143話目 小さな幼馴染の真似をする垂れ目女子

 日曜日。


 昼食を食べ終わった頃に、剣がやってくる。


 剣の人見知りを治す方法を思いついたから、今日僕の家にくるようにとランイしていた。


 前に剣が愛と純の真似をした。


 その時に髪を上げて剣の顔は隠れていなかったけど、僕の目を見て話していた。


 ソファに座った剣に愛と純の真似をするように言うと、首を左右に振る。


「……無理です」

「大丈夫だよ! 剣ならできるよ!」

「……無理です」

「頑張れる方法があるなら頑張ったほうがいいよ! それに、人見知りを治すために髪をたくさん切った剣なら何でもできるよ!」


 愛はソファの上に立って、隣にいる剣の頭を撫でる。


「……分かりました」


 そう呟いた剣は目を閉じて、「私は矢追愛」と何度も口に出して繰り返す。


 目をゆっくりと開いた剣は椅子に座っている純に勢いよく抱き着く。


 純は少しだけふらつく。


「じゅんちゃん! 大好きだよ!」


 純の胸に何度も顔を擦りつける剣。


「早く離れて」

「じゅんちゃんのふかふかしていて気持ちいいよ!」

「私の話を聞いて!」


 純に睨みつけられても、剣は怯まない。


「2人とも楽しそうだよ! らぶもする! ぎゅー!」


 愛も純に向かって抱き着いた。


 剣がしている愛の真似の完成度が高過ぎて、2人の愛に純が攻められているように見えてきた。


 目の前の光景が奇跡で、2度と起こらないかもしれない。


 スマホで動画に撮ることと、脳内に焼き付けることに全ての力を使う。


 愛と剣にもみくちゃにされた純は服と息が乱れていた。


「こうちゃんも大好きだよ!」


 2人を焚きつけて純にもっと凄いことをしてもらうおうと考えていると、愛が抱き着いてきた。


 剣も愛の真似をして抱き着いてくると思ったけど、抱き着いてこない。


 剣は部屋から出て行く。


 1時間過ぎて、剣は部屋に戻ってきた。


 短くなっていた剣の髪が更に短くなり、前髪が綺麗に揃っていて、愛と全く同じ髪型になっていた。


 服も愛の服とそっくり。


「こうちゃん! 大好きだよ!」


 剣が勢いよく抱きついてきて、僕はそのまま後ろに倒れる。


 立ち上がろうとしていると、愛が抱き着いてきた。


 剣の浮かべている笑みすらも愛とそっくり。


 真似をするというレベルではない。


 愛と同じように剣を甘やかしたくなった。


 剣の頭を撫でると、「おねえさんは頭を撫でられないの!」と怒られた。


 目の前に2人の愛がいると、本気で錯覚しそう。


 今の剣は全く人見知りをしている様子がない。


 愛の真似をした剣が僕達以外の人の前でも緊張するか、試すことにした。


 大人より子どもの方が威圧感少ないと思い、僕達は公園に向かった。


 普段なら15時前のこの時間なら、子ども達は元気よく走り回っている。


 今日は誰もいない。


「犬がいるよ! 犬だよ!」

「本当! 可愛くて小さい犬だよ!」


 愛と剣は柴犬の散歩をしている中年の女性の所に早足で向かう。


 僕と純もついていく。


「おばちゃん、触っていい?」

「……らぶも、らぶも触りたい!」


 一瞬、剣は固まったけど、すぐに愛の口調を真似て言う。


「いいわよ! 太郎は撫でられるのが好きだから、たくさん撫でてあげて」

「やったー! たくさん撫でるよ! よしよしよしよしよし! 太郎すごく可愛い!」

「太郎可愛いよ! よしよしよしよし!」


 愛と剣は両側から柴犬を優しく撫でる。


 柴犬は気持ちよさそうに目を細める。


「らぶも犬がほしい! 剣の家はいるの?」

「らぶは剣じゃなくてらぶだよ!」

「そうなの⁉ 剣はらぶだったの⁉」

「そうだよ! らぶはらぶだよ!」

「やったー! らぶと同じ名前の人がいて嬉しいよ!」

「らぶも嬉しいよ!」


 中年の女性は怪訝そうな顔をしながら、愛と剣に話しかける。


「あなた達は姉妹なのに、同じ名前なの?」

「らぶは剣じゃなくてらぶとは姉妹じゃないよ! 友達だよ!」

「そうだよ! らぶはらぶと友達だよ!」

「2人が仲よさそうだから姉妹に見えたわ」

「「そうだよ! らぶとらぶは仲良しだよ!」」


 愛と剣は両手を腰に当てて、胸を張りながら同時に言った。


「そんな仲良しさん達にはせんべいをあげるわね。若い子には甘いものの方がいいと思うけどこれで我慢してね」

「らぶ、せんべい大好きだよ!」

「らぶも! らぶも、せんべい大好き!」


 せんべいを受け取った愛達はベンチに座り、せんべいを2つに分けて食べている。


「もしかして、あの子達のお兄さんからしら?」

「兄ではなくて、身長の低い方が幼馴染で、もう1人は部活の先輩です」

「そうなの。2人とも可愛いわね」

「幼馴染の方は可愛くて仕方がないです」

「部活の先輩は可愛くないの?」

「可愛いですよ」


 愛の真似をしている剣は可愛い。


 だから、思わずそう答えた。



★★★



 22時を過ぎて愛と純が家に帰っても、椅子に座っている剣は帰りそうな気配がない。


「剣は家に帰らないの?」

「……帰りたくないです。……帰って方がいいですか?」

「僕はどっちでもいいよ」

「……泊まりたいです」


 ソファの前にある机を端に寄せて、引き出しから布団を出してそこに敷く。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 部屋を出て行こうとすると、ポケットに入れていたスマホが鳴る。


 母からの電話に出る。



『今大丈夫かしら?』

「大丈夫だよ。こんな夜遅くに電話かけてくるのは珍しいから何かあった?」

『少し聞きたいことがあって連絡したのよ。坂上高校3年生の音倉剣さんって知っている?』



 母からその名前が出てくるとは思わなかったから少し驚く。



「知ってるよ」

『音倉さんは元気にしているかしら?』

「僕の家に泊まっているから本人に聞く?」

『幸と音倉さんは付き合っているの⁉』



 母の叫び声がうるさくて、スマホを顔から遠ざける。



「付き合ってないよ」

『今、らぶちゃんやじゅんちゃんは一緒にいるの?』

「いないよ」

『もしかして、音倉さんと2人きり』

「そうだよ」

『こんな遅い時間に男女が2人きりなのに、付き合ってないなんて……体だけの男女の関係はわたし許しませんよ』



 怒気の籠った声が聞こえてくる。



「そんな関係じゃないから。用件がないんだったら切るよ」

『音倉さんのことを気にかけてあげて』



 母がどうして剣のことを知って、心配しているのか訊こうとしたけど着信を切られた。

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