125話目 エピローグ 大きな幼馴染の1歩

「強! 向こうに行っても元気でね! らぶのこと忘れないでね! あとあとあと……」

「らぶ、苦しいよ」

「恵美にらぶの電話番号教えたから、電話してよ!」

「うん。絶対する!」


 8月31日。


 坊主男子達が引っ越しするから、僕と愛と純は早朝に見送りにきている。


「……らぶは、もっと強、と遊び、たかった」


 泣きながら愛がそう言うと、坊主男子は愛の涙を指で拭う。


「またすぐに遊びにくるから泣くなよ」


 坊主男子は愛の頭を撫でる。


 その手を早くどけろ! 今すぐどけろ!


 心の中で叫ぶ。


 1分経っても撫で続けている。


 愛の頭から坊主男子の手を払いのけようとしていると、純に手を摑まれる。


「こうちゃん」


 名前を呼ばれただけなのに、純が2人の姿を見守ってほしいと伝えていることが分かる。


 純に頼まれたら我慢するしかない。


 苛々しながら頭を撫でる以上のことをしないか、坊主男子を監視する。


「リビングにきてもらっていいかな?」


 坊主男子の義父が話しかけてきた。


 僕がいない時に坊主男子が愛にキスをする可能性がある。


 無理ですと言ったけど、何度も頼んできたから頷く。


 坊主男子の義父の後ろをついて行き、リビングに入る。


 床に置かれていた段ボールはなくなって、家具や小物が置かれている。


「引っ越しはするけど、この家は売らずに別荘代わりにすることにしたんだ」


 僕の視線に気づいた坊主男子の義父はそう言った。


 立ったまま話を聞こうとした。


 何度も座るように勧めてきたからソファに座る。


 坊主男子の義父は深々と頭を下げる。


「ぼくが恵美さんや強君と本当の家族になれたのは、君のおかげだよ。本当に感謝している。本当にありがとう」

「僕は強のことを心配する幼馴染のらぶちゃんとじゅんちゃんのために行動したので、お礼を言わなくていいです。話が終わったのなら外に出ていいですか?」


 愛が坊主男子に襲わられているかどうか気になり過ぎてお尻を浮かす。


「どうしても君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「……いいですよ」

「君のように強くなるためにはどうしたらいい?」

「僕は強くないですよ」

「強くなければ、他人を助けようなんてしないよ。それに、君は幼馴染のために行動したと言ったけど、ぼく達の家族の仲を修復する必要はなかったんじゃないの?」


 坊主男子の義父の言う通り。


 坊主男子の家族の仲を修復するより、坊主男子を無理矢理家に連れ行く方が簡単。


 そうしなかったのは、純のため。


 大好きな人との別れを経験して、残った家族との不仲になっている純。


 強を家族と仲直りさせることで同じ経験をしていても仲直りできると、純に知ってほしかった。


「幼馴染のために、強君の家族が仲良くなる必要はありましたよ」

「どういうことか、詳しく聞いていい?」

「幼馴染のプライベートなことなので話せないです」


 立ち上がると、「最後に訊きたいことがある」と言われたので座り直す。


「どうすれば君みたいに強君と仲良くなれる?」

「僕は強君と仲良くないので分かりません」

「そんなことはない。強君が助けを求めたのは、ぼくでも恵美さんでもなく君だった。強君は君のことを凄く信頼してるんだよ」

「強君が僕を信頼していても、僕は強君を信頼してない。だから、強君と仲良くなる方法は分かりません」

「そんなことを言わずに教えてほしい」


 坊主男子の義父は懇願するように僕のことを見てくる。


 答えないと外に出られそうにない。


「直史さんは強君と家族になりたいから仲良くなりたいですか?」

「そうだよ。恵美さんのことが好きで、強君のことが好きだから仲良くなって家族になりたい」

「それなら家族になりたいってことは気にせずに、好きって気持ちを行動や言葉で強君に伝えていけばいいです。僕はらぶちゃんやじゅんちゃんにそうして、家族じゃなくても家族みたいになれていると思っていますよ」

