124話目 坊主男子の本音

 自宅の玄関に父親がいた。


「何かあったのか?」


 今まであっことを簡潔に説明して、坊主男子を百合中家に養子にしたいと言う。


「いいよ。明日というか今日は金曜だから、明日にでも市役所に行ってくるよ」


 予想通りの反応だな。


「ありがとう、父さん」

「浩二さん、わたし抜きで決めないでほしいわ!」


 母がリビングから出てくる。


 怒っている感じがしたから、反対されると思ったけど。


「わたしも明日一緒に市役所に行くわ! 早めに行って並びましょう!」


 除け者にされたことに怒っていただけ。


「明日の昼頃に強の家に行くから、それまでに書類を取ってきてほしい。父さんと母さんも明日ついてきて」


 両親は大きく頷いて、少しだけで寝ると言ってリビングに入る。


 後ろを振り向くと、呆然としている純と坊主男子。


「話があるから、僕の部屋に行こう」


 純と坊主男子の手を引っ張って自室に行く。


「……どうしてこうなった?」


 部屋に入ると坊主男子が聞いてきた。


 ベッドに座ってから話す。


「強は母ちゃんに迷惑かけたくないんだよね?」

「うん。そうだ。母ちゃんには幸せになってほしい」

「でも、父ちゃんとの思い出があるこの町から引っ越しはしたくない」

「…………うん」

「だったら、強が僕の家の子になればいい。そうすれば、恵美さんは直史さんについて行けるし、強はこの町に残ることができる。強は僕の家族になるのでいいよね?」


 坊主男子の後ろにいた純が何か言いたそうに僕を見てる。


 頷くと口を開く純。


「強がこうちゃんの家族になっても、強は自分の家で住めなくなる」

「恵美さんも直史も本当に強のことを心配していた。だから、家を強にあげる可能性は高いと思うよ」

「そうならなかったどうする?」

「僕が両親に借金して、家を買ってもらうよ。両親も嫌がらないと思う」


 坊主男子の前でしゃがむ。


「強が望んでいたように夏休みが過ぎてもずっとこの町にいられるよ。よかったね」

「…………」

「どうした? 嬉しくない? 僕はみんなが幸せになるようにしたんだけど違った?」

「…………」

「強が嫌なら、強が僕の家の子になるのはなかったことにしていいよ」


 坊主男子は頷きながら、「なる」と呟く。


「養子縁組の紙に強が名前を書いたら、2度と恵美さんの子どもに戻れないからね」

「……うん」

「それじゃあ寝よう。明日僕と強と両親で強の家行くから、じゅんちゃんは家で待ってて」

「……おう」


 純は坊主男子を一瞥してから部屋を出る。


「……1人にしてもらっていいか?」


 ベッドに転がろうとしていると坊主男子がそう言った。


 部屋を出てすぐに、坊主男子の泣き声が聞こえる。


 母の部屋に行き、ドアをノックする。


「部屋に入っていい?」

「おう」


 部屋の中に入り鍵を閉める。


 純はその行動を訝しげに見ている。


 当たり前の反応だけど傷つくな。


 ベッドに座っている純の隣に行き、耳元で極力小さな声で言う。


「僕は嘘を吐いている。ごめん。明日全部終わったら詳しいことは話す。本当にごめん」


 喋り終わってすぐに土下座をする。


「……こうちゃん」


 背筋が凍るほどの冷たい声で名前を呼ばれる。


 ……顔を上げることができない。


「こうちゃんが理由もなく……私とらぶちゃんのため以外に人を傷つけないことを知っている。でも、こうちゃんの所為で、強君は今までにないぐらい寂しそうで苦しそうな顔をした」

「……ごめん」

「今、本当のことは話してくれない?」


 坊主男子に話を聞かれたら明日の作戦が上手くいかないかも。


 今すぐ本当のことを話して楽になりたいけど我慢。


 謝ることしかできないから、何度も謝る。


「こうちゃんは謝らなくていい。強に何もできていない私が怒るのは筋違いだから。でも、嘘でも親子の仲を引き離そうとするこうちゃんのことを許せない。部屋から出て行って」


 純の顔を見るのが怖くて俯いたまま部屋を出る。


 リビングに行くと、気持ちよさそうに寝ている両親がいた。


 ソファに座って朝になるのを待つ。


 いつの間にか寝ていたのか、外が明るい。


 急いで時計を見ると、7時過ぎで両親も起きている。


 自室に行きゆっくりとドアを開ける。


 坊主男子は寝ていたからリビングに戻る。


 両親を起こすと、パジャマのままで市役所に行こうとしたから止める。


 これからしようとしていることを話す。




 8時を過ぎて坊主男子がリビングに入ってくる。


「もう少ししたら強の家に行くよ」

「……うん。百合中さんの父ちゃんと母ちゃんはどこに行った?」

「養子縁組の書類を取りに行ってるよ」

「……」

「恵美さんと直史さんに僕から養子縁組のことを話すけど、絶対に反対するからその時は強が僕の家の子になりたいって言って。そうすれば、恵美さんは直史さんの所に行って2人だけが幸せになれるし、誰もいない父ちゃんの思い出がある家に強は住むことができる」

