119話目 エッチなことはめっだよ!

 朝、リビングで掃除機をかけていると、坊主男子が何度も一瞥してくる。


「どうかした?」

「……ラジオ体操に行きたい。でも、百合中さんが面倒なら行かなくてもいい」

「行ってもいいよ。場所と時間は分かる?」

「場所はここから近い公園だけど……時間は分からい」

「僕達も小学生の時にその公園で夏休みにラジオ体操してたな。変わってないなら、始まる時間は6時30分だよ。今が6時過ぎだからもう少しして行こうか?」

「……うん」


 留守にしている時に愛と純がくるかも。


 家を出る前に、2人に公園でラジオ体操をしていることをランイで送ろう。


 自室に置いてあるスマホを取って戻ると、坊主男子は僕が部屋を出て行った場所で固まったまま。


「……公園に行くの、面倒じゃないのか?」

「坊主男子が朝食と洗いものをしてくれたから、いつもより時間が余っている。その余った時間を使うぐらい面倒じゃない」

「おれ何でも手伝うから言ってくれ」

「公園に向かいながら夏休みが終わるまでの、僕と坊主男子の家事の役割分担を決めようか?」

「うん!」


 少し早い時間に家を出るから、暇つぶし用のボールを持って家を出る。


 だいたいの家事の役割分担が決まる頃には公園に着く。


 既に子どもと数人の保護者がきていて、賑やかな声が聞こえてくる。


「おはようございます。いつもうちの子と遊んでくれてありがとうね」


 坊主男子は子ども達の輪に入って行く。


 呆然としていると、身に覚えのある女性が話しかけてくる。


 たまに一緒に遊んでいる子どもの誰かのお母さんだろうと思いながら、挨拶を返す。


 中年の男性がラジオ体操を始めると言いながら音楽をかけ始める。


 その男性の周辺にここにいる全員が集まり、ラジオ体操が始まった。


「友達とドッジボールしてきていい?」


 ラジオ体操が終わって帰ろうとしていると、坊主男子が近寄ってきて言った。


 スマホを見ると、愛と純から返事がない。


「いいよ。遊んでおいで」

「ありがとう!」


 子ども達が遊んでいるのを、ベンチに座って見る。


「野々原さんのお母さんはどうしたの?」


 近くにいた女性が聞いてきた。


 坊主男子の家の事情は他人の僕が話すことではない。


 でも、知らないと答えたら僕と坊主男子の関係を聞いてくるだろう。


 知り合いだから預かっていると、適当に誤魔化したらどういう知り合いか聞いてきそう。


 無視するか……そんなことしたら、僕の悪評が広まって愛がこの公園で遊びにくくなるかも。


「百合中さんも一緒に遊ぼう!」


 坊主男子が僕の方に向かって手を振りながら大声を出した。


 早足で坊主男子達の所に行く。


 チームの代表の2人がじゃんけんして、坊主男子のいるチームに僕が入る。


 敵のチームは内野と外野の連携が取れていて、リズミカルにパスをしあって隙を見せた人に確実に当てる。


 僕のチームで残ったのは僕と坊主男子と坊主男子より小柄な女子。


 敵チームは小柄な女子を狙ってボールを投げている。


 小柄な女子の顔面に当たりそうなボールを近くにいた坊主男子が手で叩き落す。


「大丈夫か?」

「……うん。強君、ありがとう」


 小柄な女子は顔を赤くして坊主男子にお礼を言った。


 坊主男子と小柄な女子が両想いになれば、愛に坊主男子がちょっかいを出す心配もなくなる。


 2人の恋を成就させたいけど、恋愛に関して全く知識がなくてどうすればいいか分からない。


 家に帰って覚えてたら、スマホで調べよう。


 落ちているボールを拾っていると、敵チームの生意気そうな男子が坊主男子のことを見ながら嘲笑する。


「強が格好つけてるぞ。もしかして強は静のことが好きなんじゃねえの」

