134話目 幼馴染達の早退後、おばけ探し

 昼休みが終わっても、愛は僕と純に抱き着いたまま。


 純に頼んで愛と一緒に早退してもらった。


 早くおばけの正体を見つけないと、愛が安心して学校生活を送れないから残る。


 一緒に帰りたかったな。


 放課後、鞄からスマホを取り出す。


 今日も剣から部活を休むと、ランイがきている。


 2日前から休んでいるから何か用事があるのだろう。


 休み時間、2,3年の教室に行っておばけの情報を集めようとしたけど、目撃者は0人だった。


 1年の教室に行こう。


「部活がないから、一緒に帰らない?」


 教室を出ようとしている所で、恋が声をかけてきた。


「今からやることがあるから一緒に帰れない」

「あたしに手伝えることはある?」

「あるよ。今から1年の教室に行くからついてきてもらっていい?」

「うん。いいよ」


 僕達は教室を出て、1年の教室に向かう。


「1年の教室に行くのって、おばけの噂が関係しているのかな?」

「そうだよ。漫研部の1年から聞いた?」

「うん。昨日、漫研部でグループランイをしていた時に、小雪ちゃんが自分の友達がおばけを見たと言ってたから」

「具体的なおばけの見た目や何をしてくるのか聞いている?」

「小雪ちゃんの友達は恐怖で何も覚えてないんだって」


 少し懐かしさを感じる1年の教室前に着く。


 僕達の方に歩いてくる女子に話しかける。


「今いいかな?」


 一瞬警戒したような表情をした。


 でも、僕の顔をよく見た女子は笑みを浮かべる。


「いいですよ。王子様の幼馴染の百合中さんに話しかけられて嬉しいです。百合中さんと話したい友達が多いので、呼んできていいですか?」


 情報は多い方がいい。


 頷くと、女子は教室に入って数人の女子を連れてきた。



『寒気がして後ろを振り返ると髪の長い女性がいて何かを呟いている。逃げると追いかけてくるけど外までは追いかけてこない』



 聞いた話をまとめるとこんな感じ。


 他の1年も口を揃えて同じことを言った。


 本当におばけがいるなら愛、純のためにおばけを祓わないといけない。


 下校時間になるまで、学校に残ろう。


 そのことを、恋に伝えると一緒に残ると言われた。


 喋って喉が渇いたから、食堂の自動販売機で僕はお茶、恋は紅茶を買って戻る。


 2人で窓際の壁に凭れる。


「百合中君のおかげで連載する漫画完成したよ」

「ヒロインが妹と姉が大好きな主人公に恋をする話のだよね?」

「うん。百合中君に相談して、分からなかった主人公の気持ちがなんとなく分かったから描けたよ。ありがとう」

「感謝されるほどのことは言ってないよ」

「そんなことない。百合中君がいなかったら完成することができなかった。来月のリリで載るから発売したら百合中君に渡していい?」

「らぶちゃんに渡してくれたら一緒に読むよ」

「そうするね」


 人1人分、恋は僕から離れる。


「……百合中君はキスしたことある?」

「ないよ。子どもの頃にらぶちゃんやじゅんちゃんに頬にチュウをされたことはあるけど」

「……あたしも百合中君に頬チュウしたいなって、急に変なこと言ってごめんね」

「したいならしてもいいよ」


 女子にキスをされるのは、別に嫌ではないからそう答えた。


 その瞬間、顔を真っ赤にした恋は尻餅をつき、その勢いで眼鏡が前に飛ぶ。


 落ちている眼鏡を拾って差し出す。


「違う! 違うから! あたしは幸君じゃなくて、百合中君に頬チュウをしたいと思ってないから! 違うからね!」


 恋は眼鏡を受け取らずに、1歩後ろに下がり叫んだ。


「それに、キスのことを質問したのは、少女漫画でキスシーンを描くための参考にしたかったからだよ! だからね、だから!」

「誤解してないから大丈夫だよ」

「……本当?」

「うん。本当だよ」


 おずおずと近づいてきた恋は僕から眼鏡を受け取り装着。


 恋は僕から人2人分離れて、教室の方を呆然と見ている。


 外を眺めていると、下校時間を知らせるチャイムが鳴る。


 廊下には誰もいなくて、教室にも誰もいない。


 誰かに見られている気配がして隣を見る。


 恋が前を向いている。


 他には不審なものはない。


 視線を戻すとすぐに見られている感覚がして、顔を横に向けると恋と視線が合う。


 恋はすぐに視線を逸らす。


「どうかした?」

「どうもしてないよ。あのね、あの……あたしもキスをしたことがないから、キスシーンをどう描けばいいか分からないの。……だから、描けるように手伝ってもらっていい?」

「僕に手伝ってもらうより、誰かの漫画を参考にする方がいいよ」

「好きな漫画をいくつか参考にして描いたけど、納得のできるものが描けなかったの。だから、どうしても百合中君の力を借りたい!」


 力強い恋の言葉に思わず頷く。


「キス顔を見たら、キスシーンも描けそうだから目を瞑って唇を少し尖らせてもらっていいかな?」

