147話目 部活最終日

 明日からテスト期間1週間前。


 3年の剣は最後の部活で、僕も一緒に部活をやめる。


 まだ余っている部費を使い切るために、放課後に剣と2人で隣町のショッピングモールにきている。


 600グラムが3万するステーキ肉を買って、学校に戻る。


 調理実習室で桐箱を開けると、赤身と脂身のバランスが絶妙な肉が現れる。


 肉の半分は愛と純用だから、冷蔵の中にいれる。


 興奮しつつ、僕と剣の分の300グラムをフライパンで焼く。


 これだけ高い肉だから、味付けは塩コショウだけにして完成。


 先に座っている剣の横に座って食べる。


 肉の味がしっかりしていて、口の中ですぐにとろけた。


「この肉すごく美味しいです! いつもスーパーで食べているお肉と違います!」

「そうだね! 僕もこんなに高い肉を食べるのは初めてだよ!」

「……もうここで、百合中君の料理が食べられないんですね」


 剣は立ち上がって僕を見下ろす。


「……………」

「どうしたの?」

「百合中君は…………ちゅきなぴといまちゅか?」


 盛大に噛んで顔を真っ赤にする剣。


 少しして、剣は深呼吸をしてから口を開く。


「好きな人いますか?」

「らぶちゃんとじゅんちゃんのことが家族として好きだよ」

「…………誰かと付き合いたいと思いますか?」

「ないかな。僕が恋をするなんて想像すらできないよ」


 剣は口を何度も開閉して、下を俯こうとしてから顔を叩く。


 力強く叩き過ぎたのか、剣の頬に手跡がついている。


「…………わたしじゃ駄目ですか?」


 消え入るほど小さな声だけど、はっきりと聞こえた。


 話の流れで考えると、剣が僕に告白しているようにしか考えられない。


 断ろうとして口を閉じる。


 剣に言った通り恋をすることが想像できない。


 でも、それはしようとしていないから想像できないだけかも。


 実際に恋をすれば僕は変わるのかも。


 …………なぜか分からないけど恐怖した。


 この気持ちの正体は分からないけど、怖くて怖くて仕方がない。


 僕は断ろうと思って口を開こうとすると、


「アイドルは男心を知ってないと駄目と聞いたので、試しに付き合えばそれが分かると思って言いました。だから、さっき言ったことは忘れてください。百合中君を困らしてごめんなさい」


