121話目 コウノトリって怖いの⁉

 机に置かれている缶を片づけていると、コンビニに行っていた愛が足を震わせながら部屋に入ってくる。


「三実にモデルの歩き方を教えてもらったよ! 格好いいでしょ!」


 生まれたての小鹿みたいで可愛い。


 可愛いといったら怒られるから、格好いいと返す。


「浩二さんは戻ってきてるの?」


 後から入ってきた母が聞いてきた。


「戻ってきてないよ」

「浩二さんと強君の様子見てくる」

「らぶも一緒に行く! もっとげいのかいのこと教えて!」

「いいわよ。芸能界のこと教えてあげる」


 愛と母が部屋を出て行こうとしていると、坊主男子が部屋に入ってきて僕の前にくる。


「百合中さんの父ちゃんとのキャッチボール楽しかった」

「じゅんちゃんが寝てるから、小さな声で喋って」


 坊主男子は息を大声で出したから注意する。


「ごめん。今から百合中さんの父ちゃんとお風呂入ってくる」


 笑顔を浮かべた坊主男子は部屋を出る。


 全員が集まったら確実にうるさくなる。


 純を母の部屋に連れて行きリビングに戻る。


 母は机の上に酒を並べながら、愛の方を見ながら口を開く。


「愛ちゃんは好きな人いないの?」

「こうちゃんとじゅんちゃんが大好きだよ! れんちゃんも大好きだし、音色も好きだし、後はね」

「ライクの好きじゃなくてラブの好きはないの?」

「ライク? ラブ?」

「簡単な英語も分からない愛ちゃんが可愛過ぎるわ」

「英語ぐらい分かるよ! 犬はドッグでしょ! 猫は……ネッコだよ!」


 ドヤ顔をしながら愛。


「そうね。わたしが間違っていたわ。愛ちゃんは天才ね」

「そう言われると、嬉しいよ! 三実好きだよ!」

「わたしも愛ちゃんのこと好きよ」


 頬を擦りつけ合う愛と母は幸せそうに微笑む。


「愛ちゃんは恋人にしたい人はいないの?」

「らぶはこうちゃんとじゅんちゃんとずっと一緒だから、恋人はいらないよ!」

「幸ちゃんのお嫁になってほしいと言おうと思ったけど、それなら愛ちゃんが幸ちゃんのお嫁にならなくても安心ね。いえ、1つだけ問題があるわね」


 母は優しい笑みを浮かべながら口にする。


「愛ちゃんと純ちゃんのどっちが幸ちゃんの赤ちゃんを産むのか考えないといけないわね」

「赤ちゃんほしいよ! こうちゃんとの赤ちゃんもほしいし、じゅんちゃんとの赤ちゃんもほしいよ!」


 その言葉に母は呆然と愛を見つめてから、僕の手を摑みキッチンの方に連れて行く。


「赤ちゃんはコウノトリが運んでくれるって、愛ちゃんは思ってるのかしら?」


 愛に聞こえない配慮なのか小声で喋る母。


 漫研部達に見せられた愛が描いたBLの本の内容を思い出す。


 内容は僕と男になった純の間に子どもができていて、僕達が子育てをする話。


 もしかしたら、愛は男同士でも子どもができるなら女子同士でもできると思っているのかも。


 BL漫画を描いていることは愛本人が恥ずかしがって隠していることだから、このことを母に伝えない方がいい。


 母と話を合わせようとしていると、愛がやってくる。


「こうちゃんと三実は何話しているの?」

「赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんだよねって話していたわ」

「そのなの! 赤ちゃんを運んでくれるココウノトリがいるの! ココウノトリにらぶ会ってみたい! どこでココウノトリに会えるの?」


 目を輝かせながら顔を近づけてくる愛に母は「助けて」と口パクをしてくる。


「コウノトリって言うのはおばけと一緒で目には見えないんだよ!」

「ココウノトリは怖いの⁉」

「怖くないよ。おばけにも怖いおばけはいるけど、優しいおばけもいるよ。例えば、座敷童っていう子どものおばけは住み着いた家をお金持ちにしてくれる」

「らぶも聞いたことあるよ! 座敷童とだったら一緒に遊びたいよ! じゅんちゃんにも、ココウノトリのことを教えてくるね! じゅんちゃんはどこにいるの?」


 愛が純にこのことを口にすれば話が嚙み合わずに、僕の話が嘘だったことが分かる。


 純に話を合わせるように頼めばいいけど、純は今寝ている。


 無理矢理純を起こすことは僕にはできない。


 純以外の人にも愛がこのことを聞かないようにしないと。


「こうちゃん! じゅんちゃんはどこにいるの?」

「母さんの部屋だよ!」


 反射的に答えてしまう。


 部屋を出て行こうとする愛を見ながら、必死に考える。


 コウノトリのことを他人に話してはいけない理由……案が浮かび口にする。


「コウノトリはサンタと一緒で他人に教えたらこなくなるから、内緒にしておかないといけないよ」

「そうなんだね! 愛は誰にも言わないよ! ココウノトリが来なくなったら、らぶの赤ちゃんに会えなくなるから! こうちゃんも三実も誰にも言ったら駄目だよ!」


 愛の言葉に僕達は頷く。


 今もサンタがいることを信じている愛なら疑うことはないと思って口にした。

愛の純真さを利用して胸が痛い。


「ココウノトリに手紙を書かないといけないよ! 手紙はどこに出せばいいの?」

「おばけがたくさんいる所にポスターがあって危険だから僕が出しておくよ」

「らぶはおばけ怖くないけど、こうちゃんにお願いするよ! らぶの家から手紙を書く道具を持ってくるよ!」


 愛が部屋を出て行く。


 もう1つ手を打っておこう。


 急いで琴絵さんに電話して、事情を話す。


 琴絵さんは話を合わせればいいのねと言ってくれた。


 お礼を言って電話を切る。


 愛とよく関わる恋、音色、漫研部の女子達にも伝えておこう。


 漫研部の女子達以外はすぐに連絡がつく。


 恋が漫研部の女子達に伝えてくれると言ってくれたからお願いした。


 スマホをポケットに閉まっていると、母が真顔で言う。


「詐欺師の才能は幸ちゃんにあるけどならないでね」

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