136話目 幼馴染達とおばけ探し②

 おばけを怖がっている愛を学校に連れて行くのは辛い。


 重く感じる愛の家の玄関のドアを開けると、パジャマ姿の愛が飛び込んでくる。


「早く! 早く! 学校に行くよ!」

「らぶちゃんが凄く元気なのは嬉しいけど、どうしてそんなに学校に行きたいの?」

「おばけを捕まえるよ! 小雪ちゃんが放課後おばけに怪我をさせられたから捕まえて謝ってもらうよ!」


 珍しく眉間に皺を寄せて怒っている。


 小雪って漫研部の1年だったよな。


「大事な後輩のために、部長は頑張るよ!」


 握りしめた拳を天高く上げる愛。


「今すぐ学校に行くよ!」

「朝食を食べて元気を出さないと、おばけを捕まえれないよ」

「たくさん食べて、おばけを絶対に捕まえるよ!」


 早足でリビングに入る愛についていく。


 朝食を食べている愛の隣に座って、少し引っかかることを考える。


 昨日、5人で見回りをしておばけを見つけることはできなかった。


 おばけの目撃者が1番多い靴箱で僕、愛、純がいた。


 1年の教室の前には鳳凰院と角刈り男子がいた。


 それなのに、どうして放課後に漫研部の1年が怪我をした?


 考えても分からないから、学校に行って小雪に直接訊こう。


 食べ終わって制服に着替えた愛と玄関に向かう。


 愛は玄関のドアノブを摑んで動かなくなる。


「らぶはお姉さんだから、おばけなんて怖くない。らぶはお姉さんだから、おばけなんてこわくない」


 呪文のように呟いた愛はゆっくりとドアを開ける。


 おずおずと顔を出して、その顔を左右に動かす。


「おばけ、いなかったよ!」


 ゆっくりとドアを閉めた愛は腕で額の汗を拭って、やり切ったような笑顔を浮かべる。


「これで安心して学校に行けるよ!」


 ドアが勝手に開く。


「おばけ! おばけがきたよ! こうちゃん、助けて!」


 愛が僕の方に向かってくる途中で、何もない所でこけた。


 入ってきた純に驚いて泣く愛の頭を撫でる。


「らぶちゃん、大丈夫?」

「……じゅんちゃん?」

「おう」

「おばけじゃないよ! じゅんちゃんだよ!」


 勢いよく愛が純に抱き着く。


「そろそろ登校しないと遅刻するわよ」


 リビングから顔を出した琴絵さんに言われて、僕達は外に出る。


 外に出てすぐに愛はしゃがみこむ。


「こうちゃん、じゅんちゃん、ぎゅっとして」


 上目遣いで僕達を交互に見た愛が可愛過ぎて、速攻で愛に抱き着く。


 純は耳を赤くしながら愛に抱き着く。


「こうちゃんもじゅんちゃんも温かくて気持ちいいよ! すっごく安心する!」


 かわええ。可愛過ぎて一生このままでいたい。


「3人で抱き合ったまま学校に行こうか?」

「らぶもこのまま行きたいよ!」

「じゅんちゃんもこのまま学校に行くのでいい?」

「……おう」


 少し歩き辛いけど、そんなことがどうでもいいぐらい幸せ。



★★★



 昼休み、僕達は手を繋いで1年の教室に向かった。


 昨日怪我をした小雪を探す。


 1年1組の教室に入る小雪を見つけた。


「小雪ちゃん怪我大丈夫? 痛い所があったらすぐに部長のらぶに言ってね!」


 愛は小雪の所に行って話しかける。


「部長、ありがとうございます。百合中先輩も小泉先輩もきてくれてありがとうございます」

「部長がきている。 ……王子様もきていらっしゃったんですね。よかったら握手してもらっていいですか?」


 教室から出てきた女子が純に手を差し出す。


 愛のことを部長と呼んでいるから、漫研部だと思うけど名前を覚えていない。


 純が女子の手を軽く握ると、女子は発狂して倒れる。


 その声を聞きつけた保健室の先生が女子を連れて行った。


 小雪の方に顔を向ける。


「昨日のおばけのことを詳しく教えてもらっていい?」

「いいですよ。昨日は用事があったので授業を終わってすぐに靴箱に行くと、顔が見えないおばけがいました。呪文のようなことを言っているのが怖くて、逃げようとしたらこけてしまいました。起き上がって周りを見ると、顔が見えないおばけはいませんでした」

