128話目 違う所も撫でるよ!

 剣が帰ってからも、食欲がない。


 20時を過ぎている。


 今日幼馴染は僕の家にこないのかもしれない。


 1日ぐらい食事を抜いた所で死にはしないから、部屋に戻って寝よう。


 リビングを出ると、玄関のドアが開く。


 黒目がちで大きな瞳をしたボブヘアの女子こと愛と、猫のようにツリ目をしたボーイッシュショートヘアの女子こと純が家の中に入ってくる。


 大好き幼馴染達を見て、テンションが爆上がり。


「こうちゃん! ただいま! じゅんちゃんとはこうちゃんの家の前であったから一緒にきたよ!」


 靴を脱いだ愛は僕に向かって跳び込んできた。


 抱きしめると、愛の体からミルクのような優しい匂いがしてきた。


 顔を上げた愛が話しかけてくる。


「今日ね! 漫研部のみんなで人生ゲームしたよ! らぶはアイドルになってお金持ちになったよ! すっごく楽しかったよ! こうちゃんとじゅんちゃんともしたい!」

「おかえり、らぶちゃん。らぶちゃんは可愛いから現実でもアイドルになれるよ」

「やったー! らぶアイドルになるよ! 子どもと遊ぶのも楽しから保育士にもなりたい! 料理を作るのも楽しいから料理人にもなりたい! 他には他にはね!」

「らぶちゃんが何になるとしても、僕は全力で応援するよ」

「やったー! ありがとう! こうちゃん、大好き!」


 抱きしめる力を愛は強めるが、心地よい力加減。


「お昼にコンビニでチゲうどんを買って食べたよ! おいしか『グ~~~~~~~~~~~~~~』ったよ」


 愛は喋っている途中でお腹が鳴る。


「僕もまだ晩飯食べてないから今から作るけど、らぶちゃんも食べる?」

「やったー! 食べるよ!」


 愛は両手を上げて喜びながら、リビングに入る。


 僕の方に視線を向ける純に両手を広げて、「おいで」と言う。


 おずおずと僕の前にきた純を抱きしめる。


 温かくて気持ちいいな。


「おかえり、じゅんちゃん。じゅんちゃん、お腹空いてる?」

「私は鳳凰院さんの家で晩飯を食べたから大丈夫」

「ホットココアは飲む?」

「おう。飲む」


 純が僕に抱き着いたままで動くことができない。


 幸せかよ。


 このままでいたいけど、愛がお腹を空かせるから晩飯を作らないと。


「ココア入れてくるから、ソファに座って待っててね」

「……もう少しだけこのままがいい」


 頭を僕の胸に擦りつける純。


 髪から爽やかな林檎の匂いがしてくる。


「くしゅん!」


 可愛いくしゃみを聞いて癒される。


 癒されている場合じゃない。


 このまま寒い廊下でいたら純が風邪を引く。


 頭を撫でながら部屋の中に入ろうかと純に聞くと、「おう」と答えた。


「じゅんちゃん! ぽかぽかしているよ! 気持ちいいよ! じゅんちゃん! ギュー! ギュー!」


 ソファに座った純が隣に座っている愛に抱き枕にされている。


 2人の姿を目に焼き付けたいけど、愛に晩飯、純にホットココアを作らないといけないのでキッチンに向かう。


 愛と純の会話を聞きながら、料理とホットココアを完成させる。


 机の上に料理を並べていると、愛が椅子に座る。


「らぶちゃん、先に食べてていいよ」

「みんなで食べた方が美味しいよ! こうちゃんを待つよ!」


 満面の笑みを浮かべる愛が可愛過ぎて、頭を撫でようとするとはじかれる。


「頭を撫でるのはお姉さんの仕事だよ! だから、こうちゃんはお姉さんのらぶの頭を撫でたら駄目だよ!」


 何度も同じことを言われている。


 でも、愛が可愛過ぎる発言や行動をすると、頭を撫でたい衝動を抑えることができない。


 有り余った気持ちを消化するために、純の所に行き満足するまで頭を撫でた。


「グ~~~~~~~~~~~~~~」


 愛のお腹が鳴る。


 ホットココアをソファに座っている純に渡してから席に座る。


 愛は「いただきます!」と言って食べ始める。