「いいけど、こんな感じでいい?」


 指示された通りにする。


「いいよ! すごくいい! そのままでいてね! 頭の中でスケッチするから」


 体感で数分経った後、顔に微風が当たり、ミントの匂いがしてきた。


 気になって目を開けようとしていると、恋の叫び声が大音量で聞こえて耳が痛い。


 目を開けると、恋がしゃがみ込んで靴箱の方を指差しながら、「おばけがいた」と口にした。


 その方向に走る。


 校門近くのライトに照らされる剣が見えた。


 部活をしてないはずなのにこんな遅くまで何をしてたんだろう。


 今はそれよりもおばけを探そう。



★★★



 昨日、おばけ? が屋上に出たから、今日は教室で昼食を食べる。


 弁当の蓋を開いていると、暑苦しい角刈り頭の男子が部屋に入ってくる。


「矢追たんと手を繋いで飯食うなんて、うらやましいじゃなくて、矢追たんが食べにくいだろ! 今すぐ離せ!」

「駄目だよ! こうちゃんと手を繋いでないと怖くないけど、手を繋ぎたいよ!」


 無理矢理僕の手を引っ張ろうとする角刈り男子に向かって、愛が大きな声を出す。


 角刈り男子は膝から崩れ落ちて顔が青ざめる。


「ごめん」

「一緒にお弁当食べよう! みんなで食べた方が美味しいよ!」


 部屋から出て行こうとする角刈り男子に、愛がそう言った。


 角刈り男子は愛に感謝してから、愛の前の空いている席に座る。


 昨日と同じで両手が塞がっている愛に弁当を食べさせていると、鳳凰院がやってきた。


「王子様と手を繋いで食事をするなんて、私もしたいですわ……食事中に手を繋ぐのは行儀が悪いので離した方がいいですの」


 純が鳳凰院の方を見る。


「……何でもないですの」


 そう言って、部屋を出て行こうする鳳凰院に愛が角刈り男子にかけた同じ台詞を言った。


 鳳凰院は純の前の席に行くと、座っていた男子が鳳凰院に席を譲る。


 僕と純が交互に愛に食べさせることを再開。


「俺も矢追たんに食べさせたい」

「駄目だよ!」


 角刈り男子が意味不明なことを言い出したからすぐに拒否。


「何で駄目なんだよ! 別にいいだろ!」

「いいよ! あーん!」


 角刈り男子に向かって口を開ける愛。


 おずおずと角刈り男子が卵焼きを口に入れると、愛は顔を真っ青にする。


 角刈り男子の胸倉を掴む。


「卵焼きに何を入れた? 早く言え!」

「変なものは入れてない」

「もしかして、この卵焼きに砂糖入っているか?」

「俺は甘い卵焼きが好きだから大量に入ってる。それが何の関係があるんだよ」


 愛が涙目になって、今にも吐きそうになっている。


 角刈り男子と話している場合ではない。


 愛を抱えて女子トイレに行く。


 女子トイレに入ることはできない。


 廊下で待っていると愛に言っても、僕の服を摑んで動こうとしない。


 困っていると、純がきてくれたから愛のことを任せる。


 トイレから出てきた2人と教室に戻る。


 教室の出入口に角刈り男子がいて、愛に向かって土下座をした。


「俺のせいで矢追たんに嫌な思いをさせてごめん。ごめんなさい。謝って許されることじゃないって分かっているけど許してほしい。何でもするから」


 愛は僕達から手を離して、角刈り男子の肩を触る。


「らぶは大丈夫だよ! お弁当食べよう!」

「矢追たん、優し過ぎる。天使過ぎる」


 吐いたことでお腹を空かせて愛は残りの弁当を食べても満足しなかった。


 愛は何度も僕の適当に作った弁当を見てくる。


「らぶちゃん、僕の弁当食べる?」

「いいの! ありがとう、こうちゃん!」


 青汁をふりかけたご飯を愛に食べさせる。


「こうちゃん⁉ すごく美味しいよ‼ あーん‼」


 弁当が空になるまで、愛の大きな口に入れ続けた。


「最近、坂上高校におばけが出るって噂されていますが知っていますの?」


 食事が終わり愛の顔をハンカチで拭いていると、鳳凰院が聞いてきた。


 おばけと言う単語に反応して、僕の手を握る愛の力が強くなる。


「俺も柔道部の後輩から聞いた。1年の教室に昼休みと放課後に髪の長い女のおばけが出るんだろ」

「そうですわ。王子様ファンクラブに入っている1年生も、昨日そのおばけを見た人がいますの。すごく怯えてながらわたくしの所に助けを求めてきましたわ。なので、今日放課後1年生の教室に行っておばけの正体を突き止めようと思いますわ」

「俺がらぶちゃんのために誰よりも先におばけを捕まえてやる!」


 立ち上がった角刈り男子は鳳凰院の所に行き睨みつける。


 いつもの鳳凰院だったら泣き出しそうなのに、笑みを浮かべた。


「絶対にあなたより、わたくしの方が先におばけを捕まえますわ!」


 鳳凰院はそう力強く言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る