118話目 幼馴染達の初めての化粧

 朝食を食べていると、愛がやってくる。


 愛は大量にケチャップがかかったオムレツを食べている純に話しかける。


「じゅんちゃん! 大人の女性は女子会をするんだよ! らぶも大人だから女子会をしたい!」

「私とらぶちゃんでする?」

「女子会はたくさんの女子がいないといけないかららぶはれんちゃんを誘うよ! じゅんちゃんも誰か誘って!」

「鳳凰院さんを誘っていい?」

「いいよ! すぐにれんちゃんに連絡しないと! スマホはらぶの部屋だよ! とってくるよ!」


 愛が部屋を出て行った後、純はスマホを触る。


 鳳凰院に連絡をしているのだろう。


 昨日と同じで今日も愛と純と離れる時間があるのか……嫌だな。


 女子会に参加したいなんて、2人に我儘を言えない。


「れんちゃんと電話して、ファミレスに集まることになったよ! 麗華はどうだった?」


 スマホを手に愛が戻ってくる。


「くる。他の友達もくるけどいい?」

「いいよ! 人数は多い方がいいからね! 今すぐ行こう!」


 座っている純を愛は手を握って立ち上がらせる。


「こうちゃん! 行ってきます!」

「何時ぐらいに帰ってくる?」

「ファミレスで女子会をして、カラオケで女子会をするから遅くなるよ!」

「晩飯は外で食べる?」

「れんちゃんに聞いてみるよ! じゅんちゃんも鳳凰院に聞いて!」

「おう」


 恋と鳳凰院が晩飯は家で食べると答えるようにと、心の中で何度も唱えながら2人がスマホを操作するのを見守る。


「れんちゃんはお姉ちゃんと夜にご飯を食べに行くんだって!」

「鳳凰院さんも家族で晩飯を食べに行く」


 今日の僕の予定が決まる。


 家事が済んだら夕方まで寝て、それから晩飯の準備をしよう。


 愛と純をファミレスまで送って家に戻る。


 坊主男子が家事を手伝いたいと言ったから、リビングに掃除機をかけることを頼む。


 洗濯機に衣類を入れて床に座って、なんとなく呆然とする。


 愛と純が家にいないとなると、何のやる気も起きない。


 アラームが鳴ったから洗濯ものを取り出して外に干した。


 リビングに入ると食欲をそそる匂いがする。


 机の上を見ると、牛丼が2人分並んでいる。


 坊主男子の対面に座って、「いただきます」を言ってから牛丼を食べる。


「うまいか? どうだ? うまいか?」


 机に両手をつけて前のめりになっている坊主男子が聞いてくる。


 愛が牛丼好きなので結構作るけど、僕のより美味しいかも。


 悔しいから無言で牛丼を食べ続ける。


「何かしたいことある?」


 昼食を食べ終えて、坊主男子に聞くと目を見開いて僕のことを見ている。


「おれをはめる気だな! お前がおれに優しくするわけないだろ!」

「その通りだよ。僕は男に優しくするつもりはないよ。でも、男に借りを作るのも嫌だかららぶちゃんとじゅんちゃんが帰ってくるまで坊主男子にしたいことに付き合う」

「世話になってるんだから、ご飯を作るのは当たり前だ。だから、何もしなくていい。してほしいことはあるけど、夏休みが終わってもここにおいてほしいと言っても駄目って言うだろ?」