「……おれは……」

「強が寝る前にも言ったけど、養子縁組の紙に強が名前を書いたら2度と恵美さんの子どもに戻れないからね。やめるなら今だけどどうする?」

「やめ、だ、ぐない」


 坊主男子は涙声だったけど、僕の目を真っ直ぐに見て答える。


 両親が書類を持って帰ってきた。


 それを鞄に入れて坊主男子の案内で、僕達は坊主男子の家に向かう。


 少しして、裸足でかけてきた坊主男子の母親が僕の胸倉を掴む。


「大事な強を誘拐して絶対に許さない‼ 今すぐ警察に連れて行くわ‼」


 坊主男子の母親は僕の顔に張り手をしようとした。


 走ってきた坊主男子の義父に止められる。


「恵美さんと直史さんに大事な話があるので、家の中に入っていいですか?」

「ふざけたことを言わないで! 犯罪者を家に入れるなんて嫌よ!」

「昨日の夜は無理矢理強君を家に連れて帰ったのは事実ですが、強本人は嫌がってないので誘拐ではありません」

「そんな屁理屈が通用すると思うの!」


 ここで話していても埒が明かない。


「直史さん、家に連れて行ってもらっていいですか?」

「……分かった」


 直史さんに案内してもらって、坊主男子の家の中に入る。


 坊主男子の母親は怒号を飛ばしてきた。


 気にせずに1番奥の部屋に入る。


 段ボールがそこら中にあるのを避けながら机の前に座る。


 鞄の中から養子縁組の紙を取り出して机の上に置く。


 空気をたくさん吸って言葉を吐き出す。


「強は父との思い出があるこの家から出て行きたくないんだよ‼ でも、そんなことを言ったら恵美さんが悲しむから言えないでいるんだよ‼」


 僕を睨んでいた坊主男子の母親が目を見開いた後、坊主男子に視線を向ける。


「……本当なの?」

「母ちゃん……ごめん。お、おれは、この人たちの家族になる」


 僕と僕の両親を指さしながら坊主男子が言うと、坊主男子の母親は泣き崩れる。


「強が望んで僕の家族になりたいと言っているので、認めてくれますよね?」


 坊主男子の母親は話をできる状態ではない。


 坊主男子の義父に話しかける。


「ぼくは強君が選んだことを優先するよ」

「母ちゃんのことを幸せにしてください」


 坊主男子は坊主男子の義父に頭を下げてから、書類の前に座ったからペンを渡す。


 養子になる人と書かれている下の空白を指差す。


「氏の所には百合中、名の所には強って書いて」


 震えた手で強と書いた坊主男子は聞いてくる。


「……ゆりなかの漢字が分からない」

「ちょっと待って」


 スマホのメモ帳機能で、百合中と打って書類の横に置く。


 氏の所にペンを当てて、坊主男子は動かなくなる。


「そこに百合中と書いてしまったら、強は百合中強になる。恵美さんと違う名字になるよ」

「…………」

「僕が代わりに書いてあげる」


 ペンを取ろうとすると、坊主男子は僕の手を叩く。


「嫌だ! ぼくは母ちゃんの子どもじゃなくなるのは嫌だ! でも、父ちゃんのことを忘れたくないよ!」


 やっと坊主男子が自分の家族に本音を口にした。


 坊主男子の母親は立ち上がって坊主男子を抱きしめる。


「母ちゃんも強が子どもじゃなくなるのは嫌よ! それに強と一緒で父ちゃんのことを忘れたくない! 母ちゃんは強と父ちゃんのことが今でも1番好きよ!」


 抱き合った2人はしばらく泣き続ける。


 落ち着きを取り戻した坊主男子の母親は坊主男子の義父の前に行く。


「直史さんごめんなさい。やっぱり別れ」

「母ちゃんが父ちゃんと僕のことを1番好きだと分かったからもう大丈夫。だから、おれも直史さん……父さんについていく」

「……強、ありがとう……ありがとう」

「母ちゃん、くすぐったいよ」


 再び坊主男子と坊主男子の母親抱き合う。


 そんな2人を坊主男子の義父は優しい笑顔で見守っている。

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