122話目 消えた坊主男子

 床に転がっている両親を見ながら溜息を吐く。


 16時ぐらいから飲みなおした両親は今の21時まで飲んでいる。


 ソファ周辺に空き缶が散乱していて踏み場がない。


 片づけをする前にはしゃぎ疲れて眠った愛を家に連れて行く。


 酒の匂いで酔って眠った純は母の部屋のベッドに寝かせる。


 リビングに戻ると、坊主男子が空き缶を片付けしている。


 窓を開けて換気はしても酒臭いな。


 消臭スプレーを部屋全体と両親にかける。


 ソファの前の机を部屋の端に移動させて布団を敷く。


 布団の上に坊主男子と協力して両親をのせる。


 坊主男子は椅子の背にもたれながら疲れた顔をしている。


 アイスココアを作って、坊主男子の前に置く。


「百合中さんはいいな。こんなに優しくて面白い父ちゃんがいて」


 椅子に座ってアイスココアを飲んでいると、対面に座っている坊主男子が話しかけてくる。


「僕は面倒に感じることが多い」


 特に甘えてこようとする所。


 甘えたいなら、愛と純に生まれ変わって出直してこい。


「おれは全然面倒じゃない。ボールの投げ方を教えてくれるし、シャンプーでおれの髪をミツキーやピカチョウにしてくれて面白かった!」


 坊主男子は涎を垂れしながらいびきをかいている父を見ながら呟く。


「おれはここにいていいのかな?」

「夏休みが終わるまではいていい。夏休みが終わったら、自分の家に帰りなよ。坊主男子が今すぐ家に帰りたいなら帰ってもいいけど」

「……この家にずっと……いたいよ‼」


 急に泣き出したと思ったら叫び始めた。


 勢いよく体を起こした両親は坊主男子を挟んで抱き着く。


「こうちゃんに虐められたの? 悪いお兄ちゃんね」

「弟をいじめる兄なんて最低だ。反省しない」


 母と父がジト目で見てくる。


「いつから坊主男子じゃなくて強が僕の弟になったんだよ」


 僕に弟ができるなんて冗談でも口にしてほしくない。


「……父ちゃんに、会いたい」


 涙でぐしゃぐしゃの坊主男子が父に向かって言った。


 父は優しく微笑みながら坊主男子に聞く。


「強の父ちゃんはどんな人?」

「……おれの父ちゃんは……死んで、もういない」

「どんな人だった?」

「……お酒が大好きだった。たくさんのんでいて母ちゃんによく怒られていた。怒られているのに、父ちゃんは嬉しそうに笑ってた。なんで笑っているのか聞いたら、母ちゃんの愛を感じるからだって言ってた」


 父親のことを話す坊主男子は嬉しそう。


「強の父ちゃんと母ちゃんは仲がよかったんだね」

「うん。父ちゃんと母ちゃんは裸で毎晩プロレスをして楽しそうに遊んでいた」


 急に笑顔が消えた坊主男子は俯く。


「おれは父ちゃんが大好き……だけど、今も大好きでいいのかな? おれが父ちゃんの話をすると母ちゃんが悲しそうな顔をする。……おれが父ちゃんのことを嫌いになった方がいいのかな? 嫌いになったら父ちゃんの話をしないようになるのかな?」


 父は坊主男子の頭を撫でる。


「強が父ちゃんのことを好きなままでいいのか嫌ったほうがいいのか分からない。でも、強が大好きな父ちゃんの話をぼくはもっと聞きたいな」

「……うん。話したい! おれが大好きな父ちゃんの話をもっと話したい!」


 坊主男子の父親が1年前に仕事先の工事現場の事故に巻き込まれて死んだこと。


 引っ越ししたくないのは父親との思い出がある家と町から離れたくないこと。


 5分ぐらいかけて、そのことを坊主男子は話した。


「……どうしたらいい?」


 父と母の顔を見た後、僕の方に視線を向ける坊主男子。


「自分で選択するしかない。引っ越ししたくないなら説得するしかないし、迷惑をかけたくないなら引っ越しするしかない」

「こうちゃんはもう少し真剣に考えてあげて!」

「そうだよ。強は本気で悩んで、ぼく達に助けを求めているのだから」


 母と父はそう言ってから、うんうんと唸る。


 長い間、唸り続けた両親は同時に言う。


「「(ぼく)(わたし)達の子どもになる?」」

「おれは母ちゃんのことが大好きだから、百合中さんの母ちゃんと父ちゃんの子どもにはなれない」


 父と母はアイコンタクトをしてから、2人で坊主男子を布団の方まで抱えて連れ行く。


 坊主男子を寝かせて、その両端に両親は寝転がる。


「夏休みが終わるまでは強ちゃんは百合中家の一員だから、わたしのことを母ちゃんだと思って甘えてほしいわ」

「ぼくのことも父ちゃんだと思って甘えてほしい。ほら、父ちゃんって呼んで」

「…………父ちゃん」

「強! ぼくの可愛い息子よ!」


 顔を赤くしている坊主男子に勢いよく抱き着く父。


 母は頬を膨らませる。


「浩二さんだけずるいわ。わたしのことをも母ちゃんって呼んでほしいわ」

「…………母ちゃん」

「夏休みが終わっても、強ちゃんはわたし達の子どもよ!」


 母も坊主男子に抱き着く。


「……父ちゃん、母ちゃん、温かくて気持ちいい」

「三実さん! 今すぐにでも市役所に行って、養子縁組の書類をもらってこようよ!」

「落ち着いて! 浩二さん! 市役所は8時30分から開くから、明日朝早くから市役所に並びましょう!」


 2階まで響きそうなぐらい父と母が叫ぶ。


 純が起きてしまうから、両親を外に出したい。


「……今日はこのまま……父ちゃんと母ちゃんといっしょに寝ていい?」

「ぼく達の息子が可愛過ぎる!」

「そうね、わたしたちの子どもが可愛過ぎるわ! この感動をスマホで撮って残さないといけないわね!」

「ぼくも強の写真を撮る!」


 両親は恥ずかしがる坊主男子の写真を撮り始める。


 1時間ぐらい経って、3人が手を繋いで眠っている。


 3人に毛布をかけてから電気を消し、リビングを出て部屋に向かう。


 深夜、喉が渇いたから水を飲むために1階下りる。


 玄関に明かりがついていた。


 不思議に思いながらリビングに入る。


 廊下からの電気で少し明るいから、部屋の電気は点けずに水を飲む。


 部屋から出て行こうしている時に違和感があった。


 両親と坊主男子が寝ている所を見る。


 ……坊主男子がいない。


 走って玄関に向かうと、坊主男子の靴がない。


 寂しくなって家に帰ったのかも。


 坊主男子に何かあったら愛が悲しむ。


 財布とスマホを持って、坊主男子に探しに外に出る。

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