルは僕の知らない剣のことを語り始めた。



★★★



 ボクと姉さんは小学生入学前に両親の知り合いの芸能事務所に入った。


 両親は自分達が俳優になれなかったから、ボク達を俳優にさせるために。


 毎日のレッスンは厳しくて、いつも逃げたいと思っていた。


 泣きたくもないのに今すぐ泣けって言われたり、腹から声を出せと言われたと思ったら女性らしいお淑やかな声を出せって。


 休日は1日中レッスンで、学校の勉強時間より長かった。


 それなのに、テストで悪い点数を取ると両親に怒られるし。


 なにより、友達と遊ぶ時間がないのが辛かった。


 学校に行くと、友達が楽しそうに話している。


 この前近所に新しくできたケーキ屋のケーキが美味しかったとか、朝しているアニメのプリプリが面白かったとか。


 体型意地のためにほとんど甘いものを食べさせてくれなかったし、アニメを見るならドラマをみて演技の勉強をしろって言われた。


 友達と話が合うわけがない。


 だから、学校に行くと周りにいる子達をちらちらと見ながら、次受ける子役のオーディションの台本ばかり呼んでいた。


 他にも……ボクの話ばかりをしているね。


 姉さんの話をしないと。


 でも、もうちょっとだけ愚痴っていい?


 駄目なの。


 本当に、幸ちゃんは幼馴染達以外に興味がないね。


 大人気アイドルのスバルの愚痴はボクのマネージャーも聞けないよ。


 社長だけには毎日のように言っているけど。


 電話切らないで!


 姉さんの話をするから電話切らないで!


 頼れる人は幸ちゃんしかいないから、お願いだから電話切らないで!


 次、姉さんと関係ない話をしたら電話を切るって。


 分かった。できるだけしないように心掛けるよ。


 ボクのスリーサイズは、ツーツーツー。


 ごめんなさい。調子にのりました。反省しています。


 次はないって。分かった。


 天丼をしたくなるけど、我慢するよ。


 えっと、どこまで話した?


