115話目 変態に拉致される①
坊主男子の義父からラインで、坊主男子の生活費を渡したいからコンビニにきてほしいと。
少しの時間でも他人のお金を預かりたくない。
坊主男子を連れて行こうとしたけど、駄々をこねられて1人で向かう。
僕がいない所で愛と純がいる空間に男子がいるなんて、心配で気が狂ってしまいそう。
無理矢理でも坊主男子を連れてこればよかったと後悔している。
お金を受け取りスマホで時間を見る。
10時10分。
家を出て10分35秒が経っている。
ここのコンビニから自宅までは歩いて5分、走れば2分もかからない。
自宅に向かって全力疾走しようとしていると。
「お兄ちゃん、久しぶりっす」
後ろから聞き覚えのある声がする。
振り返ると、黒の普通車の窓から従妹の鷲崎音色が顔を出していた。
すぐに前を向いて走り始める。
「何で無視するっすか⁉」
いつの間にか音色が僕の隣を並走している。
「早く帰らないと坊主男子にらぶちゃんとじゅんちゃんが襲われる! 急いで帰らないと!」
「坊主男子って誰っすか?」
「説明している時間なんてない!」
手を握られた感触がしてからすぐに後ろに引っ張られる。
勢いが強過ぎて倒れそうになるのを踏ん張って耐える。
「放せ! 放さないと屠る!」
「屠るって怖過ぎるっす! 落ち着いてくれるまで手を放さないっす」
「落ち着いたから手を放して」
「気持ちの切り替え早いっす! お兄ちゃんが心配しなくても、純お姉ちゃんがいるなら大丈夫だと思うっすよ」
「正論なんて聞きたくないんだよ! 心配なものは心配なんだよ!」
「お兄ちゃんのとりあえず落ち着くっす。落ち着くっすよ」
「放せ! 僕は今すぐに家に帰るんだよ!」
暴れても強く握りしめられていて音色の手を振り払えない。
「お兄ちゃんの気持ちは分かったす。家まで送って行くっすから車に乗るっす」
「走った方が早いから手を放せ!」
「車に乗らないなら放さないっす」
このままでは埒が明かない。
諦めて車に乗ることにした。
コンビニに戻って、停車している車に近づくと後部座席に恋の姿が見える。
音色は助手席に座り、僕は後部座席に乗る。
「百合中君久しぶりだね。元気にしてた?」
「うん」
愛と純のことが気になり過ぎて、恋に適当な返事をする。
自宅が見えてきてすぐに外に出られるようにドアノブを摑む。
なぜか僕が乗っている車は自宅を通り過ぎた。
「今すぐ下ろしてください!」
運転している人に大声で話しかける。
車を停める気配がない。
このまま車から飛び降りたいけど、怪我をしたら愛と純に心配をかけるのでしない。
「音色! 車を停めるように言って!」
無精ひげが生えている運転手の男性を見ながら言う。
「お兄ちゃんと会うのは久しぶりっすから、少しはぼくと遊んでほしいっす」
「また今度遊ぶから今は家に帰らせて!」
「本当はぼくも恋さんと2人きりで遊びたいっす!」
「遊べばいいだろう!」
「そうっすけど、恋さんが…………何でもないっす」
「恋さんが何?」
「……何でもないっす」
恋の方に顔を向ける。
「恋さんは音色が僕を拉致した理由を知ってる?」
「……」
「もし知っているなら教えてほしい」
恋の片手を両手で包んで懇願。
「……あたしが百合中君と遊びたいって言ったからだと思う」
音色は恋に憧れているというか崇拝している。
大好きな百合漫画を描くきっかけになったのが、恋の絵を見たことだったから。
僕がここにいるのが恋の願いなら、恋を説得すれば家に帰れる。
恋に僕を家に帰すように音色に頼んでほしいと言おうとしてスマホが鳴る。
スマホの画面を見ると、愛の名前が表示されていた。
急いで電話に出る。
