113話目 ちっぱい触ったら〇す

 晩飯後、純の隣に座って呆然とテレビを見る。


 坊主男子が家事を手伝ってくれるおかげで暇な時間が増えた。


 純と一緒にゆったりする時間が増えたから、少しだけ感謝してもいいな。


 食器を洗い終わったのか、坊主男子が僕の前にくる。


「風呂に入りたい」


 いつも風呂に入っている時間より少し早いけどいいか。


 風呂場に行って、ふろ自動のボタンを押して戻る。


「風呂に入る順番はじゅんちゃん、僕、坊主男子の順番で」

「……」


 何か言いたそうに坊主男子は口を開いたり閉じたりを繰り返している。


 気にせずにテレビを見る。


 風呂に入った純が欠伸をしながら戻ってきた。


「じゅんちゃん眠たそうだね。今日からも母さんの部屋を使っていいから」

「おう」


 返事をした純は部屋を出て行く。


 風呂に向かおうとすると、坊主男子が通せん坊する。


「今すぐ風呂に入りたい」


 男が入った風呂には絶対に浸かりたくない。


 今日はシャワーでもいいかな。


「先に入っていいよ」


 座り直して、百合漫画を見ていると坊主男子にスマホを取られる。


「うわっ⁉ なんで、女と女がキスしてんるんだ! なんで、女が女のむ、む、むをさわってるんだ!」


 そう言いながら坊主男子はスマホを落とす。


「エロい! お前はへんたいだ!」

「どうでもいいから、風呂に入ってきて」


 スマホを拾う。


「らぶに言ってやろ! お前がエロい漫画を読んでいたって!」

「は⁉」

「そんな顔をしても、怖く、ない」


 愛に間違った情報が伝わらないようにしないと。


「これが男女だったらエロかもしれないけど、女子同士は当たり前の触れ合いだからエロじゃない」

「エロだよ! エロ!」

「ここに座って」


 僕の隣を叩くと、坊主男子は座る。


「小学校で女子同士が手を繋いでいるのを見たりしないか?」

「見たことあるけど、それがどうしたんだ」

「女子は男子より同性の体を触る人が多いってことだよ」

「どうせいってなんだ?」

「女子と女子、男子と男子ってことだよ」

「だから、お前が見ている漫画の女子は女子の胸を揉んでいるのか?」

「そうだよ」

「む、胸を触ってる理由は分かった。でも、き、すは触るのとは違うだろ」

「そんなことも分からないの」


 わざとらしく鼻で笑う。


「口と口が触れているがキス。手を使うだけが触るってことだけじゃない」

「なにを言ってるのか分からん」

「分からなくてもいいけど、これは常識だから知らないと周りに馬鹿にされるよ」

「ばかにされたくない。どうしたらいい?」

「分からないと口にすれば馬鹿にされるし、知っている振りをすれば分からないことがばれた時に嘘つきと言われる。なら、何も言わないのがいい。今日、見たこと、話したことは絶対にらぶちゃんとじゅんちゃんに言ったら駄目だよ」