「当たり前だよ! 本当はこの家にはらぶちゃんとじゅんちゃん以外は入れたくない。男なら尚更だよ。何もしなくていいなら、僕は部屋に戻って夕方まで寝る」


 そう言って、部屋から出ようとしていると出入口の前に坊主男子が立つ。


「どうした?」

「……やっぱり遊んでほしい」

「何て言った?」


 坊主男子の声が小さくて聞き返す。


「やっぱり遊んでほしい」

「何もしなくていいんじゃなかった?」

「……百合中さんが暇だったら遊んでほしい」

「何して遊びたい?」

「ドッジボールがしたい!」


 音量が一気に上がり、部屋中に坊主男子の声が響く。


「分かったから、うるさい声を出すな!」

「うん! 分かった!」

「だから、うるさいって! ボールを取ってくるから先に外出てて」

「早くこいよ!」


 テンションの高い坊主男子は笑顔を浮かべながら走って部屋を出る。


 母の部屋に行き引き出しを漁ると、ドッジボールぐらいの大きさのボールがすぐに見つかる。


 それを持って外に出て、坊主男子と公園に向かう。


 公園に着いてドッチボールをしていると、何でこんなクソ熱い中で外遊びをしているのか疑問に思う。


「……百合中さんは家で1人は寂しくないのか?」


 投げることをやめて僕の近くにきた坊主男子が聞いてくる。


「1人じゃないから寂しくない」

「1人だろ! 家に母ちゃんも父ちゃんもいないだろ!」

「親がいなくても、らぶちゃんとじゅんちゃんがいるから寂しくない」

「……おれは寂しい。母ちゃんといたい」

「母親と会いたいんだったら、家に帰れば」

「……おれの居場所がない」


 ぼそりと坊主男子は呟く。


 坊主男子の義父の名前は……直史だったな。


「直史さんが嫌いだから家に帰りたくない?」

「直史さんが嫌なわけじゃない。すごく優しくておれのしたいことを何でもしてくれる」

「なら、早く家に帰りなよ」

「……おれがいないほうが、母ちゃんが喜ぶから家に帰りたくない」

「坊主男子の母親がそう言ったの?」

「母ちゃんがそんなこと言うわけない。でも、いつも仕事して疲れているのに、おれと遊んでくれようとするんだ。直史さんと一緒にいる時間を減らして。だから、おれが家を出るしかないだろ」


