145話目 激辛、激堅

 屋上で弁当を食べるために屋上に向かう。


「……わたしは、スバルじゃなくて剣です」


 3階の階段を上っていると、廊下を走っている剣が通り過ぎていく。


 僕達に気づいたのか剣が戻ってくる。


 剣の後ろにいた数人の生徒に囲まれる。


 追い払おうとしていると、角刈り男子がやってきた。


「矢追たんは今から弁当を食べるから邪魔をするな」


 囲んでいる1人の女子が角刈り男子の前に行く。


「私は矢追さんに用があるではなくて、スバルさんに用があります」

「スバルって誰のことだ?」

「そんなことも知らないんですか? 無知にも限度はありますよ。一応言っておきますけど、無知って何も知らない馬鹿ってことですから」

「うるせー! 馬鹿にするなや!」

「殴ってもいいですけど、あなたは確実に停学になりますよ?」

「……」


 角刈り男子は振り上げた手をゆっくりと下ろす。


「筋肉馬鹿は少し苛ついただけですぐに暴力を振るおうとするから最低です! 私に近づかないでください!」

「……」

「こっちを見ないでください! 気持ち悪いので!」

「……俺は気持ち悪くない」

「気持ち悪いです」

「……」

「気持ち悪くなんて」

「気持ち悪くなんてないよ!」


 鳳凰院の声がしたと思ったら、愛の大きな声が聞こえてくる。


「体は大きくて強そうで格好いいよ!」

「威圧感があるだけで格好よくありません!」

「格好いいよ!」

「格好よくありません」


 愛は笑顔で、女子は顰め面で言い合う。


「矢追たんが虐められてるって聞いたけど本当か?」

「本当だったら、虐めたやつをぼこぼこにしないとな」


 体の大きな男子達が鬼の形相で向かってきて、剣を追いかけていた生徒はほとんどが逃げていく。


「私は、大人数でも屈しません」

「やったー! たくさん人がいるよ! みんなで弁当食べたら楽しいよ! 早く早く屋上行こう!」


 震える女子の言葉を愛は掻き消して、僕達の周りをびょんびょんと跳ねる。


「屈しませんからね!」

「一緒に弁当を食べよう?」

「あなたなんて大嫌いです!」

「らぶは、好きだよ!」

「……大嫌いっです!」


 女子はそう叫びながら去って行く。


「気持ち悪い俺でも矢追たんと一緒に弁当食べていいか?」

「いいよ! お腹空いたから早く行こう!」

「……矢追たんは天使。矢追たんは天使。矢追たんは天使」


 角刈り男子は愛に満面の笑みを向けられて、穢れが全てなくなったような清々しい顔をしている。


 僕達は屋上に向かっていると、純が立ち止まって後ろを向いていることに気づく。


 視線の先には鳳凰院と純のファンクラブの女子達がいた。


 純は鳳凰院の所に行く。


「どうした?」

「……何でもないですの」

「鳳凰院も一緒に行こう」

「……はい」


 純と一緒にいる鳳凰院はいつも笑顔なのに、どこか辛そうな顔をしていることに少しだけ違和感があった。


 屋上に着くと、愛はフェンスの前で座り、蓋を開けた弁当を涎垂らしながら見ていた。


 その光景を、凝視する男子達に苛つきながら愛の隣に座る。


 反対側に純が座る。


 端っこでフェンスに凭れている剣に話しかける。


「こっちにきて食べないの?」

「……人がいっぱいいるから怖いです。……でも、頑張ります」


 声が小さくて聞こえない。


 立ち上がろうとしていると、剣は僕の隣にきて座る。


 鳳凰院達と角刈り男子達が僕達の対面に向かって走ってくる。


「あなたは矢追さんから少し離れた場所で食事をしてほしいですわ」


 入口の方を指さす鳳凰院。


「嫌だ! 俺は矢追たんと前で食べる!」

「……分かりましたの」


 鳳凰院は項垂れながら、出入口の近くに向かう。


 純ファンクラブの女子達はついて行く。


