140話目 興奮する小さな幼馴染

 大嫌いな男子と会った次の日、思った以上に苛ついていない。


 愛や純と鬼ごっこをして癒されたおかげだろう。


 改めて大好きな幼馴染達のありがたみを感じる。


 朝食を口にしながら、大嫌いな男子と会った時の対処法を考える。


 家のチャイムが鳴った。


 6時過ぎのこんな早い時間に誰がきた?


 早起きした純がきたのかも。


 合鍵を忘れてチャイムを鳴らしたんだな。


 走って玄関に行きドアを開ける。


 黒色の帽子、サングラス、マスクをした人が立っていた。


 純じゃない。


 がっかりしながらドアを閉めようとすると、手を摑まれる。


「おはようございます。わたしです。わたしです」


 声で目の前にいるのが剣だと分かった。


「何か用事?」

「……特に用事があるわけではないですが、少しだけ時間をもらっていいですか?」

「弁当を作りながらでいいならいいよ」

「はい。それで大丈夫です。ありがとうございます」


 僕達はキッチンに向かう。


 料理を作っていると、剣が凝視してくる。


「わたしも弁当を作るのを手伝いましょうか?」

「もう少しでできるから、手伝わなくていいよ」

「……分かりました。…………百合中君はわたしがこんな格好をしている理由を聞かないんですか?」

「聞かないよ」

「…………わたしに興味ないですか?」

「らぶちゃんとじゅんちゃん以外に興味がないって高校に入る前の僕なら言うけど、今は剣にも興味があるよ」


 大好きな幼馴染達と比べるとほんの少しの興味だけど。


「剣が話したくなったら聞かせて」

「………………ありがとうございます」


 サングラスとマスクで隠れているけど、剣の顔が赤くなっているのが分かる。


 学校に行く準備が整い、玄関に向かう。


 変装をしたままの剣がついてくる。


「らぶちゃんが怖がるから、今すぐ帽子とサングラスを外して」

「…………」


 無言で首を左右に振る剣。


 いつも見たいに長い髪が左右に揺れていない。


 帽子を被っているから揺れないのは当たり前。


 いや、腹ぐらいまであった長い髪が帽子に収まるのか?


 今はそんなことどうでもいい。


 愛が今の剣を見たら絶対に怖がる。


 サングラスとマスクを取ろうとすると、剣は避けて階段を上っていく。


 剣を追いかける。


 僕の部屋のドアが閉まりそうになったから手を差し込む。


 必死に開けようとしても、剣の力が強すぎてびくともしない。


 それ所か、このままでは押し負けて……。


「いたっ!」


 手が挟まって、思わず悲鳴を上げる。


「ごめんんさい!」


 頭を下げながら謝る剣。


 剣の力が弱まった隙に部屋の中に入る。


 逃げられないように壁際に追い詰めた。


「本当に何もないです。この帽子の下には何もないです。だから、帽子を取ろうとしないでください」


 顔を逸らして体を震わせながらそう言われても、説得力が全くない。


「何にもないなら、早く帽子を脱いで!」

「嫌です! 本当に何でもないので嫌です!」


 問答無用で帽子を取ろうとしても、剣は両手で帽子を押さえてびくともしない。


「剣が作った服を着るから、帽子を脱いで!」


 愛のためならどんな恥辱だって受け入れよう。


「…………嫌です」

「本当にいいの? 今を逃すと2度と着ないよ!」

「…………………」


 剣の固まって動かなくなった。


 帽子を取ると、顔を隠すほどの長かった前髪が眉より少し下の所まで切られていた。


 横と後ろの髪も肩にかかっていない。


 人見知りで顔を隠すために髪を伸ばしていたけど、どうして切ったのか少し気になる。


 それより早く愛の家に行きたい。


 呆然としている剣のサングラスを取る。


 前にプールの時に見た垂れ目で大きな瞳が現れる。


「……恥ずかしいですけど、仕事と恋を頑張ると決めたから逃げません」


 小声で何かを呟いた剣。


「百合中君、わたしの顔どうでしょうか?」


 虚空を見つめながら、引きつった笑顔を浮かべて聞いてきた。


「らぶちゃんとじゅんちゃんほどではないけど、顔が整っていて美人だと思うよ」

「…………はりがとうございます。うれちぃです」


 顔を真っ赤した剣は尻餅をつく。


 ……なんだろう、嗜虐心を刺激されて意地悪をしたくなる。


 照れている剣の頭を触ったらどんな反応するのか見たい。


 ゆっくりと剣の頭に手を伸ばす。


 後少しで触れそうになって、愛の顔が頭に浮かび正気に戻る。


 こんなことをしている場合ではない。


 早く愛の所に行かないと。


 剣の手を握って起き上がらせて、僕達は外に出た。


 愛の家の玄関のドアを開くと、僕ではなく、剣に愛が抱き着く。


「なんで⁉ なんで、ここにスバルがいるの‼ スバル‼ スバルだよ⁉ 本物のスバルだよ‼」

「……わたしは、スバルじゃなくて」

「すごい! すごいよ! スバルだよ! らぶはスバルのこと好きだよ! ドラマの大人っぽくて賢い探偵をしているのを見て大好きになったよ!」

「……わたしはスバルじゃなくて」

「スバル! スバル!」

「…………」


 愛は剣の胸に頬擦りをしてから顔を上げて、穢れが1つもない笑顔を浮かべる。


 剣はその笑顔を見て顔を引きつらせていた。


「どうしたらスバルみたいに大人っぽくなれるの? スバルから見てらぶは大人っぽく見える? アイドルを休むって言っていたけど、今しているドラマは最後までするの?」

「……わたしはスバルじゃなくて、剣です……スバル、昴はわたしの双子の妹です」

「スバルにお姉さんがいたの⁉」


 目を見開いて驚く愛。


「昴に姉がいることは公表してないので、秘密にしてください」

「分かった! 言わないよ! それよりスバルのことを教えてほしい!」

「……最近、昴とはほとんどあってないから話せることがないです。ごめんなさい」


 そう言った剣は悲しそうな表情をして俯いた。

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