5章 幼馴染達の方がアイドルより可愛い

126話目 プロローグ 初恋の始まり

 学校の校門の付近に、皺1つない制服姿の生徒達とスーツ姿の大人達でごった返している。


 休日のはずなのに、人がどうしてこんなに多いのか分からない。


 ……そう言えば、昨日担任が明日は入学式があるから、部活はしないようにと言っていたことを思い出す。


 学校の中に入りたい……。


 ……人波を掻き分けて進む勇気はわたしにはない。


 しかし、坂上高校の入口は校門しかない。


 校門の周りを少しうろうろして立ち止まり、人込みの方を見る。


 新入生同士が楽しそうに写真を撮ったり、大人同士で雑談をしている。


 ……まだ時間がかかりそう。


 後1回うろうろして、人込みがあったら家に帰ることにしよう。


 うろうろして、校門の方に顔を向けるけど人は減っていないので、住んでいるアパートに帰ることにした。


 数歩歩いて、足を止める。


 家庭科部をやめたいと思ったのは、入部した次の日から。


 その日から1年間ずっとわたしは顧問に部活をやめたいと言えずに、高校2年生になっていた。


 今日逃げたら、一生部活をやめたいと言えない気がする。


 もう1度、学校に向かって歩き始める。


 校門の前で立ち止まって、人込みの中に隙間がないかを探す。


 人1人が通れそう所があった。


 体を縮めてその中に入って行き、ゆっくりと通っていく。


 もう少しで抜けられると思っていると、髪を引っ張られる感覚がした。


 後ろを振り返ると、女子のブレザーの中央にあるボタンにわたしの髪が絡まっていた。


「…………」


 その女子は青白い顔色をしてわたしのことを見ている。


 こんなことになるなら、髪なんて長く伸ばさなければよかったと後悔した。


 ボタンから紙の毛を外すために女子に手を伸ばすと。


「キャ――――――――――――――! おばけ――――――――――――――!」

 わたしの方を指さしながら甲高い声で女子は叫ぶ。


 その瞬間、周りにいた全員がわたしの方を見た。



『何でそんなこともできないの?』

『やる気がないならやめろ!』

『お前の笑顔が気持ち悪い!』



 昔言われた悪口が頭の中でいっぱいになって……どうしてわたしがここにいるのか分からなくなった。


 早くここからいなくなりたい。


 誰もいない所に行きたい。


 ボタンに絡まっていた髪を無理矢理抜く。


 学校の外に出ようとしたけど、人の壁ができていて逃げられない。


 校内の方を見ると誰もいなかったので、そこに向かって全力で走った。


 靴を履き替えて1階の廊下に行くと、数人の生徒の姿があった。


 1人になりたかったので、近くにあるトイレに行き個室に入る。


 便座に座って、目を瞑る。


「地元に帰りたいです」


 ふと、そんな言葉が口から出てきて首を左右に振る。


 わたしは逃げてここにきたから、帰りたいなんて口にしてはいけない。


 分かっていても、帰りたい気持ちが抑えきれずスマホを取り出して電話のアイコンをタップする。


 連絡先一覧が表示されて、実家と妹の名前が出てきた。


 妹の名前をタップすると、妹の電話番号が表示される。


「…………」


 数秒眺め続けて……スマホをスカートの中に入れた。


 わたしの重荷を妹に背負わせたのに助けを求めるなんて……最低な姉過ぎる。


 それに、今電話したら自分が情けなさ過ぎて、泣いて立ち直れなくなる。


 首を左右に振ってから、立ち上がって鏡の前に行く。


「カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ」


 両手で髪を持ち上げて笑ってみる。


 鏡に映ったわたしは無表情で、とても笑顔には見えない。


 どんな顔で笑っていたか気になり、スマホで『音倉剣』とわたしの名前とスペースを1つ開けて画像と打ち検索する。


 画面中に子どもの頃のわたしの画像が表示された。


 泣き顔、照れ顔、怒り顔、そして笑顔。


 適当な笑顔の写真をタップして凝視する。


 周りの大人から、多くのファンから、絶賛された笑顔のはずなのに嘘くさく見える。