『音色がこうちゃんと遊びたいってランイがきたよ! たくさん遊んであげてね!』
「らぶちゃんとじゅんちゃんは坊主男子じゃなくて強に何もされてない?」
『今3人でババ抜きして遊んでるよ! またらぶがババを引いちゃった! こうちゃんも帰ってきたら一緒にババ抜きしようね! バイバイ!』
電話が切れる。
愛から音色と遊ぶようにと言われたから、今すぐ家に帰ることは諦めよう。
「あたしの所為で本当にごめん」
窓の外を呆然と見ていると恋が話しかけてきた。
「らぶちゃんとじゅんちゃんが無事だったことを確認できたから大丈夫だよ。何して遊ぶ?」
「ありがとう。百合中君と一緒に遊べるんだったら何でもいいよ。百合中君は何して遊びたい?」
特にないから適当に返す。
「カラオケは?」
「いいよ。百合中君は普段何を歌うの?」
「僕は歌わない。らぶちゃんとじゅんちゃんの歌を聴くだけだよ。恋さんは何を歌うの?」
「あたしはアニソじゃなくて、百合中君と一緒で友達の歌を聴くだけかな」
「今からカラオケ行くんだったら、音色が歌うだけになるね」
「あたしはそれでも大丈夫」
「行く場所はもう決まってるっすよ! 着いたみたいっすね!」
音色がこちらに顔を向けて言った。
何度か行ったことあるモールが見えてきた。
「ぼくと恋さんのお揃いの服を買うっす」
モールに到着して、音色は恋の手を摑んで建物の中に入ったからついて行く。
音色は迷うことなくエスカレータで2階に行き、外観がピンク多めの店に入る。
「恋さんは落ち着きのあるタイプっすから、この服を着てほしいっす」
音色はどこからかピンク色のウェディングドレスみたいな服を持ってきて恋に見せる。
「無理! 絶対無理だよ! こんなひらひらがたくさんついている服なんてあたしには絶対に似合わない!」
「絶対に似合うっす! 眼鏡をかけた大人しい女の子がちょっと派手な服を着るのがギャップあっていいっす。それにぼくも同じの買うから大丈夫っす」
「何の解決にもなってない!」
「この服を着て一緒に結婚式をあげるっす! 恋さんは子ども何人ほしいっすか? 子どもの前に住む所を決めないといけないっすね! ぼくがこっちの高校に入学できればすぐにでも同棲できたっすのに! 母に反対されたからどうしようもなかったす」
音色の母親が音色を厳しくしてなかったら、その内女子に手を出して捕まっていそう。
「お兄ちゃん、ぼくの母酷くないっすか?」
「酷くないし、音色は音色の母に感謝するべきだよ」
「感謝する理由なんてないっす」
「可愛い女子や格好いい女子がいたらどうする?」
「迷わず襲うっす!」
音色は初対面の純の上着に顔を突っ込むほどの変態。
そんな子どもを親の目の届かない高校に入学させなかった音色の母親を本当に尊敬する。
「ぼくが入学した高校は女子がほとんどいないっす! ぼくのクラスには女子ぼくだけっすよ! 転校したいっす! 今すぐ坂上高校に転校したいっす!」
号泣しながら音色は叫ぶ。
「音色さん泣かないで」
「音色って呼び捨てしてくれたら泣き止むっす」
涙を流しながら流暢に話す音色。
嘘泣きをしているなこいつ。
「分かったから、泣かないで」
「この服を買ってくれたら泣き止むっす」
「その服はちょっと無理かな」
「泣くっすよ! 高1なのにみっともなくもっと泣くっすよ!」
恋が本当に困った顔をしているから助け舟を出そう。
「恋さんはほしい服とかない?」
「……ない」
恋の視線の先には、この店の雰囲気と合っていない迷探偵コンナンの半袖Tシャツが置かれている。
小さい頃にテレビで見たことを思い出しながら近くで見る。
服のデザインはコンナンくんの顔とコンナンの眼鏡が大きくプリントされている2種類。
