146話目 クールキャラ
調理実習室に行くと、机の上に頭をのせて白く燃え尽きている剣がいた。
声をかけても反応がない。
昼休み頑張ったから、放課後の今は少し息抜きをすればいい。
動物クッキーを作って剣の前に置く。
「いい匂いがします」
顔を上げた剣は目を輝かせながら動物クッキーを見る。
「クマのクッキーやウサギのクッキーやネコのクッキーがあります! しかも、顔だけじゃなくて全身作ったんですね! 可愛いです! 可愛過ぎます! 部屋に飾りたいです!」
「早めに食べないと腐るよ」
「もったいないですけど、食べます。その前に写真を撮ってもいいですか?」
「いいよ」
剣は動物クッキーにスマホを向けて、何度もシャッターを切る。
「動物の手と足の指まで細かく作られています! どうやって作ったんですか?」
「爪楊枝で形を整えながら作ったよ」
「百合中君は手が器用ですね! わたしには絶対にできません! それにしても可愛いです!」
動物クッキーをもって近くで凝視する剣。
「やっぱりこんな可愛いのを食べることできません。でも、わたしが食べなかったこの子たちは腐って可哀想です。……ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら動物クッキーを口に入れた剣は「美味しいです」と言った。
クッキーを食べ終わった剣に話しかける。
「結構な人数の前で歌って踊れていたけど、アイドルになれる自信はついた?」
「……あまり自信ないです。本番ですることをここで一通りやってみてもいいですか?」
「いいよ」
途中で人が入ってこないようにドアに鍵を閉めて、黒板の前に立つ剣の横に並ぶ。
「みんな気になっていることから聞くよ。剣は好きな人いるかな?」
「らぶは剣じゃなくてらぶだよ! らぶのみんなことが好きだけど、もっと好きなのはこうちゃんとじゅんちゃんが大好き!」
司会の役をして、適当な質問をすると剣は愛になりきって答える。
「1人称をわたしに変えることと、僕とじゅんちゃんの名前を出さないようにできる?」
「……やってみます」
さっきと同じ質問をすると、同じ答えが返ってきた。
誰かの真似をすると、応用が利かないんだな。
アイドルとして人前に出る方法を、0から考えなおさないといけないか?
「……オリジナルキャラを作ってそれを演じるのはできるかもしれないので、やってみていいですか?」
自信なさそうに剣は言った。
それ以外の案は浮かばないから、その方法で話を進めていく。
「剣はどんなキャラを演じたい?」
「……」
「色んなキャラを演じてしっくりくるのを探すのはどう?」
「……分かりました。少し集中したいので、1人にしてもらっていいですか?」
「いいよ。準備ができたら連絡してきて」
外に出て30分ぐらいが経って連絡がきたから、部室に入ると黒板の前で剣が立っていた。
「しっかりしているけどどこか抜けているキャラ、子どもっぽいけど大人ぶるキャラ、イケメンだけど可愛いキャラの順に演じます」
剣はゆっくりと息を吐いて吸うと、微笑を浮かべた。
準備が整ったと思い、質問する。
「剣は好きな人いるのかな?」
「家族や私を支えてくれている人達、何よりファンのみんなが大好きです!」
「ライクじゃなくてラブの意味で好きな人はいないのかな?」
「好きになったことも、好きになられたこともないから分からないです。でも、恋はしてみたいと思っています」
「そんなに綺麗だったら付き合ってほしいって言われたことあるでしょ?」
「それはあります。どこに付き合えばいいか聞くと、みんな黙ってどこかに行くんですよね。いつも不思議に思っています」
剣は深呼吸をして、どこか幼い顔つきになった。
役を変えたのだと思い、質問する。
「テレビに出るのは初めてで緊張しているかな?」
「少ししています。でも、それ以上に私はこの番組に出られたことが嬉しい気持ちが強いです」
「そんな風に言ってくれるとおじさん嬉しいな。ほしいものがあったら何でも買ってあげるよ。何かほしいものはあるかな?」
「いいの⁉ 大きなくまさんのぬいぐるみがほしい! 剣より大きなくまさんが……今日ここで、たくさんの人に私が歌って踊る所を見てもられるのでそれだけで満足です」
また深呼吸をすると、目つきが少し鋭くなった。
「女子にモテそうだね。同性に告白されたことあるのかな?」
