132話目 大きな幼馴染のための玉座

 玄関のドアを開けると、剣が立っている。


「家庭科部をやめないでください」

「部活を続ける気はないよ」


 昨日の剣の態度からして、立ち止まって話し合いをしても解決しないだろう。


 愛の家に向かう。


 愛の家のドアを開けると、愛が飛び込んできて僕の隣にいる剣の胸に抱き着く。


「こうちゃん、おはよう! こうちゃんじゃない⁉ おばけ⁉ こうちゃんがおばけになったよ‼」


 驚いた愛は両手を上げて後ろに倒れそうになったから、急いで支える。


「らぶちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ! こうちゃんありがとう! 大好きだよ!」


 愛はぎゅっと僕を抱きしめてから、剣の所に行く。


「剣、怖がってごめんよ! おはよう!」

「……おはようございます。気にしてないです」

「よかった! 剣も一緒に朝食食べよう!」


 剣の手を摑んだ愛はリビングに入る。


 リビングに入ると、愛の母こと矢追琴絵さんが剣の前に立つ。


「剣ちゃんは幸君のことが好きなの?」

「…………」

「幸君は愛ちゃんと結婚するから駄目よ」

「…………」

「早くママの美味しい朝食が食べたいな」

「分かったわ。パパのためにすぐに美味しいのを作るわね」


 椅子に座っている愛の父こと矢追利一がそう言うと、琴絵さんは笑みを浮かべながらキッチンに向かう。


 剣の方に視線を向けると、項垂れていた。


 食事が始まり、僕の隣に座っている愛がソファに座っている剣を指さす。


「剣はおばけじゃなくて、剣だよ! ママもパパも間違えて怖がったら駄目だよ!」

「分かっているわ。あそこにいるのは剣っていう女子ね。愛ちゃんの敵になるかもしれない女子ね」


 純真な笑みを浮かべる愛と邪悪な笑みを浮かべる琴絵さん。


「幸君は剣ちゃんのことどう思っているの?」


 琴絵さんが凝視してきた。


「一緒にいて楽しいですよ」

「剣ちゃんのこと好きなの?」

「好きですよ。嫌いだったら2年間も部活を一緒にしません」


 剣は勢いよく立ち上がって、すぐに座る。


「愛ちゃんと剣ちゃんだったらどっちの方が好き?」

「もちろん、らぶちゃんですよ。らぶちゃんとじゅんちゃん以上に好きな人はいないです」

「愛ちゃんと幸君の結婚式はいつにしようかしら」


 琴絵さんは満面の笑みを浮かべる。


「結婚しないですよ」

「その理由は幸君が愛ちゃんのことを家族としか見れなくて、幸君が百合しか愛せないからよね」


 前半に対しては大きく頷ける。


 後半に対しては頷きたくない。


 僕の百合好きが周りの人間に知れ渡っているとしても恥ずかしい。


「幸君の考えは分かったわ。でもね、幸君達が結婚すれば、愛ちゃんと純ちゃんの夫婦の営みが見られるかもしれないわよ。海外なら一夫多妻でも大丈夫な所があるからそこに移住しましょう」


