127話目 幼馴染達がいないから暇

 掃除と洗濯は終わったし、見たいテレビもないし、web漫画の読んでいる作家の作品も更新されてないから暇。


 暇過ぎてソファに座ってだらけている。


 このまま家にいても何もすることない。


 外に出る元気もない。


 少しだけお腹が空いた気がする。


 時計を見ると、13時を過ぎていた。


 大好きな幼馴染達と7時過ぎに朝食をとってから食べていない。


 何か適当に作ろうと思っても、億劫で立ち上がることをしたくない。


 幼馴染達が帰ってくるまで寝よう。


 目を瞑ろうとしていると、チャイムが鳴る。


 幼馴染ならチャイムを鳴らさずに家に入ってくるから無視しよう。


 チャイムは1度しかならなかった。


 諦めて帰ったのだろう。


 もう少しで眠れそうな時に、『ランイ』と机に置いているスマホが鳴る。


 幼馴染からのランイかもしれない。



『今日部活しませんか?』



 立ち上がってスマホを取って画面を見ると、剣からでそう書かれていた。


 特にすることがないから、「いいよ」と返信すると『着きました』とすぐに表示される。


 家に入ってくるように返信して、数分経っても剣はこない。


 面倒に思いつつ、玄関に行き扉を開く。


 全部の髪が腰の位置まである女子がいた。


 その女子は右肩に手提げ袋をかけて、手に白い息を吐き擦りながら立っていた。


 顔を見なくても目の前にいるのは、僕が所属している家庭科部の部長の音倉剣だと分かる。


 こんなに髪の長い女子は剣以外に僕の周りにはいない。


「入っておいで」

「分かりました」


 リビングに戻ると、剣はおずおずと部屋に入ってきて周りを見渡す。


「今日は矢追さんと小泉さんはいないんですか?」

「…………」


 剣に温かいお茶を入れようと思って、キッチンに向かおうとした。


 でも、剣のその一言でやる気をなくして、ソファに倒れ込むように座る。


 小走りで剣が僕の所にきて頭を下げる。


「わたし何か言ってはいけないこと言いましたか?」

「剣は悪くないよ」


 心配そうに問いかけてくる剣にそう返す。


「……困っていることがあるなら、力になれないかもしれないけど聞きますよ」


 困っているというか、後悔していることがある。


 5時間前の話。


 朝食を食べてソファで幼馴染達とくつろいでいると、2人のスマホが鳴る。


 2人はスマホの画面を見てから、友達の家に行くから一緒にきてほしいと言われた。


 僕が誘わられることには何も問題はない。


 ただ、問題ないなのは幼馴染2人が別々の友達に誘いを受けたこと。


 どちらかの幼馴染を選べば、どちらかの幼馴染を選ぶことができなくなる。


 今までにない難問に出した答えは…………。


 両方の幼馴染の誘いを断って家で凹むこと。


 無理。無理だって。


 2人とも同じぐらい大好きで家族のように思っているから、選ぶことなんてできない。


 そのことを剣に話しても仕方ない。


 何でもないと答えると、「……遊びたいです」と言ってきた。


「剣は僕の家に料理しにきたんだよね?」

「……そうです」


 顔を逸らしてから顔を左右に振った剣は僕の方に顔を戻す。


「わたし、お腹空いてないので遊びたいです。百合中君はお腹空いていますか?」


 小腹が空いているけど、今すぐ食べたいほどではない。


「いいよ。遊ぼう」

「はい。遊びましょう。何かしたいことありますか?」

「らぶちゃんとじゅんちゃんに会いたい」


 幼馴染達に会いたい以外のしたいことはない。


「……それ以外でないですか?」

「ないから、剣のしたいことでいいよ」

「可愛い服を」

「可愛い服を僕は着ないよ」


 毎回会う度に、剣は自分の作った服を僕に着させようとする。


 男子の服なら拒否しないけど、女子の服、しかもフリルがたくさんついているメイド服を着させようとしてくる。


 どこにでもいそうな平凡な顔をしている僕にそんな服を着させて何がしたいのか分からない。


 それに、男子が可愛い女子の服を着ることを想像するだけで吐きそうになるのに、実際に着たら確実に吐く。


「…………」

「無言の圧力をかけても絶対に着ないよ」

「……分かりました。王様ゲームはどうですか?」


 漫画で王様ゲームがどんなものか知っている。


 不安に思っていることを口にする。


「剣が王様になっても、僕は可愛い服を着ないよ」

「はい。分かっています」


 言質は取れたから、「いいよ」と答える。


 剣は座ってから肩にかけている手提げ袋を床に下ろし、袋の中から割り箸とボールペンを取り出す。


 割り箸を割って1つ目に『王』、もう1つに『1』と下の方に書く。


「引いてください」


 文字が隠れるように割り箸を持って僕の方に向けてきた。