「ないですね。クラスメイトとかに冗談で好きって言われたことはありますけど」
「剣は格好いいから告白されていると思ったよ。もし、女子に告白されたどうする?」
「断りますね」
「はっきりと言うね」
「はい。ボクは自分が恋愛するより、アイドル活動を通じて恋する人全員の背中を押せるアイドルになりたいです」
「考えもイケメンだね! 趣味もイケメンだったりするのかな?」
「母から習っているピアノと、祖母から習っている茶道は子どものころから楽しんでしています。最近は、お菓子作りに嵌っていています。先週に動物型のクッキーを作ったけど可愛くて食べられなかったです」
言い終わった剣は疲れた顔で席に座り、机の上に頭を乗せる。
剣の隣の席に座る。
「演じたいキャラは見つかった?」
「……どれもしっくりくるようでこないです」
「アイドルを当分続けるなら、無理なく演じ続けられるキャラがいいよね」
「……どれも続けるのは厳しいです」
「厳しくても慣れるしかないね」
「……百合中君がいいと思ったキャラはありますか?」
「子どもっぽいけど大人ぶる剣が可愛くて好きかな」
そう口にした瞬間、剣が勢いよく顔を上げて後ろに倒れた。
「大丈夫?」
「…………」
手を伸ばすけど、剣は目を見開いて固まったまま握ろうとしない。
怪我をしているように見えない。
痛みで動けないとは違うだろう。
椅子に座って、剣が動き出すのを待つ。
「……わたしは可愛くなりたいと思っていません。誰かを可愛くしたいです」
数分経ってから、椅子に座った剣が真剣な顔をして呟いた。
「わたしの妹の昴はいつも明るくて誰が見ても可愛いので、その昴がもっと可愛く見えるようにしたいです」
「剣がスバルの引き立て役になるってこと?」
「そうです。それがいいです」
テレビ番組でトークをしているスバルのことを思い出す。
快活で誰よりもよく喋っていて、常に笑顔を浮かべていた。
「口数が少なくてクールで格好いいキャラを演じるのはどう? スバルと逆の性格を演じれば、スバルのよさが引き立つと思うけど」
「それがいいです。無理に喋らなくていいと思ったら、アイドルになれる気が少しだけします」
何度か剣のクールキャラを演じる練習につきあってから外に出る。
「スバルさんですよね? 私スバルさんの大ファンです! よかったら握手してください!」
校門を出てしばらく歩いていると、テンション高めの女子が声をかけてきた。
困り顔を浮かべる剣の耳に小声で話しかける。
「クールなキャラを演じてみたら、スバルと違うと分かってもらえるじゃないかな。それに、演じることに慣れる練習にもなるよ」
剣は小さく頷く。
俯いてスーハーと深呼吸をして、女子に顔を向ける。
「昴じゃない。わたしの顔をよく見て」
剣は女子の手を摑み、自分の方に引き寄せる。
「スバルと違う」
「……スバルさんにしか見えない」
「よく見て」
「…………はい。スバルさんじゃないです」
顔を真っ赤にした女子はそう言ってから去って行く。
「……変だったですか?」
「全然変じゃなかったよ。剣のクールキャラが格好よかったから、女子は照れて逃げたんだと思うよ」
「……そうですか。この調子で頑張ってみます」
再び歩き出した僕達の前に、スーツを着た女性が財布を落とした。
「落とした」
「ありがとう……スバル! めちゃくちゃ可愛い! 食べちゃいたい!」
剣は財布を拾って女性に話しかけると、女性は涎を垂らしながら剣の手を摑む。
「君の方が可愛い。食べていい?」
「ぐはっ⁉ イケメン過ぎて尊い‼」
女性は口から血を出してその場に倒れた。
自宅に帰りドアを開ける。
愛が飛んできたから抱きしめていると、隣にいた剣は愛の頭を撫でる。
「らぶはお姉さんだから撫でたら駄目だよ!」
「……ごめん」
「剣、一緒に歌って踊ろう!」
「……はい」
愛は剣の手を握って、リビングに連れて行く。
リビングに入ると愛と純が一緒に歌いながら踊り、その姿をソファに座っている純が体でリズムを刻みながら見ている。
剣は初対面の人にも緊張せずに関われるようになった。
踊りや歌も堂々とできるようになった。
手間のかかる子どもが巣立ったようで、少し寂しいな。
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