「うん。絶対に言わない」


 これで、口止めができたな。


 安心しつつ百合漫画の続きを見ようとしていると、坊主男子が服を軽く引っ張ってくる。


「一緒に風呂に入ってくれ」

「男子と一緒に入るのは嫌」

「おれが風呂で溺れたら、お前の所為になる」

「……一緒に入るのはどうしても嫌だから、坊主男子に何かあったらすぐに助けれるように近くでいるよ」


 風呂場に移動。


 男の裸を見るのが嫌だから、坊主男子が浴場に行ってから脱衣所に入って床に座る。


「そこにいるよな?」

「いるから、やることやって早く出てきて」

「うん。お前はいつまで母ちゃんや父ちゃんと一緒に風呂に入ってたんだ?」


 少し考えて答える。


「6歳までだったと思うよ」

「そんなに早いのか⁉ 怖くなかったのか⁉」

「小学1年の時には1人暮らしみたいなものだったから、1人で入るしかなかった。怖いとは思ったことはない」

「すごいな! 小1で1人暮らしなんてすご過ぎる! おれもお前のようにすごくなるためにはどうしたらいい?」

「家に帰るなら教えてもいいよ」

「…………教えなくていい」


 長い沈黙の後に、弱々しい声が聞こえてきた。



★★★



 深夜に目が覚める。


 坊主男子が近くで寝ていると思うと、熟睡できない。


 ここにいても落ち着かないから、リビングに行く。


 リビングには電気がついていて、部屋に入ると純がソファに座っていた。


 見慣れた光景だけど、いつもと違う所がある。


 それは、純が僕のエプロンを顔にのせてすんすんと嗅いでいること。


 そういや、1カ月ぐらいエプロンを洗っていない。


「じゅんちゃん、そのエプロン汚いから」


 エプロンを取ると、満面の笑みを浮かべている純の顔が見えた。


 目が合うと耳が真っ赤になり、その耳を押さえて視線を逸らす。


 恥ずかしがっているのは分かるけど、何に対してなのか分からない。


 今は純をそっとしておこう。


 エプロンを持ったまま脱衣所に向かおうとしていると手を摑まれる。


「……こうちゃんの、エプロンを嗅いでごめん」

「気にしなくていいよ。でも、このエプロンは1カ月ぐらい洗ってなくて汚いから洗濯機に入れてくるね」

「私がこうちゃんのエプロンを洗濯機に入れてくる」

「うん。お願いするよ」


 エプロンを渡すと、純は部屋を出てすぐに戻ってくる。


 ココアを2人分用意して、座っている純の隣に座る。


「こうちゃん……新しい家族が増えるのはどう思う?」

「坊主男子の所みたいに、義理の親ができたらってこと?」

「おう」

「もし、僕に義理の親ができてその人と仲良くできそうなら関わるし、そうじゃなかったら距離を置く」

「どんな人でも私は再婚してほしくない。……私は、お母さんのことを忘れることができない」

「忘れなくていいよ。義理の親ができても、本当の親が親でなくなることなんてないから」

「……おう」


 悲しそうな顔をして俯く純。


 音暖さんことを思い出して、感傷的になっているんだな。


 立ち上がって純の前に立つ。


「僕とらぶちゃんは何があってもじゅんちゃんの味方で家族だよ。だから、寂しくなったらいつでも甘えてね」

「……今、甘えていい?」

「うん。いいよ。おいで、じゅんちゃん」


 両手を広げておずおずと近づいてくる純を抱きしめ、頭を撫でる。


 坊主男子が僕のことを凄いと言ったけど、本当に凄いのは純の方。


 小2で母親を亡くしても、その寂しさを表に出すことがなかったから。


「強君のこれから大丈夫?」

「じゅんちゃんが助けてくれているから大丈夫だと思うよ」

「私は何もしてない。強君を助けているのはこうちゃん」

「そうだったとしても、じゅんちゃんが助けようとしてなかったら僕は坊主男子を絶対に助けなかった。じゅんちゃんのおかげで、坊主男子はここにいる」

「……おう」


 頭を撫で続けていると純は寝る。


「うわっ!」


 僕も眠たくなったから自室に戻りベッドに横になっていると、男子が悲鳴を上げる。


 次、坊主男子がうるさかった注意しよう。


「だ、だれ! もしかして、おばけ!」


 さっそく坊主男子がうるさいから、電気をつけて怒鳴ろうとしてやめる。


 布団で寝ている坊主男子の上に愛が乗っていたから。


「おばけ! どこ! どこにいるの! どこどこ!」


 叫びながら顔を左右に振る愛が可愛い。


