123話目 坊主男子が弟になる

 公園とコンビニを探したけど、坊主男子は見つからない。


 他に坊主男子の行きそうな所を知らないから、適当に探すしかない。


 1時間以上経っても、見つかる所か手がかりすらない。


 自動販売機でスポーツドリンクを買って地面に座って飲む。


 坊主男子の家を知っていれば、そこに向かって坊主男子が帰宅しているか確認できるのに。


 ……わざわざ坊主男子の家に行かなくても、坊主男子の義父に電話すればいいな。


 2時過ぎにも関わらず、1コールで坊主男子の義父は電話に出る。



『強君に何かあったの?』



 その1言で坊主男子が家に帰っていないことが分かる。



「強君がいなくなったから探してます」

『一緒に探すからどこに行けばいい?』



 ここをどう説明すればいいか分からないから、待ち合わせ場所を公園にしよう。



「ラジオ体操をしている公園を知ってますか?」

『知ってるよ。すぐに行く』



 公園に着いてすぐに坊主男子の義父がやってくる。


「強君が、迷惑を、かけて、ごめん」


 坊主男子の義父は息を乱しながら謝る。


「僕の方こそ強くんから目を逸らしてごめんなさい」

「気にしなくていいよ。どこを探した?」

「この辺りを探しましたけど見つからなかったです」

「そっか。もう少し2人で探して見つからなかったら、警察に連絡するよ」


 走ってからすぐにこけそうになって立ち止まる坊主男子の義父。


 足元を見ると揃っていないサンダルを履いている。


 本気で坊主男子を心配していると分かる。


「直史さん大丈夫? 靴持ってきたわ」


 髪を結んだ女性がスニーカーを持ってきて、坊主男子の義父に渡す。


 睨んできた女性は僕の顔を殴ろうとして、その手を坊主男子の義父が摑む。


「恵美さん、彼はなにも悪いことをしてないよ」

「分かってる! でも、もし強に何かあったら、私は彼を許せない!」

「強君は絶対に見つけるから安心して。ほら、恵美さん深呼吸してスーハー、スーハー」


 坊主男子の義父に言われた通りに深呼吸をする女性。


 女性は落ち着いたのか、僕に「ごめんなさい」と頭を下げながら謝る。


「もしかしたら、強君が家に帰ってくるかもしれないから、恵美さんは家で待っていて。強君が見つかったらすぐに連絡するから」

「……分かったわ」


 とぼとぼと歩いて帰る女性を見ながら、坊主男子の義父が言う。


「気づいていると思うけど、恵美さんは強君の母親だよ。だから、強君がいなくなって君に怒りをぶつけてしまったんだ。本当にごめん」


 僕に深々と頭を下げる。


「僕の方も悪いので気にしなくていいです。それより、強君を探しましょう」

「そうだね。君の言う通りだね」


 坊主男子の義父と別れてから、自宅に向かう。


 もしかしたら、坊主男子が戻ってきているかも。


 家の前で純が立っている。


 今の状況を説明すると、純は「小学校」と言う。


 小学生の坊主男子なら、小学校を安全な場所だと思って行く可能性は高い。


 小学校に向かっていると、純が着いてきていることに気づく。


 深夜に純を外に出したくない。


 でも、真剣な顔をして走っている純に帰るようには言えない。


 門をよじ登って、小学校の中に入る。


 プールがある方からボールが跳ねるような音がした。


 そこに行くと、坊主男子が壁に向かってボールを投げている。


 僕達の姿を見た坊主男子は逃げようとしたけど、すぐに純に捕まる。


 連絡するなと坊主男子が大声を出しているが無視。


 坊主男子の義父に電話して、ここにくるように言う。


「引っ越ししたくない! 母ちゃんを悲しませたくない! おれはどうしたらいいんだよ!」


 坊主男子のその叫びを聞いた純は手を放す。


 校門の方に走って行く坊主男子の前に坊主男子の義父が現れる。


 急に立ち止まってこけそうになった坊主男子を坊主男子の義父が支える。


「強君、家に帰ろうか?」

「…………」

「強‼」


 走ってきた坊主男子の母親が叫ぶ。


「心配したんだから! 本当に心配したんだから!」

「……ごめん、ごめん、なさい」


 坊主男子の母親に抱き着かれた坊主男子は大泣きしながら謝る。


「じゅんちゃん、帰ろうか?」

「おう」


 門をよじ登っていると、近づいてきた坊主男子が僕に手を伸ばす。


 坊主男子が抱えている問題は解決してない。


 だから、助けを求めているのだろう。


 坊主男子の母親と義父から逃げるのを手伝ってほしいと。


 そうだったとしても、僕は坊主男子を助けない。


 これ以上他人の家の揉め事に振り回されたくない。


 純が伸ばされた坊主男子の手を握って、自分の方に引き寄せる。


「何しているの‼ 早く強を返して‼ 警察を呼ぶわよ‼」


 怒鳴り始める坊主男子の母親の声を聞きながら考える。


 ここで僕が純に坊主男子を坊主男子の母親に渡すように言ったら。


 ……純の僕に対する信頼がなくなるな。


 どうすればその悲劇を避けることができる?


 昨日の夜に両親が坊主男子に言っていたことを思い出して、案が浮かぶ。


 この作戦を実行するには1度、坊主男子から坊主男子の母親と義父から引き離す必要がある。


 このまま純が坊主男子を抱えて僕の家に逃げることもできる。


 そんなことをしたら本当に通報される。


 坊主男子の母親はスマホを取り出す。


 考えている時間はない。


 純の信頼がなくなるより、純が警察沙汰に巻き込まれる方が嫌。


「じゅんちゃん、強を琴絵さんに」

「私は母さんが死んでから父さんのことをずっと無視している。母さんが死んで父さんが苦しんでいることを知っているのに、どうしたらいいか分からずに何もできてない。そんな自分が大嫌い‼」


 純の叫び声に驚いたのか坊主男子の母親はスマホを落とす。


「強だって私と一緒でどうしたらいいか分からずに悩んでいる! 引っ越ししたくないのに、母親が悲しむから言えずに苦しんでいる!」

「おれはそんなこと!」

「思ってない?」

「…………」


 純から坊主男子は目を逸らす。


「強君の母ちゃんをとろうとしてごめんね。恵美さん、離婚してもらっていいかな?」

「……分かったわ。直史さん……今まで本当にありがとう」


 坊主男子の義父は門を上りながら、坊主男子に言う。


「いい父親になれなくてごめんね」


 坊主男子は坊主男子の義父に手を伸ばす。


 後ろを向いている坊主男子の義父はそれに気づかない。


 気づいてほしいなら、声を出さないといけない。


「2人とも離婚しなくていいですよ! 強君は、いや強は僕の弟になるから!」


 そう大声を出すと、全員が僕を見る。


 純が抱いている坊主男子を引き寄せて、抱っこしたまま門から下りる。


「強、僕の背中に乗って」


 言われるままに坊主男子は僕の背中に乗る。


 下りてきた純の手を握って、家に向かう。

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