 愛と純の夫婦の営み……妄想して生唾を飲む。


 見たいけど……僕が答えることは変わらない。


「僕にらぶちゃんと結婚するつもりはないし、らぶちゃんも僕と結婚するつもりはないよね?」

「こうちゃんの言う通りだよ! 家族は結婚できないから、らぶとこうちゃんは結婚できないよ!」


 僕達の言葉に琴絵さんは溜息を吐く。



★★★



 昼休みになった瞬間、隣の席の女子が甲高い声で叫ぶ。


 その声に驚きつつ、視線をそっちに向けると剣がいた。


 クラスメイト全員が悲鳴を上げながら教室から出る。


「部活をやめないでください。部活をやめないでください。部活をやめないでください」


 剣のその呟きで、廊下にいるクラスメイトは震え始めた。


 愛が純を引っ張りながら教室に入ってきて、僕の手を握る。


「こうちゃん‼ こうちゃん‼ こうちゃん⁉」


 大きな瞳を更に見開く愛。


「どうしたの?」

「こうちゃん‼ 怖い‼ 怖い⁉」


 両手で愛の手を包む。


「らぶちゃん、ゆっくり息を吐いてから吸って」

「ハ――――――ス――――――ハ――――――ス――――――」

「どうしたの?」

「ここに本物のおばけが出たってたくさんの人から聞いたよ! こうちゃんは呪われてない?」


 休み時間を知らせるチャイムが鳴り終わるまでに、毎回僕の隣に剣がいる。


 それが噂になっているんだな。


 驚くことはないけど、少し気になることがある。


 剣の教室は上の階。


 どれだけ走っても、チャイムが鳴り終わる前に僕のクラスにくることは不可能。


 なら、どうやって剣はそんな芸当ができているのか?