 剣が早口でそう言った。


「全然困っていないよ」

「……でも、百合中君辛そうな顔していますよ」

「僕は大丈夫だよ。それより、明日、部活で剣は作りたいものってある?」


 心のドロドロとした部分を吐き出しそうになったから、話を逸らした。


「まだ寒いので温かいもので可愛い見た目の料理を作りたいです」

「鍋の中に大根おろしで作った白熊を浮かせるのはどう?」

「鍋の中にシロクマが浮いているなんて絶対に可愛いです! それやりたいです!」


 鍋の材料があるか冷蔵庫の中を見ると、今日買った肉だけが入っていた。


 買い物に行かないといけないなって、今日で僕達は部活をやめることを忘れていた。


「明日から部活ないことを忘れていたよ」

「……わたしもです」

「剣は最後に家庭科部でしたいことはないの?」

「ないです。わたしはこの2年間楽しかったので満足しています。百合中君にどれだけ感謝しても足りません」


 剣は自分の鞄からフリルのついたエプロンを取り出す。


「でも、最後に百合中君のエプロン姿を見たいです」


 正直着たくないけど、最後だからいいか。


 嫌々エプロンを着ると、剣はスマホを僕の方に向けきたから取り上げる。


「返してください。家庭科部の思い出を形に残したいので撮らしてください」

「気持ち悪い僕の姿が残るのは耐えられないから嫌だよ」

「気持ち悪くないです! 可愛いです!」

「可愛くない!」

「可愛いです! 百合中君が可愛いことを証明したいので、この服を着てください」


 引き出しから大き目な袋を持ってきて中身を出すと、黒のゴスロリの服が出てくる。


「絶対に着ないよ!」


 ゴスロリの服を手にした剣が迫ってきた。


 頭を押さえて制する。


「百合中君がこの服を着てくれたら、百合中君に会えなくなっても頑張れると思うのでお願いします」

「学校で部活をしなくても、僕の家で料理を作る約束したからまた会えるよ」

「……そうですね。百合中君の言う通りです」


 押されている感覚がなくなる。


 剣の悲しそうな表情をしながら椅子に座り、ゴスロリの服を机の上に置いた。


 よっぽど僕にゴスロリの服を着て欲しかったんだろうけど、絶対に着たくない。


 愛と純が頼んで着ても…………死にたい気持ちになりながら着るだろうな。


「最後まで迷惑かけてごめんなさい。……百合中君はどうして家庭科部に入ってくれたんですか?」


 百合好きに目覚めて愛と純に迷惑をかけそうになったから、逃げ道として家庭科部に入ったことを話す。


「百合中君は逃げて上手くいきましたか?」

「うん。逃げてなかったら暴走して、らぶちゃんとじゅんちゃんに嫌な思いをさせていたかもしれないからね。剣にはすごく感謝しているよ。ありがとう」

「……少し我儘言っていいですか?」


 顔を少し赤くしている剣に頷く。


「矢追さんや小泉さんにしているみたいに……頭を撫でてもらっていいですか?」


 頭を撫でると、剣は顔を真っ赤にしつつ気持ちよさそうに目を細めた。




「帰るよ」

「……」


 下校時間を過ぎても、剣は椅子に座ったまま動こうとしない。


 純は今日鳳凰院の家で晩飯を食べると言っていたから、愛と一緒に勉強する21時までには帰ればいい。


 剣の隣に座って周りを見渡す。


 家庭科の授業で週1にここにくるけど、剣の一緒にくることはなくなる。


 どこか寂しさを感じつつ、剣と今まであったことを思い出す。


 初めて会ったのは屋上の出入口で、剣が話しかけてきて愛は怖がって純は苛立っていた。


 家庭科部に入って、剣が料理をできないことを知った。


 誰かに料理を教えることがなかったから、剣に料理を教えることはとても新鮮な体験で楽しかった。


 それ以上に、全く料理のできなかった剣が作れるようになったことが嬉しい。


 そう言えば最近、剣の「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」という少し不気味な笑い声を聞いていないな。


 廊下からこっちに向かってくる足音が聞こえた。


 先生が見回りにきたんだな。


 帰るために立ち上がろうとすると、剣に口を塞がれて机の下に引き込まれる。


「物音がしたが、そこに誰かいるのか?」


 男性がそう言うと、剣は僕の口を塞ぐ力が強くなって痛い。


 少しして、電気が消えドアの閉まる音がして足音が遠ざかっていく。


 剣は僕から手を離す。


 目の前に、剣の顔があって吐息が当たる。


 視線が合った次の瞬間、勢いよく立ち上がろうとした剣が机に頭を打つ。


「きゃう⁉」


 悲鳴を上げた剣は頭を両手で押さえている。


「すごい音だったけど大丈夫?」

「……大丈夫です」


 剣は中腰で後退って、机から出て行く。


 僕も出て、床に座っている剣の隣に座る。


「……部活をやめたくないです」


 しばらく黙っていた剣が静寂の中で口にした。


「裁縫仲間がほしくて家庭科部に入ったのに、誰もいないし、顧問の先生からは料理するように言われて絶望しました。部活を何度もやめようと思いましたが言えずに、1年間本当に辛いことにしかなかったです」


 でもと、少し明るい声音で言った。


「百合中君が部活に入ってくれてから、毎日部活が楽しかったです。だから、部活をやめたくないです」

「部活をやめても、僕の家で料理をすればいいよ」

「それでも……部活をやめたく……ないです……。この場所……には……百合中くん……との……楽しい……思い出がいっぱいあるから……やめたく……ない…………」


 剣は声を上げて泣き始めた。


 頭を撫でて宥める。


 少しして、手で涙を拭った剣は口を開く。


「……アイドルになったら東京で住むようになるから百合中君と中々会えないです」

「長期の休みの日に会いに行くよ」

「1月1日にきてくれますか? テレビに出るのが不安なので、百合中君がいてくれたら嬉しいです」

「1月1日は愛の家に集まって、晩飯を食べるから無理かな」

「電話をしてもいいですか?」

「いつでもしていいよ」

「本当ですか⁉ 毎日のようにしても出てくれますか?」


 暗闇の中でも剣が目を見開いているのが分かった。


「毎日はさすがに面倒くさいから週に1,2回ならいいよ」

「……分かりました。……本当に寂しい時に連絡します」


 しゅんとする剣をもう1度撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る