120話目 両親登場

 昼食後、家のチャイムが鳴る。


 玄関に向かうと、扉が開いて両親が抱き着いてこようとしたので避ける。


「何で避けるの?」

「何で避けるんだ?」


 母と父が頬を膨らませながら抗議してくる。


 無視してリビングに戻ろうとすると2人に手を摑まれる。


「百合中家のルールは、家族が揃ったら必ずハグをしないといけないよ」

「そうよ。家族なんだから恥ずかしがらずにハグをしましょう」


 父と母に挟まれて逃げられそうにない。


「僕は思春期だからべたべたしたくない。親なら察してほしい」

「可愛い息子を目の前にしてべたべたせずにすむわけがないだろ」

「そうよ。幸ちゃんは世界一可愛くて頼りになるわたしたちの子どもなんだから、触らずにはいられないわ」


 じりじりと父と母が近づいてくる。


「それ以上近づいてきたら、百合中家でお酒飲むことを禁止するよ」

「「ごめんなさい」」


 両親は大の酒好き。


 本当に面倒臭くなったら、毎回この脅し文句を言っている気がする。


 リビングに入ろうとする2人の手を摑む。


「やっぱり抱き着いてほしいのか?」

「素直になれないこうちゃんもわたしは好きよ。おいで」

「部屋にらぶちゃんとじゅんちゃんがいるから抱き着かないでね」


 僕の方に両親が手を広げているが無視して話をする。


「「何で?」」

「母さんも父さんもらぶちゃんとじゅんちゃんに抱き着いたら、ずっと抱き着いたままだからだよ」

「久しぶりに会うんだからいいだろ」

「2人とも喜んでいるかいいでしょう」

「駄目だよ! らぶちゃんはじゅんちゃんのもので、じゅんちゃんはらぶちゃんのものなんだから」


 熱弁する僕を無視して、両親は僕を引き摺りながらリビングに入る。


「三実と浩二! すっごく久しぶり! ギュッするよ! 三実からギュッ~!」


 椅子から立ち上がった愛は母に飛びつく。


「前にあって8カ月しか経ってないのに、愛ちゃんはすごく大きくなったね。一段とお姉さんっぽくなったわね」

「やったー! ありがとう! 三実好き! 大好き!」

「でへへへへ! 愛ちゃんの体、全体的にぷにぷにしてて気持ちいいわ!」


 鼻の下を伸ばしてエロ親父みたいな顔をしている母の顔を見たくなかった。


「愛ちゃん、次はぼくにハグさ」

「父さんは駄目だよ!」


 父が言い終わる前に、そう断言する。


「何で母さんはよくて、ぼくは駄目なんだ?」

「父さんは男だから、らぶちゃんに抱き着いたら駄目だよ。らぶちゃんが汚れてしまう」

「男女差別だ!」

「浩二さん子どもの前で叫ぶのは大人げがないわ。純ちゃん、ただいまのハグしていい?」

「……おう」

「照れている純ちゃん可愛いわ! たくさんハグしちゃう」


 耳を少し赤くした純を抱きしめた母は表情を緩めきっている。


「三実さんばっかりずるい。幸でもいいからハグさせて」

「嫌! 絶対嫌!」

「息子が冷たい! これが反抗期か!」

「浩二さん、幸ちゃんがわたし達に冷たいのはいつものことだから反抗期じゃないわよ」

「そうか。それなら安心だな」


 父と母が笑い合う。


 2人は本当に能天気だな。


「三実さんから聞いたけど、近所の男の子を預かっているんだろ。どこにいるんだ?」

「僕の部屋にいるよ。呼んでこようか?」

「うん。頼む」


 年に1度家に帰ってくるかどうか分からない両親。


 今年の1月の初旬に別々に帰ってきていた。


 そんな両親が揃って帰ってきたのは、僕が他人の子どもをきちんと預かれているか気になったからだろう。


 部屋に行きドアを開けようとするけど、鍵がかかっていて開かない。


 愛に注意されてから、坊主男子は部屋に籠っている。


「僕の両親が今帰ってきて、坊主男子に会いたいって言ってるから部屋から出てきて」

「……」

「早く出てこないとらぶちゃんに」

「言っていい! おれがおしっこを漏らしたって! もう嫌われてるから言っていい!」


 このまま勘違いしてくれたら坊主男子が愛に近づかなくなるかも。


 でも、坊主男子が部屋にずっと籠っていると愛が心配する。


 誤解を解くしかないな。


「らぶちゃんは坊主男子のことを嫌ってないよ」

「……本当か?」

「うん。らぶちゃんはエッチなことを過剰に恥ずかしがるから、少し強めに坊主男子に注意しただけで怒ってないよ」

「……百合中さんが言うなら、信じる」


 鍵が開く音がして、部屋から坊主男子が出てきた。


 坊主男子が僕を信用できる理由が全く浮かばない。


 2人で階段を下りる。


「名前を教えてもらっていいかな?」

「……野々原、強……です」


 リビングに入ると父が坊主男子の目の前に立って話しかけ、坊主男子はおずおずと返事する。


「抱き着いていいか?」

「……」


 父にそう聞かれた坊主男子は助けを求める目で僕のことを見てくる。


「嫌なら断ってもいいよ」

「……嫌ではない」


 坊主男子は俯きながら呟く。


 全然可愛くないと思うけど、父は違ったらしく。


「可愛いな! 幸の小さな頃を思い出すな!」


 そう言いながら坊主男子に抱き着く父。