「君の言う通りだよ。ぼくはどうすれば強君と家族になれるか悩んでいたばかりで、自分の好きな気持ちを強君に伝えられてない。今から好きって言ってくるよ」


 外に出た坊主男子の義父は坊主男子を抱きかかえる。


「ぼくは強君のことが好きだよ! 大好きだよ!」

「……ありがとう。おれも父ちゃんのことが好きだ!」


 純の方から「頑張る」と小さな声が聞こえてきた。



★★★



 愛は坊主男子が去った後号泣した。


 今は泣き疲れて僕の背中で眠っている。


 愛家に着き、琴絵さんに愛を任せて家に帰る。


「……」

「……」

 僕がソファに座ると、純は4人掛けの椅子に座る。


 リビングに入ってから、僕と純は何も喋らずに5分以上が経つ。


 普段なら気まずいと思わない。


 純が怒った日から純と2人きりになるのは初めてで、何を喋っていいか分からず混乱する。


 緊張で喉が渇いて台所に行こうとしてやめる。


 僕だけ喉を潤すのは純に悪い。


 でも、純にココアを作ろうかと、聞くような雰囲気でもない。


「こうちゃん」

「……」


 純の声音がどこか怒ったように聞こえた。


 どうしたのと聞けずに純を見続けることしかできない。


 純が立ち上がって、僕の前にくる。


 今から純が何を言うのか予想できない怖さでここから逃げ出したい。


 必死に恐怖を我慢して純の顔を見る。


「……こうちゃんは……こうちゃんは……」


 ぼろぼろと涙を流しながら大声で号泣し始める純。


「じゅんちゃんどうしたの⁉ どこか痛い⁉」


 純は首を振りながら何度もごめんと謝ってくる。


 頭を撫でたり抱きしめようとしても、首を振ったり避けられて拒否される。


 どうしていいか分からず僕も泣きそう。


「……こうちゃん、は、私の、こと、嫌い、になった?」


 しばらくして、純はしゃくりあげながら口にする。


「なるはずがないよ。僕がじゅんちゃんを嫌いになることは過去も現在も未来も絶対にならない! 絶対に!」

「こうちゃん、のこと、許せない、って言ったのに、私は何も、できずに、こうちゃんは、強君の問題を、解決した。口だけの私が、こうちゃんに、好かれる、資格なんて、ない」


 気にしなくていいと何度言っても、純は納得することなく泣き続ける。


「強の問題を解決したのは強のためじゃなくて、じゅんちゃんのためだったから気にしなくていいよ」


 泣き続ける純の姿を見て、言うつもりじゃなかったことを口にしてしまった。


「……私のためってどういうこと?」

「……」

「こうちゃん。私のためってどういうこと? 教えてほしい」

「…………坊主男子を家族と仲直りさせることで、同じ経験をしていても仲直りできるとじゅんちゃんに知ってほしかった……余計なことをしてごめん」

「余計なことじゃない。こうちゃんが私のために行動してくれたことを知って嬉しい。こうちゃんはいつも私のために頑張ってくれる」


 だからと言って、僕の手を握る純。


「私も自分のために頑張る」

「……」


 覚悟を決めた顔を純がしていたから、「何を?」と言えない。


 数秒経って、純は部屋を出て行く。


 純を追いかけたいけど……頑張るって言って部屋を出て行ったから、信じて待つしかない。


「私がこうちゃんに、泊めてほしいと言った日に、父さんと一緒にいた、長い髪の人って男性?」


 勢いよく部屋に入ってきた純は息を乱しながら聞いてくる。


 頷くと、純はその場に座り込む。


「じゅんちゃん大丈夫?」

「おう。大丈夫。私は父さんが母さん以外の女性とキスしたと勘違いした。そのことが嫌でこうちゃんの家に泊まってた。こうちゃんに迷惑かけてごめん」

「全然迷惑じゃないよ」

「今日から家に帰る…………こうちゃん、ついてきてほしい」


 歩き出した純と一緒に純の家に入りリビングへ。


 リビングの出入口で止まった純は「……おはよう………………父さん」と小さな声で言う。


 言い終えてすぐに耳を真っ赤にした純は耳を隠しながら、僕の横を通り過ぎて階段を早足で上る。


 純が恭弥さんのことを父さんと言ったのは覚えていないぐらい久しぶりだな。


 満面の笑みを浮かべている椅子に座った恭弥さんと視線が合う。


 恭弥さんの耳が真っ赤になって、その耳を急いで隠す。


 純とそっくりな行動を見て、改めて純と恭弥さんが家族だと実感して嬉しくなった。


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