130話目 小さな幼馴染の後輩

「こうちゃん! こうちゃん! 昼だよ! 弁当食べるよ!」


 昼休みになると、愛が教室にやってきて抱き着いてきた。


「そうだね。弁当食べようか」


 弁当が入った手提げ袋を手にする。


 僕達が教室を出ようとしていると、恋がやってくる。


「らぶちゃん、今日の昼は漫研部員全員で一緒に食べる約束してたよ」

「そうだったよ! 忘れてた! れんちゃん! 漫研部に行こう!」


 恋の手を握る愛。


「百合中君ごめんね」

「気にしなくていいよ」


 嘘である。


 僕と愛の幸せな昼食タイムを邪魔したことを滅茶苦茶気にしてほしい。


 本当のことを言ったら、愛にドン引きされるかもしれないから我慢。


 純のクラスに行こう。


 教室を出ようとすると、愛が僕の手を握る。


「こうちゃんも一緒に食べよう!」

「僕はじゅんちゃんと食べるから、らぶちゃんは恋さん達と食べておいで」

「じゅんちゃんもらぶ達と一緒に食べたらいいよ! そうしよう!」


 愛は僕と恋の手を引っ張って歩き出す。


 純のクラスに行くと、純はいなかった。


 愛がどこに行ったのか純のクラスメイトに聞くと、純は鳳凰院達とどこかに行ったと言う。


 純が勝手に鳳凰院達と食べることはしない。


 僕のクラスに戻って、スマホを確認する。


 純から今日は鳳凰院と弁当を食べると、ランイがきていた。


 愛のお腹が何度も鳴るから、急いで漫研部に向かう。


 漫研部に入ると、3人の女子が窓の近くに集まって1冊の本を読んでいた。


 愛はそこに行き溌溂とした声を出す。


「ご飯たべるよ! 小雪! 早苗! 今日子!」

「「「はい。分かりました。部長」」」


 愛の1言で、1年の女子達は鞄から弁当を取り出して並んで座る。


 前の3年生が卒業してから、愛が部長になった。


 未だに愛は部長と呼ばれることが嬉しくて、満面の笑みを浮かべながら張り切っている。


 愛は1年の対面の席に座り、恋はその隣に座る。


 愛の隣に座ろうとしていると、小雪と今日子は早足で僕の所に向かってくる。


「…………」

「…………」


 目前で止まった2人は床に正座をして、僕を凝視する。


「どうしたの?」

「好きです! 百合中先輩のことが好きです! 大好きです!」

「小雪ずるい! 先に百合中さんに好きって伝えたかったのに! 百合中さん、大好きです」


 真剣な顔で答える小雪と今日子。


「らぶもこうちゃんのこと大好きだよ! らぶと一緒だね!」

「僕もらぶちゃんのこと大好きだよ!」


 嬉し過ぎて自然と愛に抱き着く。


「こうちゃん! こうちゃんのことが大好きな小雪と今日子にも抱き着いてあげてよ! らぶは大好きなこうちゃんにぎゅっとされて幸せになれたから、小雪と今日子にも幸せになってほしい!」

「「いいんですか⁉」」


 愛の話を聞き終えた2人は立ち上がって、目を輝かせながら僕のことを見ている。


 女子に抱き着かれることは別に嫌ではないな。


「いいよ。おいで」

「…………」

「…………」


 一向に小雪と今日子は抱き着いてこない。


「百合中先輩に、今日子が先に抱き着いてください!」

「百合中さんに小雪が先に抱き着いて!」


 小雪と今日子が視線を泳がせながら震えているのを見ていると、2人は互いに顔を合わせて叫ぶ。


「小雪は楽しみを後にしたいタイプなので、今日子が先に百合中先輩に抱き着いてください!」

「わたしも後で百合中さんに抱き着きたい! その方が匂いを残すことができて、わたしのことを覚えてもらえるかもしれないから! だから、先に小雪が抱き着いて!」

「小雪も百合中先輩に覚えられないので、後から抱き着きたいです!」

「わたしの方が百合中先輩に覚えられたい!」

「喧嘩したら駄目だよ! 仲直り!」


 僕から離れた愛は睨み合っている2人の所に行き、手を取って握手させる。


「こうちゃんに小雪と今日子いっしょにぎゅっってしてもらえばいいよ!」

「「……そうですね。部長の言う通りです」」


 愛の助言を聞いた2人は僕の方を向く。


「せーのっで一緒に行きますよ」

「うん。分かった。抜け駆けしないでね」

「はい。しません。せーのっ!」


 小雪の掛け声で、小雪と今日子はゆっくりと近づいてくる。


「駄目! 絶対に駄目! 百合中君に抱き着かないで!」


 後ろから叫び声が聞こえてきて、2人の動きが止まる。


 振り返ると、恋が立っていた。


 恋は僕の隣にきて、2人に言う。


「付き合ってもいないのに抱き合ったら駄目! 絶対に駄目!」

「らぶはこうちゃんと付き合ってなくてもたくさん抱き着いているよ!」

「らぶちゃんはらぶちゃんだから、百合中君に抱き着いていいけど、他の女子は駄目!」

「駄目じゃないよ! こうちゃんのことを好きな人はこうちゃんが「いいよ」って言ったら誰でも抱き着いていいよ! 好きな人に抱き着くと幸せになるから、抱き着いた方がいいよ!」

「……」


 急に黙った恋が愛の耳に顔を近づける。


「連載する少女漫画のプロットができたから、らぶちゃんに見てもらっていいかな? 他の人には見せられないから、らぶちゃんが弁当を食べ終わったら2人だけで屋上に行こう」

「やったー! 急いでお弁当を食べるよ!」


 隣でいるから、恋が小声で何を言ったのか分かった。


 愛は素早く動いて椅子に座り、弁当を食べ始める。


「小雪ちゃんも今日子ちゃんも百合中君と付き合いたいの?」


 恋が小雪と今日子に訊く。


「百合中先輩と付き合うなんて恐れ多くてできません」

「わたしでは百合中さんに相応しくないので付き合えないです」

「だったら百合中君に対しての2人の好きは何かな?」

「「憧れです」」


 小雪と今日子は窓際にある本棚の所に行く。


 真剣な表情をしてそれぞれに1冊の薄い本を持って戻ってきて、その本を開いて恋に見せる。


「ここを見てください! ケーキを落として悲しんでいる小泉先輩に『ケーキより甘いキスをじゅんちゃんにあげるよ』とフォローする百合中先輩が格好よ過ぎます!」

「それも凄くいいけど、こっちの不意を突かれて殴られそうになっている小泉さんの前に百合中さんが出て、不良の拳を顔で受けるのも格好よくてしびれる!」


 目を見開いて鼻息を荒くした小雪と今日子は、恋に熱く語った。


「百合中先輩は恋愛対象じゃなくて、アイドルみたいな存在です。なので、百合中先輩と付き合いたいとは思いません」

「百合中さんはわたしにとって神様みたいな存在なので、付き合う選択肢がないです」

「心配する必要はなかったみたい」


 2人の言葉を聞いた恋は安心したように呟いた。

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