141話目 言いたいことはそれだけ?
登校していると、周りのほとんどの人達が僕達に視線を向けてくる。
僕達と言っても、見られているのは僕の上着を摑んで震えている剣だけ。
危害を加えられたわけではないから、無視して歩く。
同じ高校の制服を着た男子が前に立ち塞がる。
その男子は剣のことを一瞥してから、僕のことを睨む。
「あなたはスバルさんの何ですか?」
「君がスバルって言っている人は、僕と同じ学校の先輩の剣って言う人だよ」
「嘘を吐くな! どこからどう見てもアイドルのスバルさんじゃないか! ぼくを馬鹿にするな!」
男子は急に僕に向かって叫ぶ。
「ぼくはスバルさんの大ファンだから、スバルさんを見間違えるわけない! あなたはスバルさんですよね?」
そう男子に話しかけられた剣は大きく左右に首を振る。
「そんなはずない。目の前にいるのはスバルさんで間違いない。だってアイドルを休止しているのもぼくに会うためでしょう? ここで会えたのが何よりも証拠だよ!」
意味の分からないことを早口で喋る男子に腹が立ってくる。
「君が何て言おうとここにいるのは剣だから」
「うるせえ! 誰が何を言おうと、そこにいるのはぼくの大好きなスバルさんなんだよ!」
僕の顔を目掛けて男子が拳を下ろそうとした。
避けたら後ろにいる剣に当たる。
動かないでいると、鼻に激痛が走る。
地面にぽたりぽたりと血が垂れた。
「していいことと悪いことがある」
後ろにいた純がいつの間にか僕より前に出ていて、男子の胸倉を掴んでいた。
「殴るつもりはなかったんだ。そもそもぼくは悪くない。スバルを独り占めしているあいつが悪い」
「言いたいことはそれだけ?」
僕を指差す男子に凍りつきそうなほど冷たい視線を送る純。
男子の顔色がみるみる青白くなる。
「ぼくが悪かった。謝るから許してほしい。ごめんなさい」
「いいたいことはそれだけ?」
「本当にごめんなさい。もう二度とスバルさんにも近づかないし、君達にも近づかないから許してほしい」
頭を深々と下げる男子に純は「いいたいことはそれだけ?」と同じ言葉を繰り返す。
「ぼくはどうすれば許されるんだよ! ぼくにできることだったら何でもするから許してくれよ」
逆上した男子は純に詰め寄る。
純は表情を1つも動かすことなく口を開く。
「こうちゃんと同じ目に遭わないと私の気が済まない。鼻血か出るまで殴る」
純の握り拳を愛が摑む。
「じゅんちゃん大丈夫。大丈夫だよ」
母親が子ども宥めるような優しい笑みを浮かべる愛。
「ごめん」
「じゅんちゃんは謝れてえらいよ! いい子、いい子!」
男子に向かって謝罪した純を愛は抱きしめながら褒める。
「こうちゃんにごめんなさいして!」
去ろうとした男子に向かって、愛が語調を強くして言った。
男子はごめんと言って、僕を一瞬睨んで去る。
学校に着き、2年の教室に向かう。
剣に服を引っ張られて立ち止まる。
「らぶちゃん、じゅんちゃん先に教室に行って。僕は剣を教室に送ってくるから」
そう言うと純が僕の手を握り、もう片方の手を愛が握った。
「みんなで剣の教室にいくよ! おー!」
片手を元気よく上げて歩き始めた愛に僕達は引っ張られる。
3年の教室の前で、さっき僕達にしつこく話しかけてきた男子が男子達と騒がしく話していた。
「よくもさっきは恥をかかせてくれた! 少し痛い目に遭ってもらう」
通り過ぎようとしていると、男子が愛の手を摑もうとしている。
両手が塞がっているから、叩き落とすこともできない。
「汚い手で矢追たんの体に触れようとするな!」
「ぐへっ⁉」
角刈り男子に突進された男子は遠くに飛ばされた。
近くにいた男子はそそくさと去る。
「矢追たん、大丈夫か? また悪いやつが出てきたら……俺が守ってやる」
照れながら言っている角刈り男子が気持ち悪いな。
殴りたくなるけど、愛を助けてくれたので我慢。
「悪い人なんてどこにもいないよ! みんないい人だよ!」
「天使だ! 心が清らか過ぎて矢追たんは人間じゃなくて天使だ!」
愛のあまりにもの純粋さに角刈り男子は感動したのか、笑顔を浮かべながら泣き始めた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
「心配してくれてありがとう、矢追たん。大丈夫だ! どこも痛くないし、元気だ!」
角刈り男子は手を大きく振りながら足ふみをする。
愛も角刈り男子の真似をし始めた。
学校のチャムが鳴った。
教室に戻らないといけないけど、剣が手を離してくれない。
愛と剣には自分達のクラスに行ってもらった。
「剣が席に座るまでここにいるから」
「……分かりました」
おずおずと教室に入り、席に座った剣。
その瞬間、クラスメイト全員が剣に注目する。
「小さな顔、少し垂れ目気味の大きな瞳、細身なのに出ている所はちゃんと出ている体、完璧過ぎる! 彼女にしてぇ~!」
「スバルってやっぱりわたし達のクラスだったんだね! 凄く嬉しい! 友達に自慢しよう!」
「あそこの席って、スバルじゃなくて他の誰かが座っていた気がする。その子が他の学校に転校して、スバルが転校してきたのか?」
クラスメイト達の噂話が聞こえてくる。
剣の隣に座っている女子が剣に話しかける。
「スバルさんですよね?」
「……違います」
「そんなわけ」
「こんな所で何をしている。チャイムはとっくに鳴ったよ」
納得していない女子が何かを言おうとした所で、先生が僕に話しかけてきた。
すぐに戻りますと先生に行って、僕のクラスに向かった。
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