「もぐもぐ、キムチ、もぐもぐ、チャーハン、もぐもぐ、おいしい、もぐもぐ、よ」

「ありがとう。おかわりあるからたくさん食べてね」

「やったー、もぐもぐ、たくさん、もぐもぐ、食べるよ!」


 隣に座っている愛は頬一杯にキムチチャーハンを口に入れて咀嚼している。


 食事をしつつ、愛の頬についたご飯粒を取る。


「じゅんちゃん、おかわりいれてこようか?」

「おう。お願い」


 純の空のコップを受け取って、おかわりを作って戻る。


 愛が手を止めてキムチチャーハンと純のことを交互に見ている。


 純にコップを渡しながら、愛に声をかける。


「お腹いっぱいになった?」

「なってないよ! まだまだ食べられるよ! らぶばっかり食べるのは駄目だよ! じゅんちゃんあーん!」


 立ち上がった愛は純の所に行き、大量のキムチチャーハンが乗ったスプーンを向ける。


 純は眉間に皺を寄せた後、僕を見る。


 辛いものが苦手だから食べたくなくないけど、愛の好意を断ることができずに僕に助けを求めているな。


「じゅんちゃんは鳳凰院さんの家で晩飯を食べてきたんだよね?」


 助け舟を出すと、純の表情を柔らかくなる。


「おう。チョコフォンデュを食べてきたからお腹空いてない。らぶちゃんの気持ちだけもらう。ありがとう」

「チョコフォンフォンって何?」

「チョコレートを機械で溶かして、その中にフルーツやマシュマロを入れて食べる。美味しかった。鳳凰院さんがこうちゃんとらぶちゃんにも食べてほしいって言ってた」

「らぶは甘いの苦手じゃないから、食べてみたいよ! 本当に甘いの苦手じゃないよ!」


 愛は顔を引き攣らせる。


 純と対照的に愛は甘いものが苦手。


 2人がそのことを隠している理由は、相手の好きなものを苦手だと知られたくないから。


 愛と純が大切にしあっている姿を見るのは微笑ましいな。


 でも、今は愛が困っているから話題を逸らそう。


「今日、剣とバドミントンをしたよ。その時の剣はらぶちゃんの真似をして、少しだけ似てたよ」

「いいな! らぶもらぶの真似をした剣を見たいよ!」

「今度剣に会ったら言っておくね」

「大丈夫! らぶが剣に言うから! すごく楽しみだよ!」


 愛は笑顔を浮かべてそう言った後、キムチチャーハンを食べることを再開した。


 食事を終えて、僕達はソファに並んで座る。


 愛は船を漕ぎだして、僕の膝の上に倒れる。


 寝やすいように愛の頭が僕の膝の上にくるように移動させた。


「音倉さんは私の真似をした?」


 愛の頭を撫でていると、純がそう聞いてきたから顔を純の方に向ける。


「してたよ。じゅんちゃんに少しだけ似て可愛かった」

「頭は撫でた?」

「少しだけ撫でたよ」


 剣に抱き着こうとして逃げられたことは、純に変態だと思われなくないので黙っておこう。


 純はゆっくりと頭を僕の方に向けて呟く。


「……頭を撫でてほしい」


 言われた瞬間に純の頭に触れていた。


 艶やかな髪が気持ちよくて、1日中撫でていても飽きない自信がある。


 耳が赤くなって恥ずかしがっている所も可愛い。


「らぶもじゅんちゃんの頭を撫でるよ!」


 跳び起きた愛はソファから下りて、純の頭を撫でようとしても身長差があって届かない。


「ぐぬぬぬぬ! もう少しだよ! もう少しで届くよ!」


 純は気を遣ったのか頭を下げる。


「じゅんちゃんはいい子だね! 本当にいい子! いっぱいよしよししてあげる!」

「……らぶちゃん、ありがとう」

「じゅんちゃんを撫でるのは楽しいよ! 違う所も撫でるよ!」


 愛は純の脇を撫で始めると、純は艶めかしい声を出しながら笑う。


 元気溌剌な女子にクールな女子が攻められている……興奮する。


 それが、大好きな幼馴染なら尚更。


 いつの間にか手にしたスマホで、2人の尊い光景を動画で撮っていた。


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