眼鏡の方なら無難な感じがして、恋は嫌がらないだろう。
そのTシャツを恋の方に向ける。
「この服はどう?」
「いいと思う。ううん、すごくいい」
「音色は?」
「恋さんとお揃いなら何でもいいっす!」
笑顔を浮かべた音色は僕が選んだTシャツを2枚持ってレジに向かおうとする。
恋が音色の手を摑む。
「あたしの分は自分で払う」
「払わしてほしいっす! ぼくの好きな人が、ぼくが払った服を着ていると思うだけで興奮するっすから払わせてほしいっす!」
「……」
「興奮するっす! もっとその目で見てほしいっす」
恋は音色に冷たい視線を向ける。
変態にとってそれはご褒美で、音色は喜んでいる。
音色が持っている服を1つ取って恋に渡す。
「そっちのサイズはぼくのっす。恋さんのサイズはこっちっす」
「……音色さんはどうしてあたしの服のサイズを知っているの?」
「恋さんがあたしの部屋に泊まっている時にたくさん恋さんの色々な所を揉んだっすからね。分かって当然っすよ」
「……」
微笑んでいる音色から恋は後退る。
今ここに犯罪者が誕生しようとしている。
親戚が捕まるのは嫌だからフォローしよう。
「音色が変なことをしてごめん。今後こんなことがないように言い聞かせるから許してほしい。僕にできることなら何でもするから」
「気にしなくていいよ。でも、百合中君が何でもしてくれるなら、百合中君も同じTシャツを買ってほしいな」
「そんなことでいいなら全然いいよ」
「男性用のもあるか店員に聞いてくるね」
恋は近くにいた店員の所に行き、少し話して戻ってくる。
「上の階に全く同じデザインの男性用の服があるって教えてくれたよ! すぐにこの服買ってくるから、その後一緒に買いに行こう」
頷くと、恋は小走りでレジに向かう。
恋の後について行こうとする音色の手を摑む。
「お兄ちゃん痛いっす!」
「東京でらぶちゃんに手を出してないよね?」
「……なんのことっすか?」
そう聞くと、視線をさまよわせる音色は完全に黒。
「らぶちゃんに何をした?」
「な、な、なにもしてないっすよ」
「もし嘘を吐いたら恋さんに音色には会わないようにしてほしいと頼むけどいい?」
「それだけは嫌っす! 本当のことを話すっす! 愛お姉ちゃんのちっぱいを100回以上モミモミしたっす」
「らぶちゃんのちっぱいはじゅんちゃんのものだよ! これは音色が絶望するぐらいの罰を与えないといけない!」
女子に暴力はしたくない。
何かいい方法はないかと考えていると恋が戻ってくる。
恋の顔を見て、音色を懲らしめる方法が浮かぶ。
「今から僕と恋さん2人でデートをしようか?」
「駄目っす! 絶対に駄目っす!」
恋にそう言うと、音色は僕の服を引っ張って恋から離そうとする。
「僕がデートに誘っているのは恋さんだよ。音色には聞いてない」
「3人で遊びにきて、1人を除け者にするのは非常識っす!」
「非常識なのは、音色の方だよ。同性とは言え、無断で胸を揉んだりするのは犯罪だよ」
「話の論点をずらさないでほしいっす!」
「恋さんは僕とデートするのは嫌?」
「……あたしも……百合中君と…………デートしたい」
恋はおずおずと僕の上着の裾を摑みながら呟く。
「ぼくが恋さんとデートするっす!」
地べたに転がり両手両足をばたばたを動かしながら、駄々をこね始める音色。
「恋さんはどこか行きたい所ある?」
「……ゲームセンターで百合中君と一緒に…………プリクラを撮りたい」
「いいよ。行こうか」
手を差し出すと恋はゆっくりと手を摑む。
音色を店に残して僕達はゲームセンターを目指す。
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