 こんな首振り人形がいたら絶対に買う。


「らぶちゃん、おばけはいないから落ち着こうね」


 愛を抱きかかえてベッドに座らせる。


「こうちゃんが2人いるよ⁉ もしかしてドッペルベンガー‼ 怖いよ‼」


 毛布全身に被っている坊主男子の方を指さしながら愛は叫ぶ。


「ドッペルゲンガーじゃないよ。そこで寝ているのは坊主男子だよ」

「坊主男子?」

「強のことだよ」

「強って公園でよく遊ぶ強のこと?」

「そうだよ。少し前から僕の家に泊まってるんだよ」

「いつでも強と遊べるよ! 嬉しいよ!」


 愛は坊主男子の布団を両手で握って引っ張る。


「おばけ! 僕を、食べないで!」

「どこ⁉ どこどこ⁉ おばけ‼ ドッペルベンガー‼ どこ⁉」


 愛の怯える姿が可愛いので、しばらく見続けることにした。


「こうちゃん! 久しぶりだよ!」


 しばらくして、落ち着きを取り戻した愛は僕に抱き着いて頬擦りをする。


 可愛過ぎて無意識で頭を撫でる。


「こうちゃん! 東京楽しかったよ! 超激辛ラーメン食べたのが美味しかったよ! 後ね! 後ね! あ! こうちゃんとじゅんちゃんにおみやげ買うの忘れたよ!」

「らぶちゃんが無事に帰ってきてくれただけで嬉しいから、土産はいらない。らぶちゃんの土産話はもっと聞きたいけど」

「おみやげが話しするの! らぶもおみやげの話聞きたい!」

「土産話っていうのは、旅行でしたことを人に話すことだよ。らぶちゃんが東京したことをもっと聞きたい」

「いいよ! たくさん話すよ!」


 それから、満面の笑みで語る愛に相槌を打ち続ける。


「それでね! ブクマでたくさんのエ……エッチなBL漫画なんて買ってないよ!」

「らぶちゃんの本は売れたの?」

「全部売れたよ! みんながらぶが描いた本を買えてよかったって喜んでくれたよ!

嬉し過ぎてみんなに抱き着いたよ!」

「そこには男子はいた?」

「みんな女子だったよ! ほっぺが柔らかくてすりすりした!」


 その言葉を聞いて安心していると、愛は窓の方を指さす。


「こうちゃん! 今から外で遊ぼう」

「もう少ししたら明るくなるから、それから遊ぼう」

「うん! 強も外で遊ぼう!」

「なんでここにらぶがいるんだ。もしかして、前にいるらぶはおばけ?」

「らぶはおばけじゃないよ! らぶはらぶだよ!」

「おばけはさわれないって言うから、さわってみていい?」

「いいよ!」


 両手を後ろで組んで坊主男子の方に体を向ける愛。


 坊主男子は生唾を飲んで愛の方に手を出す。


 愛の方を向いたまま2人の間に入る。


「男はみんな変態だから体を触らしたら大変な目に合うよ」

「強は子どもだから変な所なんて触らないよ! そうだよね?」

「……うん」


 歯切れ悪く肯定する坊主男子。


 絶対、愛の慎ましくて神々しい純だけが揉むことを許される胸を揉もうとしたな。


「大丈夫だから、こうちゃんどいて!」


 愛にそう言われたらどくしかない。


 坊主男子を睨みつける。


 胸に触ったら〇す。胸に触ったら〇す。胸に触ったら〇す。


「やっぱり確かめなくていい」


 顔を真っ青にした坊主男子は愛から離れる。


「らぶちゃん今帰ってきたの?」

「そうだよ! 音色のお父さんが車で送ってくれたんだよ!」


 後で音色の家にお礼の電話を入れよう。


「音色はれんちゃんの家で泊まってるよ! こうちゃんは音色に会いたい?」

「どっちでもいいかな。らぶちゃんお腹空いてない?」

「空いたよ! ぺこぺこ……だ……よ…………」


 急に電池が切れたように倒れそうになる愛を抱きかかえてベッドに寝かす。


 愛は寝ていてもお腹を鳴らしている。


 朝食を作ってから起こすことにしよう。


 部屋を出て行こうとしていると、坊主男子が愛に近づく。


 愛と男子を2人きりにするわけにはいかない。


「一緒に朝食を作るよ」

「もう少しだけらぶの寝顔を見たい」

「早くこないとらぶちゃんに、坊主男子が漏らしたことを」

「すぐに行くから! 言うな! らぶに絶対に言うなよ!」

「これからの坊主男子の態度次第で決めるよ」

「何でも言うこと聞くから絶対に言うな!」


 思った以上に効果覿面な脅し文句だったな。


 坊主男子が夏休みを過ぎても帰ろうとしなかったら、この手を使おう。

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