「そんなわけないだろ! おれが好きなのは……」

「なんだよ! 最後まで言えよ! 強が好きなのは静なんだろ!」

「違うって言ってるだろ!」


 坊主男子は睨みながら、生意気な男子の方に向かって走る。


 男子同士が喧嘩しようが僕には関係ない。


 でも、僕の計画を邪魔した生意気な男子は許さない。


 生意気な男子が茶化した所為で、小柄な女子が坊主男子から距離を置くようになったらどうしてくれる。


 ボールを思いっ切り生意気な男子の顔に向けて投げると、直撃して後ろに倒れる。


「何するんだよ! お母さんにいいつけてやる!」


 起き上がった生意気な男子は今にも泣きだしそうな顔をしながら叫ぶ。


「ドッジボールしているのに、よそ見している方が悪いと思うけど」

「俺が強と話していただろ! 空気を読めよ!」

「空気を読むのはそっちだよ。みんなで楽しくドッジボールしていたのに、どうでもいいことを話し始めたから」

「うるせえ! そこを動くなよ! 母さんに言いつけに行くから!」


 生意気な男子は去ってすぐに、母親を連れて戻ってきた。


「私の卓哉ちゃんに怪我をさせたのはあなたですよね。卓哉ちゃんは優秀でとても優しい子なのにどうしてそんなことをするの?」


 事実を伝えた所で、私の子どもはそんなことしませんって言われるだろうな。


「幸、何かあったのか?」


 走ってこっちに向かってきた恭弥さんが聞いてきた。


 生意気な男子の母親は怒りから恐れの表情に変わる。


「幸が何かしたか?」

「何もされてません。本当にすいませんでした」


 恭弥さんに声をかけられた母親は子どもの手を握って去る。


「恭弥さん、ありがとうございます」

「おう」


 恭弥さんは走って公園から出て行く。


 それから、チーム分けを新たにしてから1ゲームした。


「……強君、いい?」


 公園を出ようとしていると、小柄な女子が坊主男子に話かける。


「うん。いいけど、何だ?」

「……あのね。……そのね」

「言いたいことがあったら、ちゃんと言えよ」

「……ごめん」

「言いたいことがないなら、おれは帰る」


 歩き出そうとする坊主男子の前に立つ。


「話を聞いてあげたら」

「百合中さんが言うなら聞くよ」


 坊主男子は小柄な女子の方に向く。


 顔を真っ赤にしながらスカートをぎゅっと握りしめる女子が可愛い。


 こんな子どもを愛と純の子どもにしたい。


「……強君、助けてくれて、ありがとう」

「助けようとしてないから、ありがとうと言わなくていい」

「……でも、でも」

「他に言いたいことがないんだったら帰る」

「…………」


 女子の目からは涙が零れる。


「大丈夫か? どこか痛いのか?」

「…………」


 慌てて聞く坊主男子に女子は首を左右に振る。


「なんでお前が泣いているのか分からないけどごめん」


 坊主男子は謝りながら女子の頭を荒々しく撫でる。


 女子の涙はすぐに止まり、頬を赤くしながらはにかむ。



★★★



 愛と純に挟まれてソファに座って朝ドラを見ていると、坊主男子が僕の前にきて凝視してくる。


「どうしたの?」

「……何でもない」


 何でもないなら気にしない。


「らぶちゃんは宿題終わった?」


 愛が東京に行く前に確認したけど、ほとんどできてなかった。


 東京に宿題を持って行ってたけど、終わっていないだろうな。


 宿題終わるまで、愛と付きっ切りになれる。


 そうなると、純が拗ねてしまうから、2人と平等に関わるスケジュールを頭で立てていると。


「終わったよ!」

「…………」


 な、ん、だ、と⁉


「音色が協力してくれたら、すぐに宿題終わったよ!」

「……そうなんだ。それはすごくいいことだね。音色にお礼を言いたいから電話かけてくるよ」