「昔の幸はぼくのことを大好き……とは言わなかったな。……息子よ、ぼくのこと好きだよな?」

「嫌いではないけど、好きではない」

「いいよ! 好かれなくてもぼくは息子のこと大好きだから!」


 坊主男子はされるがまま、父に頭を撫でられている。


 父と母を見ながら言う。


「2人は昼、何か食べた?」

「「食べてない」」

「何か食べたいものはある?」

「「おつまみとお酒」」


 両親はそう返事しながら、鞄から大量のお酒を取り出す。


「お酒を飲むのはいいけど、悪酔いしてらぶちゃんとじゅんちゃんに無駄に絡むのはしないでね」

「そんなことするわけないだろ。ぼく達はいい歳なんだからね」

「そうよ。子どもの前でそんな恥ずかしい姿なんて見せないわ」


 両親がお酒を飲んで数10分後。


「愛ちゃん、純ちゃんチューしましょう! チュー!」

「三実……エッチだよ! 簡単に……チューしたら駄目なんだよ!」

「大人ならチューするのは都会では当たり前だよ!」

「東京で住んでいる三実が言うから信じるよ! でも恥ずかしいから目を瞑っていい?」

「愛ちゃんちょろ過ぎて可愛過ぎる! 純ちゃんも恥ずかしいなら目を瞑ってもいいわよ!」

「……おう」

「2人ともちょろ過ぎるわ。これはもうブチューとするしかないわね」


 愛と純が目を瞑り、母は涎を垂らしながら2人の唇に。


「させるわけないよね」


 母の顔面を摑んで持ち上げる。


「幸、ちゃん、痛い、痛い」

「先に注意はしているから、このまま外に捨てても問題ないよね」

「もう、しない、から、許して、ほしいわ」

「次はないよ」


 そっと地面に母を下ろす。


 未だに目を瞑っている愛と純に視線を向ける。


 このまま、2人の顔を引っ付けたい衝動を我慢しながら目を開けるよう言う。


 愛と純がキスをするのは2人の意思でしてほしい。


「息子よ! 今からキャッチボールしよう!」


 父が手を握ってこようとするので避ける。


「何で避ける⁉」

「父さんはノーコンで変な所にボールを投げるから嫌だよ」

「やりたい! やりたい! やりたい!」


 駄々をこねる父を冷たい視線で見ていると、坊主男子が父に言う。


「おれでよかったら、やってもいい」

「うん! やろう! 今すぐやろう!」


 父は坊主男子を脇に抱えて部屋を出る。


 少し経っても庭にこないから、公園にでも行ったのだろう。


「純ちゃんは本当にいい体してるわ。女性のわたしでも間違いを起こしそうになりそう。純ちゃんは今わたしの部屋で寝ているのよね。今日はわたしと一緒に寝ない?」


 母が純に抱き着く。


 引き剥がす時に母から気持ち悪くなるほどの酒臭さがした。


 ソファの前に置かれている机の上には埋め尽くされるほどの酒の空き缶。


 これだけ飲めば酒臭くもなる。


「コンビニでお酒を買ってくるわ」

「らぶもついていくよ!」


 足元がふらついている母を心配して愛はそう言ったのかも。


 2人にしたら母が愛を襲いそうで怖い。


「僕も一緒についていくよ」

「こうちゃんは私と一緒にいて!」


 純に腰を摑まれて、身動きが取れなくなる。


 その間に、愛と母は手を繋いで部屋から出て行く。


「じゅんちゃん、手を放してほしい」

「いや! 私はこうちゃんに抱き着くの! こうちゃんは私に抱き着かれるのは嫌?」

「嫌なわけないよ! じゅんちゃんに抱き着かれて嬉しいよ!」


 純に猫なで声でそんなことを聞かれたら、嫌だと言えるわけがない。


「こうちゃんのいい匂いがする! すごく安心する匂いでいつまでも匂っていたくなる!」


 抱き着いたまま僕の前にきた純は僕の胸にすりすりと顔を擦りつける。


 早く愛を追いかけたい……純が可愛過ぎてこの場から動くことができない。


 せめて母に電話して愛に手を出すなと釘を刺そうと思って、スマホを取り出すけど。


「私だけを見て!」


 純は僕からスマホを奪い、机の上に置く。


 両親がお酒を飲む前まではいつも通りの純だったから、酒の匂いで積極的になっているのだろう。


 酔った人の対処は多少知っている。


 水を飲ませばいい。


 酒の匂いで酔っているから窓も開けないと。


「じゅんちゃん、少しだけ離れてもらっていい?」

「嫌だ! 私はこうちゃんのこと大好きだから、絶対に離れない! こうちゃんは私のこと好きじゃないの?」


 ぐはっ⁉ 純が可愛過ぎて血を吐きそう! 


 こんな可愛い純から離れることなんて僕にはできない!


「こうちゃん! 頬にキスをして! 早くして!」


 げぼらぁ⁉ 血以外も吐きそう!


「早く! 早く!」


 純と僕は家族みたいなものだから、頬にキスぐらいは愛情表現みたいものだからいいよね。


 ゆっくりと目を瞑った純の頬に向かって唇を近づけていると、純が後ろに向かって倒れる。


「……こうちゃん、大好き」


 僕の抱えられた純は気持ちよさそうに、寝言を口にする。


 純をソファに寝かせる。


 大人になっても僕と愛以外がいたら、純にお酒を絶対に飲ませない。

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