 これ以上他人の家庭の話に踏み込むのはよくない。


 ボールを奪い坊主男子に向かって投げる。


「なにするんだよ!」

「何するってドッジボールをしてるんだから、坊主男子にボールを投げるのは当たり前だよ。ボールを落とした方が1週間僕の家のトイレ掃除」

「……うん。ぜったいに負けない!」


 日が傾くまで僕達はドッジボールを続けたって、愛と純が帰ってくるから急いで家に帰らないと。


 地面に座っている坊主男子に話しかける。


「早く帰るよ!」

「……もう少しだけ休ませて」


 男の体に触りたくないけど、愛と純の晩飯を作るのが遅れるよりいい。


 坊主男子の手を握るとべたべたしている……我慢。


 家に向かっている途中で坊主男子が話しかけてくる。


「父ちゃんがいないのってどう思う?」

「どうも思わないよ」

「……死んだ父ちゃんのことを覚えてていいのか?」

「坊主男子の好きなようにすればいいよ。覚えたいのなら覚えていたらいいし、忘れたいのなら忘れたらいい」

「……忘れたくない」

「なら忘れる必要はない」

「トイレに行ってくる!」


 坊主男子はそう叫んで公園に向かって走る。


 戻ってくると、坊主男子の目は泣いたみたいに赤く腫れていた。



★★★



 急いで自宅に帰ると、愛と純は家にいなかった。


 先に帰ってこれてよかった。


 晩飯を作り始める。


 料理が完成するぐらいにドアが開く音がしたから玄関に向かう。


「こうちゃん! ただいま!」

「ただいま。こうちゃん」

「おかえり、らぶちゃん、じゅんちゃん。ご飯ができてるよ」


 愛と純に挨拶を返していると、愛が抱き着いてきた。


 純がいつもと違うことに、なんとなく気づく。


 顔をじっくり見ると、ピンク色の唇がオレンジ色になっている。


「じゅんちゃん、口紅したんだね。可愛いよ」

「……おう。ありがとう」

「こうちゃん! らぶも化粧したよ!」


 愛が顔を上げた瞬間、どこが変わったのかすぐに分かる。


 目の周りが真っ黒で、唇が真っ赤になっているから。


 子どもが母親の化粧道具を勝手に使って化粧したみたいだな。


「こうちゃん! らぶ大人っぽく、綺麗になったでしょう!」

「うん。凄く可愛いよ」

「らぶはお姉さんだから可愛くないよ!」

「そうだね。いつものらぶちゃんより10歳ぐらい大人に見えるよ」

「やったー! 強にも見せてくるよ!」


 愛がリビングに入ると、坊主男子の叫び声が聞こえくる。


 すぐに愛の叫び声も聞こえてきた。


 走ってリビングに入ると、愛はソファにうつ伏せで丸まっていて、坊主男子は椅子の下にいる。


 愛は「おば、おば、おば」と言いながら震えている。


 坊主男子は愛の方に指差す。


「あそこにおばけがいる」

「ソファの上で可愛く震えているのはらぶちゃんだよ」

「大きな目で、口の周りに血がたくさんついていた! らぶのはずない!」

「らぶちゃんが化粧してるんだよ。失礼なことばかり言ってないで晩飯を机に並べるよ」


 坊主男子は頷いてからキッチンに向かう。


 何で愛が震えているのか大体予想がつく。


 勘違いした坊主男子が愛に向かっておばけと言って、愛は自分の近くにおばけがいるのと思っているのだろう。


 脅かさないようにゆっくりとソファの空いた所に座る。


「らぶちゃん。おばけはいなくなったよ」

「……本当?」

「本当だよ。おばけは悪い子の家にくるのに、間違えてここにきたから急いで帰ったよ」

「そうだよ! らぶはいい子だよ! こうちゃん! 何かお手伝いすることない? 何でもするよ!」

「坊主男子じゃなくて、強と一緒に料理並べてもらっていい?」

「いいよ!」


 手際よく愛と坊主男子が動いたから、すぐに4人前の料理が机に並ぶ。


 食事が始まってすぐに船を漕ぐ愛。


 食べ終わった愛は電池が切れたみたいに机に向かって倒れる。


 抱えて家に送って家に戻ると、純は何度も目を瞑りそうになる。


「じゅんちゃん眠たそうだね。風呂はどうする?」

「……明日、朝にシャワー浴びる」

「じゅんちゃんも抱っこして部屋まで連れて行こうか?」


 純は坊主男子を見てから、「歩ける」と言って部屋を出る。


 暑い中何時間もドッジボールをして僕も眠たいから、シャワーを浴びて寝よう。


 脱衣所に行くと、坊主男子がいた。


「シャワー浴びて出たら、呼びに行くからリビングで待っていて」

「明日からも待たなくていい?」

「今日だけ」


 坊主男子が服を脱ぎ出したから、脱衣所を出る。


 数分して、坊主男子が呼びにきた。


 シャワーを浴びて自室に行くと、布団の上で座っている坊主男子がいた。


「電気消すよ」


 ベッドに転がりながら枕元にあるリモコンを手にする。


「百合中さんは……弟がほしいと思ったことあるのか?」

「全くないよ。妹なら今すぐにでもほしいけど」

「弟が嫌いなのか?」

「弟が嫌いっていうか、男が嫌いだから弟はいらない」

「どうして、男が嫌いなんだ?」

「僕の勝手な思い込みだけど、男って汚いイメージがある。具体的に言おうと思えば数時間かかるけど聞く?」

「言わなくていい。男で仲いい人はいないのか?」


 反射的にいないと答えそうになってやめる。


「いるよ。僕の父親、愛の父親、純の父親とは仲がいい」

「おれが百合中さんと仲よくなれるか?」

「無理だよ」


 眠さの限界がきたから、電気を消して目を閉じる。


 何で無理なのか何度も坊主男子は聞いてきたけど、無視し続けた。

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