「呪文を少しでも聞き取れなかった?」

「……入ってと言っていた気がします」


 入ってだけでは何の手がかりにもならないな。


「おばけは本当にいたんだよ! 怖いよ! じゅんちゃん、ぎゅっとして! たくさん、たくさんぎゅっとして! じゅんちゃんに包まれると安心できるからぎゅっとして!」


 純の体にしがみついた愛は純の胸に顔を押しつけて左右に動かす。


「ら、ぶ、ちゃん、くす、ぐっ、あんっ、たい、から、あんっ、やめ」

「じゅんちゃん! じゅんちゃん! じゅんちゃん!」

「あんっ! こうち、ゃん、こっち、見ない、で」


 愛と純に見惚れていたけど、周りの男子の視線が2人に注がれていることに気づく。


 尊い百合をお前らの視線で汚すな。


 そんな気持ちを込めて睨む。


 男子達は愛と純から視線を逸らそうとしない。


「こう、ちゃ、ん」


 純は喘ぎながら、僕の名前を呼んで手を伸ばしてきた。


 愛にもっともみくちゃにされる純を見たいけど、純から愛を引き離す。


 愛はすぐに僕の手を握る。


 それから、小雪以外の1年に話しかける。


 昨日、誰もお化けを見ていないと言われた。


 まだ時間はあるから他の場所でも情報を集めよう。


 靴箱の近くにいる数人の生徒に訊いても、目ぼしい情報は手に入らない。


 おばけが目撃されている屋上に向かう。


 屋上に着くと、愛は僕から手を離さないまま座る。


 愛を挟んで僕と純も座る。


 眠たそうに前後に揺れている愛と空を見上げる純を見ながら、今後の対策を考える。


 おばけが出た場所は、3日前は1年の教室付近、2日前は靴箱付近、昨日は放課後になってすぐの靴箱付近。


 2日前はどうして1年の教室付近でおばけが出なくなった。


 昨日の放課後はどうして放課後になってすぐの靴箱付近にしかおばけは出なかった。


 ……僕達がいたから、おばけが出てこれなかった。


 今日は隠れておばけを待つことにしよう。


 1年の廊下の端に愛と純に隠れてもらって、靴箱の近くに僕が隠れたらいいな。



★★★



 愛の発案でじゃんけんに勝った人が1人で隠れることになった。


 勝った純は靴箱の近くに隠れて、負けた僕と愛は1年の廊下の端に隠れている。


 純のことが気になって、そっちばかり見てしまう。


 隣にいる愛が小さく足ふみをしていることに気づく。


「らぶちゃん大丈夫?」

「だ、ひ、じょお、ふ」


 声が震え過ぎて何を言っているのか分からない。


 でも、愛が大丈夫でなさそうなのは伝わってくる。


 保健室に連れて行く前にもう1度体調を聞くと、「おっしこに行きたいじゃないよ」と答えた。


 尿意を我慢していただけと知り安心する……。


 って、安心している場合ではない。


 このままでは愛が恥を掻いてしまう。


 愛を抱えようとすると避けられる。


「おば、けをつかま、える、までは、ここ、にいる、よ」


 ゆっくりと床に座ってぷるぷると震え始めた。


 今度は避けられずに、愛を抱えることができた。


 限界が近いからそんな余裕がないのだろう。


 女子トイレの前で愛を下ろす。


「ここで待っているから行っておいで」

「……わかった」


 愛はそう呟いて、ゆっくりと女子トイレの中に入る。


 ドアが閉まる音がした。


「こうちゃん、いる?」

「いるよ」

「……こうちゃん、いる?」

「いるよ」


 トイレの中から聞こえてくる愛に返事していると、こっちに向かって剣が走ってくる。


「こうちゃん! おばけがこうちゃんの方に行った!」


 剣の後ろから純の声が聞こえてきた。


 今僕の方に向かってきているのは剣だけ。


 両手を広げて通路を塞いで待つ。


 剣は走るスピードを上げて、僕の手の下を滑り込む。


 対処できなくて逃げられた。


 後を追っても、僕と剣の距離が開いていく。


 階段を上っている途中で限界がきて立ち止まる。


 純が隣を走り過ぎていく。


 息を整えていると、剣がやってきたから抱き着く。


 大人しくなる剣。


 純が戻ってきた。


「らぶちゃんの所に行ってもらっていい? 1年のトイレにいるから」

「おう。分かった」


 純は階段を何段も飛ばして下りていく。


「剣はどうしてこんなことをしているの?」


 俯いている剣は少し顔を上げる。


「…………家庭科部の勧誘をしています」

「らぶちゃんが怖がっているから勧誘をやめてほしい」

「やめたくないです」


 はっきりと剣はそう言って、僕の体を払いのけて階段を下りていく。


 剣を追いかけて靴箱まで行く。


 愛が突進してきた。


「こうちゃん‼ おばけに食べられなくてよかったよ‼ 本当によかったよ‼」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしていたから、ハンカチで愛の顔を拭う。


 近くにいる純に剣を追いかけてほしいと言おうとしてやめる。


 外で純が剣を追いかけている途中で事故に遭うことを心配したから。


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