112話目 大きな幼馴染にバイトをさせたくない

 風呂掃除をしている坊主男子に話しかける。


「今から買い物してくるから留守番してて」

「おれも一緒に行きたい」


 無視して玄関に向かう。


 玄関にいた純と一緒に外に出ると、後ろから玄関が開く音がした。


「おれも行きたい」

「僕の家でしばらくいるなら、決めたルールは守ってよ」


 昼食を取ってから、純は家に帰らないことを僕に言った。


 そうなると、坊主男子も僕の家に泊まることになる。


 坊主男子をしばらく泊める条件として、3つのルールを守ってもらうことにした。


 家事を手伝うこと、僕に近づき過ぎないこと。


 そしてこれが1番重要なこと。


 純や都会から帰ってきた愛に必要以上に関わらないこと。


 坊主男子はそれに頷いた。


 ルールは守ってもらう。


「こうちゃん、連れて行ってあげたら」

「ついてきていいよ。じゅんちゃんに感謝してね」


 純のためなら意見なんて簡単に変える。


 おずおずと純のそばに行った坊主男子は「ありがとう」と言う。


 家の鍵を閉めて、3人でスーパーに向かう。


 スーパーに着くと、純が僕の方を見てきた。


 頷くと、お菓子売り場に早足で向かう。


 買い物カートにかごを乗せて、野菜売り場の方に向かって歩き始めた坊主男子の隣を歩く。


 愛が明後日の火曜に都会から帰ってくる。


 それを踏まえて材料をかごに入れていく。


「坊主男子はアレルギーある?」

「ないよ。嫌いなものもない。父ちゃんがなんでも食べないと大きくならないからって言ってたからな」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべる坊主男子。


「らぶの好きな食べものはあるか? 昔父ちゃんが母ちゃんの料理を食べて好きになったって言ってたから、おれもらぶにおれが作った料理を食べてほしいから知りたい」

「絶対に教えない」

「何でもするから教えて」

「今すぐ家に帰るんだったら、教えるよ」

「……教えなくていい」


 材料が揃ったから、お菓子売り場に行く。


 お菓子を両手に1つずつ持っている純に坊主男子が話しかける。


「じゅんさんは何してるんだ?」

「お菓子を選んでいる」

「どっちとも買えばいいだろ」

「お菓子は1日1つ」

「じゅんさんは高校生だから気にしなくていいだろ。バイトはしてないのか?」

「駄目。じゅんちゃんはバイトしたら絶対駄目」


 僕が答える。


 純がバイトを始めたら一緒にいる時間が減るから。


 なんとしても、純がバイトをすることは阻止しないといけない。


「どうしてもお金が必要になったら、僕がじゅんちゃんにお金をあげるよ」

「働いてもないのにお金をもらうのはいけないことだ」

「働くってことは人のためになったり、幸せにしたりすることだよ。じゅんちゃんはそばにいるだけで僕は幸せになれるから、じゅんちゃんはきちんと働いているよ」

「なにを言ってるのか分からん」

「分からなくていいよ。じゅんちゃんバイトしなくていいからね。じゅんちゃんと一緒にいる時間が減ったら僕が悲しむから」


 純はお菓子を2つとも棚に置く。


「私もこうちゃんと一緒にいる時間が減るのは嫌だからバイトしない。でも、強君が言っていることも正しいから、就職するまで小遣いの中だけでお菓子を買う」

「じゅんちゃん、待って」


 レジに向かって歩き始めようとする純を呼び止める。


「荷物を持ってもらう代わりにお菓子を買うでどうかな?」


 余計なことを言わないように坊主男子を睨みつける。


「おう。すぐに選ぶから少し待って」

「ゆっくりでいいよ」


 純はさっき持っていたお菓子を2つ見比べてから、ミルクチョコをかごの中に入れる。


 会計を済ませようとしていると、坊主男子が1万円をつり銭トレーに置く。


「泊まらしてもらうから、お金を出す」

「出さなくていい」


 1万円を坊主男子に返すけど受け取ろうとしない。


「次のお客様が待っているので、早くお金を払ってもらっていいですか?」


 1万円を押しつけあっていると、店員にそう言われた。


 財布からお金を取り出して店員に渡す。


「おれが払う!」

「静かにしないと、直史さんに連絡するよ」

「……」


 スーパーを出る。


 坊主男子はぱんぱんに入ったエコバックを両手に持っている純に話しかける。


「おれもふくろ持つ」

「持たなくていい。私の仕事だから」

「そんなにたくさん持っていて重くないのか?」

「重たくない」

「どれだけ重いか気になるから持たしてほしい」

「持たなくていい」

「ちょっとだけでいいから」

「……おう」


 純からエコバックを受け取った坊主男子はゆっくり地面に下ろす。


 何度も持ち上げようとするけどびくともしない。


「ママ、家に帰ったらゲームしていい?」

「朝してたから駄目よ」

「パパ、ゲームしていいでしょう?」

「いいよ。でも、先に晩ご飯の手伝いをしてからね」

「わーい! パパ大好き!」


 すれ違った子どもは両親に挟まれ手を繋いで楽しそうに話をしていた。


 坊主男子は立ち止まって、その家族を見る。


「ニモツヲモツノツカレタカラ、コウチャンモッテモラッテイイ?」


 純が坊主男子とすれ違った家族を一瞥した後、片言で僕に聞く。


「いいよ」


 荷物を1つ受け取る。


「カタテガアイタカラ、サビシイ」


 そう言いながら坊主男子の方に手を差し出す純。


「おれが握ってあげる」

「おう。ありがとう」


 おずおずと坊主男子は純の手を握る。


「じゅんさんの手、母ちゃんと同じで温かい」


 純は嘘が苦手で、嘘を吐くと片言になる。


 坊主男子のために優しい嘘を吐いたんだな。


 僕の手を何度も一瞥してくる坊主男子の視線に気づく。


 男子と手を繋ぐのは嫌だけど、純の優しさに免じて坊主男子に向かって手を差し出す。

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