138話目 小さな幼馴染号泣

 朝、愛家のリビングに行くと、愛がテレビの前でそわそわしながら小さく足ふみをしている。


 普段なら、琴絵さんの朝食の手伝いをしているのにしていない。


 机を拭いている琴絵さんが僕に気づいて話しかけてくる。


「おはよう、幸君。今日も寒いわね。未来のお嫁さんになるらぶちゃんを抱きしめて暖をとるといいわ」

「らぶちゃん、何かあったんですか?」

「ママは無視されて悲しいわ。何かって、何かしら? ママから見てらぶちゃんはいつも通り元気よ」


 琴絵さんの言う通り愛の体調が悪そうに見えない。


「毎日、朝食の準備手伝っているのに今日は珍しいですね」

「それはね、今日の朝にアイドルの」

「ママ静かに! 今から、スバルが大事なお話するから静かに!」


 愛は大きな声を出して琴絵さんの言葉を遮る。


 琴絵さんは「テレビを見ていれば分かるわよ」と言い残して、キッチンに戻る。


 瞬きをしていないと思うほど目を見開いてテレビに集中している。


 愛の隣に立ってテレビを見るけど、ニュース番組が流れているだけ。



『今日はゲストがいます。恋に恋するだけでは物足りないの曲がオリコンシングルランキング1位。CMにもたくさん出て、今波に乗っているアイドルのスバルさんです。歌ってくれるのはもちろんこの曲、恋に恋するだけでは物足りない』



 司会者がそう言うと、スバルが現れてスタジオの真ん中で歌い始める。


 この曲、前にCMで聞いたことがあるな。


 愛は軽いステップと左手を動かしているスバルの動きにワンテンポ遅れて真似している。


 曲が終わると、愛は力なく倒れたから支える。


 ゆっくりと地面に愛を下ろしていると、スバルは重大発表があると口にする。


 勢いよく立ち上がった愛はテレビに顔を引っ付ける。


「愛ちゃん、テレビを近くで見過ぎると目に悪いわよ!」


「……」


 琴絵さんの声はテレビに集中にしている愛に届いていない。



『ボクの相方で、同じグループのナイト・スカイに所属しているツキちゃんは重い病気でアイドルを続けることができないのでやめることになりました。ボクもしばらくの間アイドル活動を休止します』



「なんで⁉ どうして⁉ どうしてなの⁉」


 飛び起きた愛はテレビを揺らし始める。


 テレビが落ちないように押さえる。



『今までツキちゃんとボク、そして2人組アイドルユニットのナイト・スカイを応援頂きありがとうございました。今後のボクの活動は落ち着きましたら報告させてもらいます』



 頭を深々と下げるスバルがドアップで映り、数秒してCMに変わった。


「こうぢゃん‼ こうぢゃん‼ スバルが‼ スバルが‼ アイドルやめぢゃう‼」


 愛が大泣きしながら抱き着いてくる。


「スバルは休止するって言っていたから、アイドルをやめてないよ」

「スバルの踊り、またテレビで見られる?」

「うん。らぶちゃんが信じていれば大丈夫だよ」

「らぶ、スバルが早くアイドルに戻ってこられるようにずっと信じるよ!」


 テレビの方に向いて両手を合わせながら目を瞑る愛。


「らぶちゃん、朝食できたから席に座ってね」

「……」

「早く食べないと遅刻するわよ!」

「……」


 琴絵さんが話しかけても、愛は全く反応しない。


「反応しないと、口にキスするわ」


 琴絵さんは愛の隣まで行き、愛の唇に自分の唇を近づけていく。


 親子同士の禁断のキス。


 それはそれでありな気が……しない。


 愛がキスをするのは純だけで、例外は認めない。


 愛と琴絵さんの間に手を差し込む。


 琴絵さんの柔らかくて生暖かい唇が手の甲に当たった。




「じゅんちゃん! 早く起きないと学校に遅れるよ! おき……て、じゅ…………」


 純の部屋に入ると、愛は純の上に乗って体を揺すっていたけど少しして眠り始めた。


「やめて。本当に無理だからやめて。やめて、鳳凰院さん」


 純が苦しそうに寝言を口にした。


 少し強めに体を揺すると、目を開けた純と視線が合う。


「うなされていたけど大丈夫?」

「……大丈夫」


 青ざめた顔で言われても、説得力がなくて心配してしまう。


「鳳凰院さんに嫌なことされたの?」

「……昨日、鳳凰院さんにメイドが着るようなフリフリな可愛い服を着せられた。鳳凰院さんの家でいた全員にメイド姿を見らえた」


 顔は青白いのに耳はまっかにしている純。


「……こうちゃんは、私のメイド服姿見たい?」


 純は可愛い服を着ることに恥ずかしさを感じているから、無理強いはしたくない。


 でも、メイド服を着た純を愛に襲ってほしいと思うのも事実。


「見たいけど、じゅんちゃんが着たくないなら着なくていいよ」


 悩んで出した結果は中途半端な答えで情けない。


「……こうちゃんが、見たいなら頑張る」

「ありがとう、じゅんちゃん」


 純は起き上がろうとして、背中に乗っている愛に気づきのけてほしいと視線で送ってきた。


 愛を抱きかかえると、目を覚ました。


 ポケットからスマホを取り出した愛は画面を見てから慌て始める。


「こうちゃん! じゅんちゃん! 今、8時10分! 8時10分だよ! 急いで学校に行かないといけないよ!」


 純が被っている毛布を勢いよく剥がした愛は、純のパジャマのチャックを素早く下した。


 布面積が少なめのピンク色のパンツが見えた。


 僕と愛を交互に見た純は大きく飛び跳ねて、愛は僕の方に飛んできたから受け止める。


「先に下で待っているよ」


 愛を片手で抱きかかえて、ドアに手を伸ばしていると。


「この下着は鳳凰院がくれたもので、私は買ってない」


 弱々しい純は呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る