 そうそう、ボクと姉さんが最初の事務所に入った所から。


 ボクは嫌々レッスンを受けていたけど、姉さんは違った。


 食事と睡眠以外を演技の勉強に使っているのに、平気そうな顔でいつも笑顔だった。


 演技も周りの子役とは一線を画していて、両親からはもちろん事務所や仕事に関わった人全員姉さんのことを褒めていた。


 嫉妬することはなかったけど、怖いとは思ったよ。


 姉さんがまるで化けものに見えたから。


 そう思ったら、姉さんの笑顔が嘘くさく見えるようになって、気持ち悪く感じるようになって、姉さんを避けるようになった。


 そんなある日、姉さんからシュシュを貰った。


 姉さんはドラマやCMに引っ張りだこ。


 それに加えて、私以上に歌やダンスのレッスンと演技の勉強をしていた。


 それなのに、他のことをする余裕があるなんて、姉さんは本物の化けものだと思った。


 姉さんから貰ったシュシュを手元に置いているのが怖くて、リビングのゴミ箱にすぐに捨てた。


 ボクの部屋に戻ってすぐに、捨てられたシュシュを両親に見られることに気づいてリビングに戻った。


 両親は姉さんを宝物の扱うように大切にしていたから、姉さんが作ったものを捨てたボクは怒られると思ったから。


 リビングに入ると、姉さんがゴミ箱の前で泣いていた。


 演技以外で泣くのを見るのが初めてで、どうしていいか分からずに混乱していると姉さんがこっちを振り返った。


 逃げたくても恐怖で足が動かなくて困っていると、姉さんが涙を流したまま近づいてきて謝ってきた。


 変なものをプレゼントしてごめんねって。


 姉さんが何でもできる化けものじゃなくて、自信がなくて泣いてしまう女子だと分かった。


 それから、姉さんを身近に感じるようになって、姉さんのことが大好きになって、姉さんが作ってくれるエプロンや服を着ることが楽しみになった。


 姉さんにも変化があって、ボクと一緒にいる時と服を作っている時は自然の笑顔を浮かべるようになった。


 また話が脇道に逸れてしまったけど、ここからが本題だから安心して。


 なんで姉さんが幸ちゃんのいる町に、坂上高校に入学したのかというと姉さんが仕事で挫折したから。


 中学に上がった時ぐらいに、姉さんは月9のドラマの主役に抜擢された。


 両親はそのことが嬉しくて、姉さんの食事と睡眠の時間を削って演技の練習をさせた。


 姉さんは文句1つ言わずに頑張っていた。


 けど、撮影が始まってすぐに姉さんが笑顔の演技をしようとすると、『カッ、カッ、カッ、カッ』としか笑えなくなった。


 最初は調子が悪いだけだと周りの大人は思っていたけど、何度やっても結果は同じ。


 両親が病院に姉さんを連れて行くと、ストレスだと言われた。


 ストレスなら気合でどうにかなる、努力が足りないだけと言い続けられた姉さんは笑顔だけじゃなくて、他の感情も表に出せなくなった。


 それでも両親は姉さんに役者をさせようとしていた時に、両親の知り合いの事務所が潰れた。


 これでやっと姉さんは自由になれると思っていたけど、すぐに新しい幸ちゃんの母親が経営している芸能事務所ユリナカを見つけてきた。


 姉さんにアイドルをさせたくないと何度も抗議したけど受け入れてくれず、両親は姉さんをユリナカの事務所に連れて行った。


 社長が初めてボク達に言った第一声はなんだと思う?


「剣さんは疲れているように見えるから少し休ませた方がいいわね。その分、昴さんに頑張ってもらおうかしら」


 ボクはその言葉を聞いてすぐに、社長のことが好きになった。


 でも、両親は違って怒り散らしてボク達の手を握って家に帰ろうとしていると、社長が言った。


「昴さんがわたしの事務所に入ってくれるなら、誰もが認める有名なアイドルにします。そうならなかった1億円払います」


 両親は二つ返事をして、ボクは社長に惚れた。


 その後、両親は先に家に帰ってボクと姉さんだけが事務所に残った。


 社長がボク達に今後どうしたいか聞いてきた。


 俯いて本音を口にできない姉さんの代わりに、姉さんを休ませてあげたいと口にした。


 すると、社長は坂上中学のパンフレットを見せてきた。


 呆然と2人で見ていると、自然がいっぱいの所で休養すれば元気になれると言ってきた。


 姉さんとボクが頷くと、両親に電話をかけて高校を卒業するまでは自由にしていいと言質を取ったと笑う社長にまた惚れた。


 幸ちゃんの母親格好よ過ぎだよ!


 もっと社長のこと語りたいけど、電話切られるのは嫌だから話を戻す。


 戻すって言っても、今話したことが全部。


 姉さんは都会で疲れた心を田舎で癒すために、幸ちゃんの町に住むようになった。


 初めから、それだけを言えばいいって。


 社長と話しているみたいで楽しくて、ついつい話してしまったよ。



★★★



「スバルのせいで、僕が剣にフリルのたくさんついたエプロンを着せられた! ゴスロリの服を着せられそうになった!」


話を聞き終わると、怒りが沸々とこみ上げてきた。



『幸ちゃんが怒っている理由が、全く理解できないよ』

「剣が可愛いものを作るのが好きになったのはスバルが原因だからだよ! スバルに可愛いものを作っている内にそれが趣味になって、スバルがいない今、僕が被害に遭っている!」

『幸ちゃんが可愛らしいエプロンを着ている姿見たい!』

「電話切って着信拒否するよ!」

『ごめんなさい。何でもするので許してください』

「剣を助けるのを協力して。僕1人じゃできないから」

『もちろんするよ。それ以外でボクにしてほしいことはない? 本当に何でもするよ』

「ない」

「…………」



 数10秒声がしなかった。


 電話が切れたのか?


 スマホの画面を見ようとしていると、声が聞こえてくる。



『……姉さんがどうして好きになったのかなんとなく分かった』



 初めてあった剣並みに声が小さなかったから聞き返すと、スバルは何でもないと答えた。

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