 聞くほど気になっていることではない。


 愛が怯えていることの方が気になる。


 愛の手を握ったまま屋上に向かう。


 屋上に着き、フェンスの所まで行き腰を下ろす。


 左右に愛と純、勝手についてきた剣は僕の対面に座る。


「部活をやめ」

「こうちゃんはおばけを見たの?」


 剣の声が愛の声にかき消された。


「噂になっているおばけの噂は剣のことだよ」

「剣はおばけじゃないよ! らぶはおばけの話をしてるんだよ!」


 丁寧に噂の真相を愛に話す。


 愛は目を輝かせながら、剣に顔を近づける。


「剣凄いよ! チャイムが鳴り終わってすぐにこうちゃんがいる教室に行けるなんて凄いよ!」


 剣が愛の気迫に押されたのか、座ったまま後退る。


 立ち上がった純は質問攻めしている愛の体を抱える。


「らぶはお姉さんだから抱っこしたら駄目だよ! らぶがじゅんちゃんを抱っこしてあげる」

「おう。ありがとう」


 純が愛の体を下ろす。


「じゅんちゃん! らぶにしっかりと掴まってね! よいっしょ! ハーハ―ハー。よいっしょ! ハーハーハ―」


 愛は息を切らして純を引き摺りながら、純がいた場所に行く。


 純から手を離した愛は急に電池が切れたみたいに倒れてきたから受け止める。


 気持ちよさそうに寝息を立てているから寝かせておこう。


 愛の頭を太腿の上に乗せる。


 剣が色とりどりのおかずが入った弁当を僕の顔の前に持ってくる。


「わたしの弁当を食べてください」

「ハンバーグをもらうね」


 ハートの形の1口サイズのハンバーグを食べる。


「冷えているのに、噛むとすぐに肉汁が出て美味しいよ。ありがとう」

「わたしの料理の腕は上がっていますか?」

「うん。上がっているよ」

「ありがとうございます。料理が上手になれたのは、家庭科部に百合中君が入ってくれたからです。だから、家庭科部をやめないでください」

「やめるよ」


 少し項垂れた剣は顔を上げる。


「百合中君が家庭科部を続けないと大変なことになります」


 意味不明過ぎるからスルーしようとしていると、


「大変なことになるの⁉」


 目を見開いた愛が立ち上がる。


「大変ってどれぐらい大変⁉」


 剣も立ち上がって、空高く手を伸ばす。


「地球が爆発するぐらい大変です! だから、百合中君は部活をやめないでください!」

「大変⁉ 大変だよ⁉ 今すぐみんなに地球から逃げるように言ってくるよ!」


 出入口に向かって走り出す愛の上着を剣が摑む。


「……嘘をつきました……ごめんなさい」

「地球は爆発しないの?」

「……はい」

「よかったよ! 本当によかっ……た…………」


 愛は立ったまま寝た。


 再び愛の頭を僕の太腿に乗せる。


 純が剣の方に顔を向ける。


「こうちゃんに部活をやめさせたくない理由を教えて」

「……」

「大した理由がないなら、これ以上こうちゃんを困らすな」

「…………理由があればいいんですね」


 ぼそりと呟いた剣は屋上から出て行った。



★★★



 調理実習室に行くと、ドアに『部活休みます』と張り紙されていた。


 職員室に鍵を借りに行けば部室には入れる。


 1人で部活をしても特にすることがないから帰ろう。


 校門の近くで、純と鳳凰院と純ファンクラブの女子達が話をしている。


 僕に気づいた純が隣にくる。


「こうちゃん、部活ない?」

「ないよ」

「今から王子様とわたくし達でお茶会をしますが、百合中さんもこられますの?」


 純が鳳凰院の家でどんなふうにしているか気になるから、鳳凰院の誘いを受けた。


 鳳凰院の家に着き、中に入ると、


「おかえりなさいませ、お嬢様。お友達もいらっしゃいませ」


 スーツを着た仕事ができそうな女性が頭を下げる。


「鞄をお預かりしますね」

「ありがとうございますわ」

「今日も美味しいお菓子を準備しています」


 鳳凰院から鞄を預かった女性は奥へと下がる。


 リビングに入ると、真ん中に玉座があって異様さが際立つ。


 玉座の両端には5人が余裕で座れるソファが置かれている。


 女子全員がソファに座った。


 純の隣を座りたい僕は純が座るのを待つけど、一向に座ろうとしない。


「王子様、いつもの席に座らないんですの?」

「……」


 玉座の方に手を向けながら鳳凰院が純に言うと、純の耳が真っ赤になる。


 お誕生日席みたいな場所に座る自分を僕に見られるのが、純は恥ずかしいのだろう。


 女性が大量のマフィンをワゴンに押しながら部屋に入ってくる。


 色からしてマフィンの種類はプレーン、チョコ、抹茶、苺。


 それを見た純は早足で玉座に腰かける。


 純から離れた所しか席が空いてない。


 仕方なくそこに座る。


「今日は左側に座っている王子様から近い人から順番に食べてもらいますわ。最初は由良さんからですの」


 ワゴンからマフィンが乗った皿を持った女子Aは純の前まで行く。


 女子Aはマフィンを食べやすい大きさにして口元まで運ぶけど、純は食べようとしない。


「……わたしからは食べたくないですか?」


 しゅんと落ち込む女子Aの頭を純が撫でる。


「違う。……こうちゃんの前で誰かに食べさせてもらうのが……恥ずかしい」


 キャーという黄色い声が部屋中に響く。


「王子様格好いいのに、可愛い所もあるなんて尊過ぎて死にそうです!」

「無礼を承知して王子様を抱きしめたい!」

「王子様! 王子様!」


 女子達が興奮しながら純を称賛する。


 隣にきた鳳凰院が僕に耳打ちする。


「百合中さんに最初食べさせてもらえれば王子様の恥ずかしさも和らぐと思うので、お願いしてもいいですの?」

「いいよ」


 皿を手に純の前に行く。


 熱い視線を感じながら、純にチョコマフィンを食べさせる。


「表面はぱりぱり、中はしっとりしていて美味しい。生地もしっかりとチョコの味がして甘いけど、それ以上に固形で入っているチョコが甘くて毎日食べたい」


 純はマフィンを口に入れた瞬間、饒舌に喋り出した。


 女子達はどこから出したのか分からないメモ帳とペンを使ってメモをし始める。


 僕も今後純のお菓子を作るための参考にしよう。


 スマホのアプリのメモ帳に純の言ったことを打っていく。


 机に置いたマフィンを全て純が食べ終わる。


 女子全員がスタンディングオベーションをする。


 座っていた場所に戻ろうとすると、女性が椅子を持ってきて純の隣に置く。


 そこに座るように鳳凰院に言われたから、喜んで座った。


 それから、女子達は恋バナをし始めて純が退屈そう。


「王子様は同性も恋愛対象になりますか?」


 女子Aは手を挙げながら声を上げた。


「私は恋をしたことがないから分からない」

「同性が恋愛対象になるのか知るためにわたしと……デートしてもらっていいですか?」

「駄目だよ」


 純が答える前に僕が断る。


 純には愛がいるから、愛以外とデートをすることを許さない。


「駄目な理由を教えてください」

「こうちゃん、私が答えていい?」


 純に向かって頷く。


「私は初めてデートをするなら好きな人としたいから、今は誰ともデートをするつもりはない」

「純粋過ぎる王子様、尊い!」


 女子Aは呆けた顔で呟いた。

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