133話目 小さな幼馴染の仮病

 朝、愛の家の玄関を開けても、いつものように愛は抱き着きこない。


 リビングに入ると、琴絵さんに愛を起こしてくるように言われた。


 愛の部屋に行きドアをノックするけど返事がない。


 まだ、寝ているんだな。


 ドアを開けようとしたけど、鍵がかかって開かない。


「らぶちゃん、朝だよ。学校に行くよ」

「……こうちゃん?」

「そうだよ」


 愛の足音が近づいてきて、鍵の開く音がした。


「ゴホッゴホッゴホッ。らぶは頭がいたいから学校休むね。ゴホッゴホッ」


 わざとらしく咳をする愛はどう見ても仮病に見える。


 年のために額で熱を測ったが体温は高くなくて、ひんやりしていて気持ちがいい。


 学校大好きな愛がどうして仮病を使っているのか分からない。


 でも、愛が学校休みたいなら協力する。


「じゅんちゃんと琴絵さんと学校の先生には僕から伝えるから、らぶちゃんはゆっくりと体を休ませてね」


 部屋から出ようとしていると、愛に手を摑まれる。


「もう少しだけいてほしいよ」


 瞳を潤ませながら、僕を見る愛が可愛い。


 気づけば頭を撫でていた。


 愛は嫌がる所か気持ちよさそうに目を細めて、僕に擦り寄ってくる。


 ぐはっ! 可愛過ぎて血を吐きそう。


 学校に行かずにここにいたいけど、純が待っている。


 純を迎えに行ってから、ここに戻ってこよう。


 そうすれば、登校時間ぎりぎりまで愛と一緒にいられる。


「じゅんちゃんを迎えって行って戻ってくるよ」

「すぐに戻ってきてね」


 愛は手を放そうとしない。


「こうちゃんは1年の教室におばけが出るのを知ってる?」


 剣がおばけだと勘違いされていたのは、僕のクラスだけの話。


 だから、1年の教室に出たおばけと剣は関係ないだろう。


「聞いたことがない」

「火曜におばけを見た1年生が何人かいて、水曜にはたくさんの1年生が見たんだって。漫研部の1年生が昨日ランイで教えてくれたよ」


 愛が学校に行きたくない理由はそれだな。


 早く噂の正体を暴いて、愛が学校に行けるようにしないと。


「らぶはおばおばけなんて、怖くないよ。らぶが学校を休むのはお腹が……頭が痛いからだよ。本当の本当だよ」


 焦りながら嘘を吐いている愛の表情も可愛い。


 頭を撫で続けていると、愛は寝た。


 純の家に向かう。


 純の部屋に入り、愛がいないことを聞かれたから事情を話した。


「私もこうちゃんと一緒におばけを探す」

「僕だけで大丈夫だよ」

「2人で探した方が早い」

「危険なことがあるかもしれないから駄目だよ」

「こうちゃんにも危険があるかもしれない。こうちゃんが怪我をしたら絶対に後悔する」

「……分かった。お願いするよ」


 純の本当に心配している気持ちが伝わり、断ることができなかった。


「らぶは風邪だから休むの! ゴホッゴホッゴホッ! 咳がたくさん出るから休むの!」

「わざとらしく咳をしても休ませないわよ!」


 純と外に出ると、琴絵さんが愛を引っ張ってこちらに向かってきている。


 琴絵さんと視線が合う。


「幸君、じゅんちゃん、おはよう。らぶちゃんを学校に連れて行ってもらっていいかしら?」

「らぶちゃんが珍しく学校を休みたいって言っているので、本当に体調が悪いと思いますよ。休ませてあげることはできないですか?」

「らぶちゃんが体調がいいか悪いかはすぐに分かるわ。今日は絶対に体調がいいわよ」


 誰よりも先に、愛が体調を崩したことに気づく琴絵さんの言葉には説得力がある。


「それに、今日はパパが珍しく平日に休みになったから、イチャイチャしたいのよ。らぶちゃんが家にいたらパパがママに甘えてくるのを遠慮するから、らぶちゃんは絶対に学校に行ってね」


 やっぱり説得力ないな。



★★★



 昼休みに愛を真中に挟んで手を繋いで屋上に座る。


 休み時間になる度に、純と手を繋いだ愛が教室にやってきて引っ付いてくる。


 周りの生徒が見てくるが全く気にならない。


 今も続いている幸せを噛みしめていると隣から、『グ~~~~~~~』と腹が鳴る音が聞こえきた。


 両手が塞がっている愛の代わりに、弁当を食べさせる。


 純が僕を見ていることに気づく。


「じゅんちゃんも、らぶちゃんにご飯食べさせる?」

「……おう」


 純は愛の弁当に入っているウィンナーを食べさせる。


 それから、僕と純で交互に食べさせた。


「寒いのにどうして屋上で食べようと言い出したの?」

「わたしのクラスの1年2組っていうか、1年生教室全部におばけが出たらしいから教室にいたくない」

「今週インフルエンザで学校を休んでいたから知らなかったけど、それって本当なの?」

「見たって人がたくさんいるらしいよ。放課後に見た人もいるし、休み時間に見た人もいるらしいよ」


 食べ終わった弁当を片づけていると、女子2人が話をしながら屋上に入ってきた。


「……ぎゅっとして」


 2人の声が聞こえたのか、愛は震えながら上目遣いで純にそう言った。


 純は片手で愛を自分の方によせて抱きしめる。


 興奮しながらその光景を見る。


 って、そんなことをしている場合ではない。


 愛の震えを止めないと。


「だるまさんが転んだをしようか?」

「やるよ! らぶが鬼だよ!」


 元気よく立ち上がった愛は出入口の近くの壁に向かう。


 遊べば愛の気が逸れると思って提案してよかったな。


 近くで「おばけ」と叫び声が聞こえてきた。


 そちらを見ると、女子2人が出入口の方を指さして震えている。


 愛は走って僕の胸に飛び込む。


 出入口をみると、誰もいない。

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