129話目 友達からでも恋人になれる?

 2時間目の数学の授業は早く終わり、先生は自習をするように言って部屋を出た。


「百合中君今いいかな?」


 さっき授業で勉強した所を復習していると、話しかけられて顔を上げる。


 少しパーマのかかった眼鏡をしている女子こと、影山恋がいた。


「いいよ」

「勉強の邪魔をしてごめんね」

「気にしなくていいよ。恋さん、どうしたの?」

「百合中君に見てほしいものがあるんだけどいいかな?」

「いいよ」


 恋がノートを渡してきた。


「少し待って!」


 ノートを開こうとしていると、恋は大声を出す。


 クラスメイト全員が僕達を見る。


 恋は何度も眼鏡の縁を触ってから、「いいよ」と言ったからノートを開く。


 そこには男女の区別が最低限分かる絵と手書きの台詞。


 愛と音色がイラスト勝負した時に、漫画の参考書を何冊か読んでいる。


 このノートに描かれているのがプロットだな。


 話の内容は、ヒロインが姉と妹にしか興味のないクラスメイトの主人公に恋をする話。


 読み終わってノートを恋に返す。


「面白かった?」

「1話だけだったら何とも言えないけど、主人公の気持ちはすごく分かるよ」

「やっぱりそうだよね」

「何か言った?」


 恋の声が小さくて聞こえなかったから聞き返すと、何でもないと言われる。


 左右を見てから恋は僕の方に顔を近づけてきて耳元で囁く。


「この漫画、月刊誌のリリで連載するようになるの。このことは誰にも言ってないから言わないでね」

「言わないよ」


 そう言うと、恋は僕から少し離れる。


「ありがとう。今までにないぐらい本気で漫画を描きたいけど、どうしても主人公の気持ちが分からなくて困っているの。百合中君は主人公のどういう所に共感したかな?」


 妹と姉を愛と純に置き換える。


「ヒロインより妹や姉を優先して大切にしている所」


 はっきりと答えると、恋は難しそうな顔をして眼鏡のフレームに触れる。


「この漫画の主人公がヒロインに恋をするにはどうすればいいと思う?」

「主人公には大切な妹と姉がいるから、僕は主人公がヒロインに恋をしなくてもいいと思うよ」

「ヒロインをクラスメイトから主人公の妹か姉に変えればいいかな?」

「そうした場合主人公は妹か姉を選ぶことになる?」

「うん。あたしの漫画は全てハッピーエンドにしたいから、ヒロインが主人公と結ばれる話を描きたいからそうするつもり」

「僕が主人公で妹か姉をどちらか選んだら、僕は幸せになれない。それ所か選ばれた方も選ばれなかった方も不幸になる」

「血が繋がっているもの同士が結ばれても、幸せになれないってことかな?」

「違う。主人公、妹、姉にとって3人でいることが1番の幸せだよ。だから、それ以外の選択は主人公にとって不幸になるだけ。妹と姉も同じように気持ちだと思う」


 恋はノートを開いて真剣な表情をして見てから、視線を僕に戻す。


「主人公の妹や姉を大切にするヒロインだったら、主人公はヒロインに恋をすると思う?」


 少し考えて答える。


「恋をするかは分からないけど好意は抱くかな」

「その好意を恋に変えるにはどうすればいいと思う?」

「僕は恋をしたことがないから、恋がどんなものが分からないな。恋さんは恋をしたことがある?」

「……」


 無言で僕を凝視する恋。


「どうかした?」

「……何でもない。何の話をしていたかな?」

「恋さんは恋をしたことあるかだよ」

「……あるよ」


 目を逸らしながら恋が言った。


「……あたしは好意を抱いた時からその人に恋していたから、あたしの意見は参考にならないかな」

「恋さんはどうして好きな人に向ける気持ちが恋だと分かった?」

「…………その人のことを思うだけで胸がドキドキして、毎日その人のことを目で追ってしまう。少し話せただけでも1日中幸せになれる。家に帰っても、今はその人は何しているのかってずっと考えていつのまにか深夜になっていることも多いの」

「恋さんが好きな相手に甘えられると嬉しい?」

「…………ドキドキし過ぎて絶対に死ぬ」


 恋は胸を押さえながら、顔を真っ赤にしてそう呟いた。


 今の恋を見れば、僕が愛、純に恋をしていないことが再確認できる。


 2人に甘えられると嬉しくなる。


 でも、胸がドキドキすることはなくて安心する感じ。


 僕が2人に向ける思いは恋ではなくて家族愛。


 愛が純に甘えている所を見ると、どきどきするけど。


 この気持ちを恋と呼んでいいなら、僕は恋をしている。


 本気で愛と純には恋人になってほしいと心から願っている。


 2人を恋人にするために行動したことがあるけど、上手くいかなかったな。


 今恋をしている恋に話を聞けば、愛と純を恋人にするヒントが分かるかもしれない。


「恋さんは好きな人と恋人になれそう?」

「………なれると思う?」

「僕に聞かれても分からないよ」

「…………そうだよね。何であたし百合中君に聞いたのかな」


 恋は苦笑を浮かべる。


「それで、恋は好きな人と恋人になれそう?」

「……難しいかな。その人はあたしのこと友達と思っているから」

「友達からでも恋人になれると思うよ」

「……頑張ってみる!」


 大きく頷いて、力強い言葉を発する恋。


 それから、恋がどうすれば好きな人と恋人になれるかチャイムが鳴るまで話し合った。

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