「わかった! いってらっしゃい!」


 自室に向かってポケットに入れているスマホを取り出し、音色にかけると1コールで出る。


「次余計ないことしたら近重さんに音色のあることないこと話して、2度と百合中家の敷居を跨げられないようにするから」


 そう言って、電話を切る。


 すぐに音色は電話をかけなおしてきたけど無視。


 楽しみを奪った制裁は終わった。


 リビングに戻って、愛と純の間に座る。


「宿題が終わったらたくさん遊べるね。らぶちゃんとじゅんちゃんはしたいことはある?」


 気持ちを切り替えて2人に話しかける。


「遊びたいよ! たくさん遊びたいよ!」

「そうだね。たくさん遊ぼう。じゅんちゃんはしたいことある?」

「こうちゃんとらぶちゃんと一緒にいられるだけでいい」

「僕もじゅんちゃんと一緒にいられるだけで幸せだよ!」

「らぶもだよ! じゅんちゃん大好き!」


 純に抱き着くと、立ち上がった愛も純に抱き着いた。


「強はしたいことある?」


 しばらくして、愛は坊主男子の所に行って聞く。


「言ってもいいのか?」

「いいよ! 今日は強のしたいことをしよう! 明日はじゅんちゃんの番で、次がこうちゃんの番で、らぶはお姉さんだから最後でいいよ!」

「……プールに行きたい」


 僕のことを一瞥しながら、坊主男子は言った。


「行こう! 今すぐ行こう! 水着に着がえてくるよ!」


 足早で出て行った愛は水着姿で戻ってくる。


「準備もできたから行くよ!」


 そのままの姿でプールに行こうとする愛をどうにか説得して、ワンピースを水着の上から着てもらう。


 愛の下着の着替えも忘れずに鞄に入れる。


 それから僕達は隣町のプールに向かったと定休日。


 近くにプールがあるか調べてもなかったから家に戻る。


「お風呂で泳ごう!」


 リビングに入った愛は服を抜いで水着姿になる。


 坊主男子、凝視するな。


「みんなで入ったら楽しいよ! 早く早く!」


 愛の提案で全員が水着姿で浴槽に入る。


 ぎゅうぎゅうで立ったまま身動きをとることができない。


 愛と純の肌が触れ合っているのを、集中して見たいけどそれ所ではない。


 坊主男子……身じろぎをする振りをして愛の肩を触ったな! 愛のちっぱいをガン見するじゃない! 


 苛々の限界がきた。


 坊主男子を浴槽から引っ張り出して、そのまま抱えてリビングに向かう。


 廊下が水浸しになっていても気にしない。


 今はそれより愛をエロい目で見た坊主男子を説教しないと。


「こうちゃん! 強! 早く戻って遊ぼうよ!」


 髪を濡らした水着姿の愛がやってきて、僕と坊主男子の手を摑む。


 今すぐに愛と純の水遊びをしている所を見たいけど、愛を男の危険から守らないといけない。


 真剣な顔で愛に話しかける。


「らぶちゃん、男はみんなエッチだから水着姿でも一緒にお風呂に入ったら駄目だよ」

「こうちゃんはこうちゃんだから大丈夫だよ!」


 ドヤ顔をする愛が可愛い、じゃなくて。


「僕もらぶちゃんのことは家族みたいに思っているから平気だけど、坊主男子じゃなくて強は違うよね?」

「強は子どもだから一緒にお風呂に入ってもエッチじゃないよ! 強はらぶのことをエッチな目で見てないよね?」

「……」


 愛から坊主男子は目を逸らす。


「らぶちゃんの胸を強はエッチな目で見ていたよ」

「こうちゃんが言っていることは本当?」

「……ごめんなさい」


 坊主男子が小さな声で謝罪をすると、愛の顔が真っ赤になっていく。


「エッチなことはめっだよ! めっ!」


 早口で叫んだ愛は部屋を出て行き、坊主男子は膝から崩れ落ちる。

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