 わたしは昔から空っぽだと……虚無感が襲う。


 ……もういい、家に帰ろう。


 今何かを考えた所でマイナスなことしか浮かんでこないから、家に帰ってぬいぐるみを作ろう。


 髪から手を離して、手櫛で前髪を整えてからトイレから出た。


 靴箱の方に行くと、家庭科部の顧問がいた。


 こちらに向かって歩いてくる。


 今は部活をやめたいと言えるメンタルじゃない。


 急いで元きた場所引き返して適当に走り続けた。


 校舎裏の方まできて立ち止まって後ろを振り返るけど、顧問はいない。


「やめてください!」


 安心しつつその場にしゃがもうとしていると、外から女子の叫び声が聞こえてきた。


 気になって音を立てないようにゆっくりと窓を開けて、おずおずと顔を少しだけ外に出す。


 茶髪の男子と、身長の低めの女子が向き合っていた。


 女子は俯いて怯えている。


「いいだろ。この後、1年は何もないんだろ。俺と遊びに行こうぜ。奢ってやる」

「大丈夫、です。これから、用事が、あるので、遠慮、します」

「遠慮しなくていいぞ。俺とお前との仲だろ」

「……ごめん、なさい」


 女子はそう言って男子から離れようとしたけど、男子に手を摑まれて身動きが取れなくなる。


「……はな、して、ください」

「一緒に遊んでくれるなら離してやってもいい」

「…………はな、して、くだ、さい」

「声が小さくて聞こえない。きっとあれだ。遊べるって言ったんだな。よし、今からカラオケに行こう。あそこだったら誰もいないから楽しく遊べる」

「ご、ご、めん、なさぃ…………」


 にやついた顔を向けられた女子は小さな声で泣き始めた。


「何泣いてんだよ! お前が泣いたら俺が悪いみたいだろ! 今すぐ泣き止め!」

「ごめ、んな、さい……」


 男子の怒鳴り声に号泣し始める女子。


 女子と視線が合って、顔を引っ込めてしゃがみ込む。


 先生を呼びに行かないといけないのに、恐怖で足が動かない。


 わたしは妹を見捨てて両親から逃げて、目の前で困っている人すら助けることができない。


 こんな弱いわたしは社会に出ずに、家に引きこもったほうがいい。


「何だ、お前! ぐはっ!」


 そんなことを考えていると、男子の呻き声が聞こえてきた。


 立ち上がって外を見ると、男子より身長の高い女子が男子のことを見下ろしていた。


「おい! いきなり何するんだよ!」

「行って」


 立ち上がった男子は身長の高い女子を睨みながら叫ぶ。


 身長の高い女子はそれを気にせずに、近くで震えている女子に平坦な声で話しかける。


 女子は小さく頷いて、小走りで去って行った。


「ふざけんなよ! せっかく、女子と楽しいことができそうだったのに邪魔しやがって! ただですむと思うなよ!」


 男子はそう言いながら、身長の高い女子に詰め寄り拳を下ろそうとしたけど。


「ぐぎゃー」


 先に身長の高い女子にお腹を殴られて白目をむいて倒れる。


 身長が高い女子はこちらを一瞥してから、何事もなかったように去って行った。


 わたしみたいに弱い人間もいれば、身長の高い女子のように強い人間もいる。


 その事実が少し嬉しく感じたけど……わたしは身長の高い女子のように強くなれないとも実感した。


 校門から出ると、身長の高い女子がいた。


 その隣には小学生より身長の低い女子と、優しそうな男子がいて楽しそうに話をしていた。


 その光景が眩しくて、直視できないのに見たくなる。


 相手にばれないように横目で見ると、優しそうな男子は安心感があってどこか懐かしい笑顔を浮かべていた。


 ドクンと胸が鼓動したのが分かる。


 早く目を逸らさないと、変に思われるのに逸らすことができない。


 身長の高い女子の視線に気づいて、慌てて優しそうな男子から目を逸らしてアパートに向かって走る。


 動悸が激しくて、顔が熱くて、わけが分からない。


 アパートを通り過ぎても立ち止まることができなくて、見覚えのない公園のベンチに座る。


 鏡を見たくても分かる。


 今のわたしはにやけている。

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