137話目 退部届

 昨日、家に帰って剣に何度かランイ電話をしたけど、全て無視された。


 剣の家に朝向かってけど、出てくる気配もない。


 こうなったら、剣のクラスの教室の前で待ち伏せするしかない。


 3年1組の教室の前で、あくびをしながら立っている。


 ……愛と純に会いたいな。


 朝、愛と純の顔を見ないとやる気も出ないし、寂しい気持ちにもなって帰りたい。


 でも、昨日愛におばけ騒ぎを早く解決すると約束したから踏みとどまる。


 ポケットからスマホを取り出す。


 愛と純にランイで今日迎えにいけないと送っている。


 愛は6時ぐらい、純は7時ぐらいに起きる。


 今は5時だから、1、2時間後ぐらいに返事がくるな。


 スマホで百合漫画を見ながら時間を潰す。



『分かったよ! らぶも早めに学校に行くよ!』



 しばらくして、愛からランイがきた。


「楽しみに学校で待っているよ」


 すぐに返信すると、『やったー!』と画面に表示される。


 7時を過ぎると、画面に純の名前が表示されたのでタップする。



『おう。早めに学校行く』



 もうすぐ愛と純に会えると思ったら、やる気が出て、寂しい気持ちが吹っ飛ぶ。


 生徒が登校してきて、愛と純が顔を見せにきて、チャイムが鳴っても剣は登校してこない。


 先生がきて、早く教室に行くように言われる。


 剣が今日休みか聞くと、違うと教えてくれた。


 この場所から離れながら、剣のスマホに電話する。


 階段の方から音楽が鳴る。


 走ってそこに行くと、階段を下りている剣の後ろ姿が見えた。


 追いかける前に、剣の姿を見失う。


 適当に学校の中を探してみても見つからない。


 マナーモードにされていると思いながら、剣のスマホにかける。


 近くからさっき聞いた音楽がした。


 そこに向かって全力疾走して剣の後姿はあったけど、すぐに見失う。


 それを何度か繰り返していると、生活指導の先生に見つかる。


 逃げながら適当な教室に入りたいけど、空き教室は鍵がかかっている。


 調理実習室が目に入る。


 ここも他の空き教室と一緒で、授業と部活以外は鍵がしまっている。


 試しに開けてみると、中に入れた。


 生活指導の先生が通り過ぎたことを確認して、外に出ようとしてやめる。


 近くの椅子に座って、剣を捕まえる作戦を考える。


 考えると言っても、純に頼る案しか浮かばない。


 窓側の机の上に置かれているひらひらした服が目に入る。


 前に剣が作っていたゴスロリの服が完成している。


 この服を人質にして、剣を呼び出すことはできそうだけど気乗りしない。


 他の方法が浮かびすぐに実行する。


「今、家庭科室で剣の服を着ているよ。今の僕の姿を写真で撮ろうとしたけど難しかったから剣にお願いしていい?」


 剣にランイを送って3秒後、ドアが勢いよく開き剣が教室に入ってきた。


 長い髪が左右に割れていたけど、ゆっくりと元の位置に戻る。


「百合中君のゴスロリ姿はどこですか⁉」


 いつもよりトーンが高い剣の声が響く。


「何で百合中君はゴスロリの服を着てないんですか⁉」


 質問に答えずに、剣に抱き着く。


 払いのけられそうになるからしがみついていると、動きが止まる。


「どうして剣は家庭科部の勧誘をしているの?」


「……1年生が家庭科部に入ったら百合中君が部活を続けてもらえると思ったからです」

「部員が入っても僕は家庭科部をやめるよ。剣がいなくなるなら続ける意味がない」

「そんなことないです! 意味がないわけないです! わたしは百合中君に家庭科部を続けてほしいです!」


 剣は僕を振り払って部屋を出て行く。


 追いかけても捕まえる自信がない。



★★★



 職員室で借りた鍵を使って、調理実習室に入る。


 名前と退部理由を書いた退部届の写真と、今から調理実習室にこなかったら退部届を出しに行くと剣にランイする。


 下校する生徒を眺めていると、剣はおずおずと教室に入ってくる。


「僕は剣との家庭科部の活動は楽しかった。剣も僕と同じ気持ちだから、家庭科部がなくなってほしくないんだよね?」


 剣は大きく頷いてから、退部届が置かれている机の前に行く。


「はい。楽しかったです。辛いことや考えないといけないことを忘れてしまえるぐらい、毎日が幸せでした」


 退部届を破り捨てる剣。


「家庭科部がなくなったら、わたしの心の中にある百合中君の思い出がいつか消えてしまいそうで怖いです。わたしが部活するように言っても意味がないと知っています。退部届を破っても意味がないと知ってします」


 握る力が強いのか、剣の拳の中にある紙がくしゃと音を立てた。


「それでも、わたしは百合中君に部活をやめてほしくないです!」


 叫びながら剣は僕の目の前まできた。


「初めての部活動で作ったものを覚えている?」

「はい。覚えています。ホットケーキを作りました」

「家庭科部にいるから、剣は料理ができると思っていた。でも、完成したものは卵の殻入りのどろどろした生臭いスープ」

「あの頃のわたしは1暮らしなのに、料理をしたことがなくて夕食はスーパーの総菜がほとんどでした。でも、料理ができないことを言えなくて、必死に作って失敗して悲しかったです」

「その後作り直したホットケーキは美味しかったな」

「百合中君に作り方を教えてもらいながら作ったので美味しかったです。少しだけ焦げてしまいましたけど」


 まだまだ話したいことがある。


 近くの席に座ると、剣は対面に座った。


 剣とあって間のない頃は、剣の声が小さかったから隣に座るようにしていた。


 あの頃のように、剣の隣に座る。


「剣に初めて何を作りたいか聞いた時に、何て答えたか覚えてる?」

「はい。覚えています。クマのデコ弁です。最初は難しいと思っていました。でも、百合中君の分かりやすい教え方のおかげで、いつの間にかクマ吉さんのおにぎりや周りを彩るおかずが完成していました」

「僕が熊のおにぎりを食べようとしたら、初めて剣に怒られたよ」

「……ごめんなさい。百合中君はその時、わたしにむかつきましたか?」

「むかついてないよ。エプロンを着せられたのは少しだけいらっときたけど」


 苦笑すると、剣は項垂れながらごめんなさいと呟く。


「今話したこと以外でも、剣との思い出はたくさん覚えている。剣が忘れても僕が教えるから大丈夫だよ」

「……これから、百合中君がわたしのこと忘れるかもしれないです」

「絶対に忘れないとは言えない。愛と純のことなら細かなことでも絶対に忘れないけど」

「……」

「そうならないように、剣と僕が部活をやめてもどちらかの家に集まって部活と言うか料理をすればいいよ」

「本当ですか?」


 勢いよく顔を上げた剣が詰め寄ってくる。


「うん。剣の都合さえよければ、いつでもきてくれたらいいよ」

「はい。わたしの……都合はいいです」


 一瞬、間があったけど、気にしなくていいな。


「わたしはもう百合中君に部活を続けてほしいと言いません。もちろん部活の勧誘もしません」


 剣の表情は見えない。


 でも、笑っているとなんとなく分かった。

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