 適当引くと王と書かれていた。


「わたしにできることだったら何でもします」

「……剣にしてほしいことはない」


 少し考えて見ても、全然浮かばない。


 今、僕がしたいことは……。


「らぶちゃんとじゅんちゃんに会いたい」


 それ以外のことが浮かばない。


「……分かりました」


 剣はスカートのポケットからスマホを取り出す。


「さっき言ったことはなしにしてもらっていい? 他のことを考えるよ」


 焦りながら、すぐに訂正する。


 剣が幼馴染達に帰ってくるようにランイしようとしているから。


 大好きな幼馴染には会いたいけど、それ以上に楽しく遊んでいる2人の邪魔をしたくない。


 剣は立ち上がって、出入口の方に向かう。


 僕のいない所で、幼馴染達に連絡するのかもしれない。


「本当にらぶちゃんとじゅんちゃんに連絡しなくていいよ」

「分かってます。他のことをするので、少し待ってください」

「他のことってスマホを使うこと?」

「使わないです」

「それなら、スマホを置いて部屋を出てもらっていい?」

「分かりました」


 ソファの前の机にスマホを置いて部屋から出て行く剣。


 1時間以上が経っても、剣戻ってこない。


 今日は戻ってこないかもしれないな。


 剣のスマホは明後日、学校に持って行って渡そう。


 ソファに寝転ぶ。


 1カ月もしない内に冬休みに入る。


 そうなったら幼馴染達は友達と遊びに行くことが増えて、僕と幼馴染達の時間が減る。


 冬休みなんていらない。


 足音が聞こえる。


 幼馴染達のどちらかが帰ってきたのかも。


 勢いよく立ち上がりドアを開く。


 そこには髪をヘアゴム1つにまとめた剣が立っている。


「こうちゃん! 遊ぼう!」


 幼馴染の愛のように快活な笑顔を浮かべた剣はそう言ってきた。


 思わず頷く。


「やったー! らぶはバトミントントンしたいよ!」

「何で剣はらぶちゃんの真似をしてるの?」

「こうちゃん! らぶはらぶだよ!」


 疑問を口にすると、剣は腰に手を当てて堂々と答えた。


 王様ゲームで王様になった僕の命令を剣は実行している?


 そう考えれば、なんとなく剣の行動の意味が分かる。


 幼馴染達に会いたいけど、幼馴染達に連絡しなくていいと僕は言った。


 だから、剣は愛を演じて僕の寂しい気持ちを埋めようしているのだろう。


 でも、そんなことを望んでいない。


 誰かが演じた偽物の幼馴染には何の価値もない。


「こうちゃん! 先に庭に行ってるよ!」


 愛の真似をしなくていいと口にする前に、剣は部屋を出て行く。


 ……剣の愛の真似は別に不愉快ではない。


 やめるように言わなくていいな。


 バドミントンの道具を母の部屋の引き出しから取ってきて、庭に向かう。


 庭に着くと、剣は小走りで近寄ってきた。


 ラケットと羽を渡す。


 僕から少し離れた剣は羽をラケットで打とうとして空振る。


「もう1回! ていっ! まだまだ‼ ていっ! ていっ!」


 何度も打とうとしても、羽は真下に落ちる。


 数分が経ち、剣は息切れをしながらゆっくりとしゃがみ、寝転がって寝息を立て始める。


 剣の愛の真似の完成度が高過ぎる。


 見た目が全然違うのに、剣が愛に見えてきた。


 思わず剣の頭を撫でる。


 その瞬間、剣は立ち上がって逃げる。


 リビングに入ると、剣はいなかった。


 そのうち戻ってくるだろう。


 水を飲んでからソファに座ってテレビを見ていると、普段より少し目つきが鋭い剣が目前にくる。


「……こうちゃん、甘えていい?」


 捨てられそうな猫のような瞳で見てくる。


 手を自然と伸ばし、剣の頭の上で止める。


 今度は、剣が純の真似をしていることが分かる。


 それが分かっているのに、剣を純のように可愛がりたくてしょうがない。


 我慢できずに剣の頭を撫でる。


 今度は逃げずに、目を細めて気持ちよさそうにしている。


 純と同じ反応。


 抱きしめよう。


 剣の頭から手を離して、両手を広げると剣は僕から離れる。


 中途半端に幼馴染成分を補給した所為なのか、純の真似をしている剣でもいいから本気で抱きしめたくなる。


 ドアノブに手をかける剣に壁ドンをする。


 扉が途中まで開いていたから、バタンとすごい音がした。


 振り返った剣は顔を赤くして左右に首を振る。


「恥ずかしがっているじゅんちゃんは顔を赤くするんじゃなくて、耳を赤くするんだよ!」


 説教をしながら体に触れようとしていると、バサッと剣の前髪が下りて顔が隠れる。


 その瞬間、剣を抱きしめたい気持ちがなくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る