116話目 変態に拉致される②

 ゲームセンターで色々なゲームを恋としていると、音色から先に車に戻っているとランイがきた。


「楽しかったっすか?」


 1時間ぐらい遊んでから僕達が車に乗ると、剣が僕の方を睨む。


「楽しかったよ。プリクラも取ったし、音ゲーっていうのも難しいけど面白かった」

「あたしも音ゲー面白かったです。それ以上に狐のぬいぐるみを百合中君がとってくれたことが嬉しい」


 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる恋。


 音色は唇を強く嚙みしめ過ぎて血が出ている。


「初めて撮ったプリクラはすごくドキドキしたけど……格好いい百合中君がいつでも見られるようになって嬉しい……」

「そう言ってくれると嬉しいな。恋さんと一緒に撮ったプリクラ大切にする」

「うん。あたしも一生大切にする」


 恋の家に着くまでは僕と恋は雑談をしている間、音色は無言。


 反省しているのだと思ったけど違った。


 音色は車から下りた恋の所に行き、お姫様抱っこをして恋の家に向かって走る。


「音色さん、下ろして」

「嫌っす! ぼくは我慢の限界っす! 早く恋さんの部屋に行って、恋さんを食べるっす!」

「今すぐ下ろして!」


 大声を出しながら手足を動かして恋は暴れるけど、びくともしない音色。


 運転席の方に視線を向ける。


 本当に薄っすらと記憶にある男性。


 たぶん、音色の父親だな。


「止めないんですか?」

「音色はわたしの言うことなんて聞いてくれないから言っても意味がないよ。父親として恥ずかしい」


 僕が音色の暴走を止めるしかない。


 がしゃがしゃと鍵の閉まっているドアを何度も開けようとする音色。


 近づくと、ガルガルと呻きながら威嚇してくる。


 話し合いが通用しなさそう。


 手荒な真似をするしかないかなと思っていると、恋が口を開く。


「音色ちゃんが落ち着いてくれたら、前にしてほしいって言ってた頭を撫でてあげる」

「分かったっす! 今すぐ落ち着くっす!」


 音色はそっと恋を下ろして、恋の方に頭を向ける。


「きちんとあたしの話が聞けて音色は賢いね」

「恋さんのなでなで気持ちいいっす!」


 音色はドヤ顔をしながら僕の方を見てくるけど、全然羨ましくない。


「音色帰るよ」


 車に乗ろうとすると、恋が口を開く。


「もう少しだけ話したいから……あたしの家にきてほしい」

「らぶちゃんとじゅんちゃんが家で待っているから」

「ぼくは恋さんの家に入りたいっす! 入れるまで絶対に帰らないっす!」


 ここで音色と言い合いするより、恋の家に入った方が早く家に帰れるな。


「お邪魔させてもらうよ」

「ありがとう! ……少しだけ待って。5分……1分経ったら2階にきて」


 恋は慌ただしく家の中に入って行く。


「お兄ちゃん! 早く恋さんの部屋に行くっす!」


 恋が家に入ってすぐに、音色は鼻息を荒げながら僕に聞いてくる。


「もう少しだけ待って」

「分かったす! もう時間経ったすか?」

「もう少し」

「まだっすか?」

「もういいよ」

「分かったす! 恋さんの部屋に入るのは初めてで、すっごく楽しみっす!」


 駆け足で家の中に入って行く音色について行く。


 2階に着くと、ドアが空いている部屋があったので入る。


 椅子に座ってそわそわしている恋と床に正座をして鼻をぴくぴくと動かしている音色がいた。


 床に座ろうとしていると、恋が座布団を渡してきた。


 それを敷いて座る。


 なんとなく周りを見渡す。


 ものがほとんどなくて、最低限必要な机やベッドぐらいしかないことに親近感を覚える。


 音色と恋が話しているのを聞いていると、いつの間にか1時間経っていた。


「音色、そろそろ帰ろうか?」

「恋さんの部屋の匂い堪能したっす! 恋さん本人からする甘酸っぱい匂いより濃くて、しばらく恋さんに会えなくても大丈夫っす!」


 満面の笑みを浮かべた音色は部屋を出る。


「……あたしから酸っぱい匂いがする?」


 いつの間にか隣にいた恋がプルプルと震えながら聞いてくる。


「いい匂いしかしないよ」

「……もっと近づいてあたしの匂いを……確かめてほしい」


 恋は目を瞑りながら艶やかな声を出す。


 恋の頭に顔を近づけようとしていると、扉が開く音がした。


 部屋の出入口にはお洒落な格好をした、恋に少し似ている女性が立っている。


「ごめんね。れんも彼氏を家に連れてくるようになったんだね。お姉さんは嬉しいような寂しいような。おめでとう」


 恋の姉? はそう言って、ドアを静かに閉めた。

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