 全員が座ると、愛がいただきますと言って弁当を食べ始めた。


「今から愛の真似をして鳳凰院に話しかけてきて。僕、らぶちゃん、じゅんちゃん以外の人の前でもらぶちゃんの真似をして緊張しないか知りたいから」


 俯いて弁当を凝視している剣に話しかけると、びくっと震える。


「…………分かりました」


 そう呟いたけど、剣は動こうとしない。


「昨日と同じようにらぶちゃんを演じれば大丈夫だよ」

「……昨日は矢追さんと同じ服装をしていたのであまり緊張してなかったです」

「同じ学生服を着ているから大丈夫」

「……弁当を食べ終わってから、鳳凰院さんの所に行きます」


 剣のペースに任せることにして、弁当を食べ始める。


「それ、テレビで見たことある。激辛が好きなアイドルのももちゃんが泣きながら食べたキャロライナリーパーっていう世界一辛い唐辛子の粉末がかかっているせんべいだろ」

「親戚がお土産で大量にくれたから食べようとして、封を開けただけで涙が止まらなかった」

「食べ物じゃなくて兵器だろ。しかも、それって釘が打てるほど堅いって聞いたよ。どうやって食べたらいいか分からないな」

「らぶが食べたい!」


 いつの間にか男子達の前に愛がいて、手を大きく挙げている。


「矢追たんが食べたいなら全部あげるけど、本当に辛いけど大丈夫か?」

「くれるの! ありがとう!」

「……おう。こっちこそありがとう」


 愛に手を握られた角刈り男子は照れながらお礼を言った。


「鞄の中に2袋あるから全部やるよ」

「あーん!」


 角刈り男子に向かって口を大きく開く愛。


「……俺みたいなやつが矢追さんに食べさせていいのか?」


 愛は返事の代わりに更に大きく口を開いた。


 角刈り男子はごくりと喉を鳴らす。


 袋から小分けされたせんべいを取り出して包みを開ける。


 その瞬間、鼻を突く臭いがしてきて、純は立ち上がって出入口の方まで走って逃げる。


 おずおずと角刈り男子が愛の口の中にせんべいを入れようとしていると。


「行儀が悪いですわー!」


 鳳凰院が耳を劈くぐらいの声量で叫ぶ。


 全員が鳳凰院に注目する。


 眉間に深く皺が入った鳳凰院は角刈り男子と愛の間に入る。


 角刈り男子の方を向いて鳳凰院は口を開く。


「食べさせるのは行儀が悪いですわ!」

「鳳凰院には関係ないことだから、別にいいだろ」

「関係あ……ないですけど、駄目なものは駄目ですわ! 絶対に駄目ですわ!」

「……分かったから怒るなよ」

「怒ってないですわ!」


 鳳凰院が角刈り男子のことが好きで、愛に嫉妬していることが丸分かり。


 本当に鳳凰院は角刈り男子のことが好きなんだな。


 角刈り男子に鳳凰院を意識させる方法はないかと考えていると、隣に座っている剣が立ち上がる。


「ら、ら、ら、ら、らぶだよ」


 剣が愛の真似をしたのは伝わってきたけど、今じゃない感が凄い。


 それに、声が小さくて隣に座っている僕しか聞こえていないのか、周りは剣の方を見ていない。


 剣はゆっくりと座って、「……ごめんなさい」と謝った。


 愛はせんべいを食べていて、その横で角刈り男子は笑みを浮かべている。


 鳳凰院は元の場所に戻って、2人のことを眉間に皺を寄せたまま凝視している。


 角刈り男子が鳳凰院のことを意識させる方法が全く浮かばない。


 今は2人を引っ付けることを諦める。


 機会があれば応援するぐらいでいいだろう。


 剣が屋上の中央に行き、鳳凰院の方を向く。


 俯いて首を左右に振ってから顔を上げて、今日の朝に僕、愛、純の前でした歌と踊りをし始めた。


 愛はすぐに踊りだして、純は口ずさむ。


 初めは他の人達は呆然と見ていたけど、次第に立ち上がって踊り始めた。

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